第196話 桜へのプレゼント(2)

「――さて、ゴロウ」

「はい」

「金山の件だが、早めに対応をした方がよいのかの?」

「なるべく、早めに異世界である日本に来て頂ければと……」

「ふむ。では、後程向かうとするかの。アロイス」

「はっ」

「儂が異世界に行っている間の留守は任せる」

「――ですが、各領地の貴族の相手は……」

「お前に任せておく。孫が頼んできておるのだ。それに収穫とそれに関する租税と穀物の流通の確認だけじゃ。任せることは出来るじゃろう?」

「分かりました。では、このアロイス、大役を務めさせていただきます」

「アロイスさん、すいません」

「ゴロウ様、お気になさらないでください。ゴロウ様の領地との取引は辺境伯領だけでなく、エルム王国にも莫大な利益をもたらす可能性があるのですから、他の貴族達もゴロウ様が住まう異世界からの塩の恩恵を受けておりますので、嫌とは言わないでしょう」

「それは助かります」

「――では、ゴロウ。すぐに準備に取り掛かる。先に馬車で待っておれ」

「分かりました」


 ノーマン辺境伯と別れ、馬車で待つ事1時間ほど。

 随分と長い。

 そして、眠くなってきたところで外がざわつく。

 何事かと思ったところで辺境伯邸の扉が開いた。

 建物から出てきたのは数人の杖を持った人とノーマン辺境伯。


「ゴロウ待たせたな」

「いえ。それより、そちらの方々は?」

「うむ。こやつらは、魔法を使う者達だ。儂の魔力だけでは足りぬかも知れぬからの」


 そうノーマン辺境伯はニカッと笑いながら馬車に入ってくるとソファーへ座る。

 それからすぐに馬車は走り始めた。


 店舗の軒先に到着したころには、日はすっかり頭上に昇っていた。

 俺とノーマン辺境伯は、店を護衛している兵士達に見送られながら店舗の中へと移動する。

 杖を持った魔法師を4人、店舗の中へと移動させたあと、バックヤードを通り日本側へと出る。


「ふむ。相変わらず異世界とは時差があるのだな」

「そうですね。とりあえず母屋の方に案内します」


 そして母屋の方へ移動し玄関の戸を開ける。

 ガラガラという音と共に戸が開いていく。


「ただいま」


 戻ってきた事を告げる言葉。

 するとスリッパの音と共に雪音さんが姿を見せる。


「おかえりなさい。辺境伯様も、お忙しいところ申し訳ありません」

「気にすることはない。それより藤和は、まだ来てはいないのか?」

「藤和さんは、本日の朝方に来られるとのことです」

「ふむ。では暇になったな」

「とりあえずは、飲み物を出しますので上がってください」

「うむ」


 辺境伯を客室へ案内したあと、雪音さんが御供の人数分含めてグラスに麦茶を注いでいく。

 そんな様子を、興味深そうに見ているローブを着た男達。



「ノーマン辺境伯様。そちらの魔法師の方々は、本日、寝る場所は廊下を挟んだ向かい側の部屋の客室でいいでしょうか?」

「私達は、ノーマン様の護衛も兼ねています。休憩なぞ狙われる可能性を誘発するだけです」

「まぁよい。ここの世界は安全だからのう」

「ノーマン様……」

「休めるうちに休んでおくのも軍人としての責務であろう?」

「分かりました……」

「それにしても、眠気が来なくて手持ち無沙汰になったが、どうしたものか」


 ノーマン辺境伯が、考え込んだところで、廊下を駆けてくる軽い足音が近づいてくる。


「おじちゃん! おかえりなさい!」

「わんっ!」


 現れたのは、桜と――、桜の頭の上に乗り尻尾を振っているフーちゃん。

 桜とフーちゃんが姿を見せた瞬間、客間の空気が凍り付く。

 あまりにも無礼な態度だったか……。


「ノーマン辺境伯様」

「――ん? なんだ? ゴロウ」

「桜は、まだ、その礼儀というものが……」

「いや――。それよりも、あの白いりゅ……じゃなくて犬は……」

「あ―、あれは桜が胡椒と交換で購入してきた犬です。異世界の犬みたいですが、ほんと、俺には懐かなくて」

「そ、そうか……」


 何故かノーマン辺境箔は短く言葉を区切ると、あからさまに話題を避けるようにして室内を見渡すと――。


「桜」

「はい!」

「その手にもっているモノは何かの?」


 桜が手に持っていたのは、俺が購入してあげると言った魔法の杖のパンフレット。

 もしかしたらパンフレットを見ていて寝むれなかっただけなのかも知れない。


「えっとね……」


 チラリと俺の方を上目遣いで見てくる桜。

 何と言う可愛さ。

 さすが、姉の娘というか俺の娘だ!

