第137話 イベント準備(3)
白猫ヤマトの宅急便から荷物を受け取ったあとは、母屋にすぐに戻る。
玄関の戸を開けた所で、雪音さんが何となく微妙な表情で玄関まで小走りでかけてくる。
「五郎さん、フーちゃんがいました!」
「そうですか。良かったです。やっぱり家の中に?」
「いえ、外で遊んできたみたいで足裏は真っ黒になっていました」
「そうですか。もしかしたら桜はフーちゃんが外で遊んでいるって知っていたのかも知れないですね」
「でも、山に行っているって……」
「気のせいですよ」
「そうでしょうか……」
「仔犬ですから、山まで行く訳がないですよ」
「そうですね……」
フーちゃん失踪? 事件から、2時間程が経過したところで――。
「それでは今日は、これで――」
「はい。また明日もお願いします」
根室さんが仕事を上がり、俺一人で店番をする事になる。
「やっぱり少しずつお客さんが増えてきていますね」
そう話しかけてくるのは、雪音さん。
今日は商品が思ったよりも捌けた事と、結城村の村民も以前に購入した物を消費し終わったのか少しずつ客足は戻ってきている事を根室さんから報告を受けたあと、話し合いをした結果――、店の運転資金、商品発注、経理などは全て雪音さんがする事になってしまった。
雪音さん曰く、五郎さんは居るだけでいいんです! と、言う事であった。
そこまで俺を買ってくれているとは思わなかった。
「おい、五郎」
「中村さん、どうかしましたか?」
「用意が終わったから確認してくれ」
「雪音さん、レジの方をお願いします」
「はいっ! 任されました!」
元気よく笑顔で言葉を返してくる雪音さん。
何というか和む感じだ。
「――それで……、これが、そうですか……」
「そうだ。一応、プロパンガスと専用のガスコンロを3個ずつ用意した」
「3個? 2個だったはずでは……」
「まぁ、これは……なんだ……。お前には迷惑をかけたからな」
「いや――、あれは中村陸翔の問題であって中村さんのせいでは……」
「それでもだ……」
「そうですか……、それでは――」
中村陸翔が、行ったことは決して許される事じゃない。
それでも……、中村匠さんには直接的には関係のないこと。
全て誤解から始まったことで、それが最悪の事態を引き起こしただけだ。
その結果がどういう事になったとしても――。
「五郎のおかげで、息子の刑は軽減されたんだからな」
「……別に、俺は――」
「分かっている。それが、成り行きであったとしても……、その結果――」
「それ以上は……」
「そうだな」
もう過ぎたことだ。
それ以上、蒸し返すのは誰にとっても良いとは言えない。
「何かあれば、無料でするからな。また電話してくれ」
「対価はキチンと払います」
どんな理由があったとしても仕事をしてもらった以上、責任は生じる。
そして、それに対しての正当な支払いはしなければならない。
それは親父が口を酸っぱくして言っていたことだ。
俺は無言で紙幣の入った封筒を差し出すと、それを溜息交じりに受け取る中村さん。
「……相変わらず頑固だな。そういう所は、隆二に良く似ている」
「昔は良く言われました」
「いまもそうだ。まったく――、もっと早く隆二にも気が付いていれば……。いや――、儂ら村民が、気が付かないと行けなかった事なのかも知れない」
「それは……」
「もう終わったことですから」
「……そうか。また何かあったら連絡をくれ」
「はい。今日は、急なお願いに対応してもらってありがとうございます」
頭を下げる。
どんな理由があっても目上の人には礼を尽くす。
「――あ、そういえば五郎」
車に乗ろうとしたところで車のドアを開けたままで俺を見てくる中村さん。
「何か?」
「作業中に踝兄弟から聞いたが、田口の所の孫と同棲しているんだろう?」
「それは……、仕事とか姪っ子の事もありますので……」
「そうか」
意味深に頬を緩ませると中村さんは車に乗り込み走り去った。
イベントに向けて急ピッチで作業が進み、2日後には完成の目処が立つところまできた。
今現在は、朝から炊き出しに使う際の鍋などの搬入を待っているところである。
「おじちゃん! 車来たの!」
電話で3時間後に到着しますと業者から連絡を貰ってから、店番をしつつ外を見ていた俺は、店に入ってきた桜と和美ちゃんとフーちゃんを見たあとに外へと出る。
「ありがとな。根室さん、店の方をお願いします」
「分かりました」
桜の頭を撫でて店を出る。
「おっさん! 私は! 私は!」
「はいはい」
仕方なく俺は和美ちゃんの頭も撫でる。
やれやれ――、どうして桜と張り合うのか……。
「わんわん!」
フーちゃん、お前もか――。
やれやれ仕方ないな。
フーちゃんの頭を撫でようと手を伸ばす。
「ワンッ!」
「痛ぇ!」
ガブッ! と、強めに伸ばした手を噛まれたぞ? どうなっているんだ!? うちの犬は……。
まったく……。
相変わらずフーちゃんは何を考えているのか意味不明だ。
俺以外には懐いているというのに……、もしかして俺のことが嫌いなのか?
いや――、でもな……、フーちゃんに嫌われている理由に、まったく! 心あたりがないんだが……。
「おじちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
「桜が魔法で回復してあげるの!」
「魔法!?」
何時から、そんな魔法が使えるようになったのか……。
ま、まさか……、こっそり誰かに教えてもらっているとか?
いや、そんな素振りは無かった……よな……?
「手を出してなの!」
「まて! 桜」
「ほえ?」
ここに異世界人の血を引いているという事実を知っている人間は、誰もいない。
それなのに魔法なんて使った日には大変な事になるのは簡単に想像がつく。
それに、魔法を使えると言う事は誰かに教わったということだ。
考えられるのは、夜中に異世界に行って誰かに教わったと言う事だが……。
「おっさん! 私も使えるよ!」
「――なに?」
まさかの和美ちゃんも魔法が使える宣言。
異世界人の血を引いている桜だけでなく、和美ちゃんも使える事は想定外だ。
「どんな魔法なんだ?」
「うごかないでよ」
和美ちゃんが、フーちゃんに噛まれた俺の指に手を置くと――。
「痛いの痛いの飛んでケー」
「……」
な、なるほど……。
「あーっ! 桜がやろうとしたのに!」
「イシシッ」
「むーっ」
どうやら、魔法と言っても本当の魔法ではないようで安心した。
それよりも、誰に教わったのか。
「雪音お姉ちゃんに教えてもらったの!」
「そうなのか……」
まぁ、教える相手って言ったら、雪音さんか恵美さんしかいないからな。
それにしても、普段は何をしているのか。
そんな事を考えていたら、何時も通り白猫ヤマトの宅急便が雑貨店前の駐車場に停まる。
「白猫ヤマトです! お荷物をお届けに参りました!」
「あ、お疲れ様です。荷物は、どちらに?」
「そこに下ろしておいてくれればいいです」
俺は、停まっていた白猫ヤマトのトラックの直ぐ右の空車となっている駐車場を指差す。
どうせ翌日あたりにはすぐに使うのだ。
母屋に持っていく必要はない。
運転手の人が一抱えある寸胴鍋を2つ駐車場に置くのを見届けたあと、着払いの代引きと言う事もありお金を渡し受領印の部分にサインをする。
「それでは失礼します」
それだけ言うと、別件の届け先があるのか白猫ヤマトの運転手はトラックに乗り込むと、すぐに駐車場から出ていく。
「――さて、持ち運ぶとするか」
「桜も手伝うの!」
「私も!」
「わんわんっ!」
「怪我をするとあれだから大丈夫だぞ? それにフーちゃんは、持てないだろ」
寸胴鍋の大きさは、フーちゃんが10匹入るくらい大きい。
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