 ただ、俺がさっき礼儀と話したのが原因なのだろう。

 ノーマン辺境伯の問いかけに答えずにいる。


「おほん! 儂は、そなたの曾祖父に当たるからな。そこまで気にしなくてよい。それで、桜、何を持っておるのだ?」

「これっ!」


 桜が元気よくパンフレットをノーマン辺境伯に見せる。


「これは……、随分とあれじゃのう……」


 俺の方へと視線を向けてくる辺境伯。

 その表情には、『これは、一体なんじゃ?』という文字が書かれているようだ。

 

「ノーマン辺境伯様。それは、玩具の魔法の杖です。それを、日本では子供用に販売しているんです」

「ほう! 魔法の杖とな!」


 ノーマン辺境伯が何度も頷く。


「しかし……、この杖は……、どのような素材を使っておるのだ?」

「カーボンなどを使っているとパンフレットに書かれています。一応、業界最高峰の技術を盛り込んだ杖と」

「ふむ……」


 少し考え込む様子のノーマン辺境伯は、言い案を思いついたとばかりに両手をパン! と、軽く叩くと膝を曲げ、桜と同じ目線まで腰を下ろす。


「桜や」

「何?」


 桜は、唐突のことで首を傾げながら答える。


「このノーマンが、桜に魔法の杖をプレゼントしようではないか。曾孫が、欲しがっているのなら是非にも無し!」

「辺境伯様、流石に迷惑なのでは?」

「よいよい。曾孫が欲しがっておるのだ。杖の一本や2本くらいは用意しようではないか。そういえば、この紙に書かれているのはマントもあるだが……。ふむ……、この世界にも魔法を習う文化があるのか。それなら、マントも一緒に作らせるのも悪くはないのう」

「あの辺境伯様?」

「ゴロウ! 気にするでない! この辺境伯! 全力を持ってして! 桜に合う杖とマントを用意しようではないか!」


 コレは、完全におじいちゃんモードになっている。

 まぁ、ここは辺境伯の顔を立てた方がいいな。


「よろしくお願いします」

「うむ。任せておくがよい」




 ――翌日、朝早くから田口村長が自宅を訪ねてくることになり朝食前だと言うのに、インターホンが鳴る。


「五郎さん、お願いします」


 朝食を作っていた雪音さんは手が離せないようで、俺が玄関へと向かうことになる。


「田口村長、ずいぶんと早く来ましたね」

「異世界からの客人を待たせる訳にはいかんからな。それよりも、何人ほど来ているのだ?」

「魔法使いが3人と、辺境伯様の4人ですね」

「ふむ……。そのくらいなら、山に向かっても目立つことはないか。だが、まずはノーマン辺境伯様と、今後のことについて対話をしないといけんな」

「そうですね。ノーマン辺境伯様とお付きの人は客間に居るので、そちらで」


 早朝から、中々に大変な話になりそうだなと俺は内心、思ってしまっていた。

 田口村長を、客間まで案内すると、ノーマン辺境伯が側近というか連れてきた魔法使いの前で――、


「儂の孫の杖を作る事は昨日、お前達には伝えたと思う。まずは、孫の魔力の質だが――」

「その事に関しましては、桜様の魔力は、全属性に対応しておりましたので問題はないかと――」


 ノーマン辺境伯に答える魔法使いの一人。

 そんな魔法使いの隣に座っていた男が手を上げる。


「まずは素材選びが重要かと思われます! このパンフレットですか? この色合いで杖を製作するとしますと、王都の錬金術師が必要となります。――ですが、莫大な予算が――、それに王家にも……」






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