第138話 王女と姫将軍と辺境伯

 そんなものをフーちゃんが持てる訳がない。


 寸胴鍋を、中村さんが設置してくれたガスコンロの近くに置く。

 ガスコンロが置かれている場所は、雨が降っても大丈夫なようにとテントの中。 

 テントは、田口村長が昔に小学校で運動会の時に使われていたテントを持ってきてくれた。

 それらは、踝さんが設定してくれた。


「――さて……、あとは藤和さんと打ち合わせだな」

「むーっ」


 一人呟いたところで何故か知らないが桜は不機嫌そうな顔を見せてくる。


「どうかしたのか?」

「最近のおじちゃん! 桜と、遊んでくれないの!」

「そ、そうか……?」

「そうだぞ! 桜ちゃんに、毎日! ゲームでボコられている私の身にもなってよ!」

「それは、俺をボコろうと考えている訳か? 対戦ゲームで」

「うっ!?」


 俺の突っ込みに和美ちゃんが視線を逸らすが、図星だったようだ。


「雪音さんに遊んでもらえばいいんじゃないのか?」

「雪音お姉ちゃんを倒すのは心が痛むからさ!」


 和美ちゃんの言葉に俺は内心溜息をつきながら――、俺ならいいのかよ……と心の中で突っ込みを思わず入れた。





 月山五郎達が、日常を過ごしていた中――、



 エルム王国の西方に位置するルイズ辺境伯領の邸宅には動きがあった。

 邸宅に、近づく一台の馬車と、3人の甲冑を身に付け馬に乗った騎馬兵。

 馬車は騎馬兵に守られるようにして、ルイズ辺境伯邸の門を潜り、門前で停まると馬車の先導をしていた白馬から一人の女性がヒラリと軽やかに降りる。


 その際に、白銀の鎧が静かに音を立てる。

 それだけでなく腰までたおやかに伸ばしてあるであろう金髪が、ふわりと広がり少し揺れたあとに地面に着地した女性の背中で揺れた。


「ルイーズ様、到着致しました」


 女性は、煌びやかな馬車の踏み台を用意したあと、踏み台を上がり馬車の中に居る人物に声をかけるが――。


「ルイーズ様?」


 まったく反応がない事に眉を潜めた女性は、少し目を細めながら数度、馬車の扉を軽くノックする。

 その様子を、近くの騎士達は見ていたが意を決したかのように口を開く。


「エメラス様」

「――ア、アロイス殿!? ど、どうかしましたか?」

「いえ、ルイーズ王女様は体調が悪いのかと思いまして―――」

「す、少し……お疲れのようです……」

「そうですか? もし、宜しければ医者の手配など……」

「問題はありません」

「分かりました。それでは、我々は馬を移動しておきますので」


 アロイスの申し出に、エルム王国の中でも名門貴族であるクラウス侯爵家のエメラス・フォン・クラウスは頷く。

 彼女からしてみればアロイスの申し出は大変助かる内容であった。

 アロイスと、その補佐役である騎士がエメラスが手綱を握っていた馬を連れて行ったあと、彼女は小さく溜息をつくと馬車の扉を開ける。


「すやすや……」


 そこには、口をだらしなく開けて馬車の中――、椅子の上で横になって寝ているルイーズ・ド・エルムの姿があった。

 エルム王国では、珍しい黒髪は昼を過ぎたばかりという事もあり、陽光の日差しを反射して光を放っている。

 表情は、日本風の美人――、ひらたく言うのなら日本のトップアイドルも霞むほどの美貌を兼ね備えている。

 ただ西洋風の顔立ちが美人顔とされている異世界では、王家のみならず貴族や平民ですらあまり良くは思われていない。

 未だに婚約が一つも来ないのは、それが理由であった。


「はぁ……」


 無邪気に寝ているルイーズを見て、エメラスは小さく溜息をつくと右手人差し指でルイーズの頬を軽くつつく。

 彼女の指先には、ふにふにという何とも言えないぷにぷに感が伝わってくる。

 それと同時に彼女にとって心地よかった。


「ほんと――、子供みたいな笑顔よね……」


 寂しそうに呟くエメラスは、ルイーズの頭を軽く撫でる。


「寝ている時は、こんなに可愛らしいのに……」


 エメラスが途中まで口にした言葉は最後まで発せられることはない。

 続く言葉を彼女は呑み込んだのだから。


「本当に無理をさせてばかりいるのだから……、この子は王族になんて……、それに――、あんな指示をするなんて――」


 途切れ途切れに呟く言葉は意味を為してはいない。

 ただ、エメラスの顔色は芳しくなかった。


「ん……、あれ? エメラス? どうして……はっ! わ、私! 寝ていたの?」


 色々と考え込んでいたエメラスを他所に、瞼を開けたルイーズは目の前に居たエメラスを見て言葉を呟く。


「お疲れでしたか?」

「ええ、ごめんなさい」

「お気になさらず。それより、辺境伯領をご覧になって如何でしたか?」

「えっと……」


 そっと目を背けるルイーズ。

 その様子から、何となく感じいってしまったエメラスは「仕方ありませんね」と、呟く。


「え、エメラス?」

「王城から出て気が緩むのは構いませんが、王の側近も一緒に来ています。ご注意ください」

「わかりました……」


 エメラスの言葉に、ルイーズの表情から感情が抜け落ちる。

 王家の人間たる者、感情を他人に見せるのは弱みを握られる可能性が高くなる。

 それをしないようにと――、ただでさえ立場が弱い彼女が身に付けた護身術で在った。


「ルイーズ様」

「どうかしたの?」

「本日、辺境伯領を確認してまいりましたが市場を散見したところ異世界から来た人間を確認しました。その者は、ルイーズ様と同じ黒髪だったそうです。もし王家の人間として暮らすのが辛い場合には――」

「それ以上はいけないわ。私を育ててくれたお父様には感謝があるもの。それに、私は王家の人間なのよ?」

「それは、分かっていますが……」


 眉を潜めるエメラスを見て、泣きそうな笑顔で――。


「私は王女なの。だから大丈夫よ」


 ルイーズの言は、どこまでも空虚を含む物であった。



 

 

 アロイスが馬を馬房に入れたあと、建物から出たところで――、


「アロイス様、ノーマン様がお呼びです」


 そう語りかけてきたのは、キースであった。

 慌てている様子がない事から、急用ではないと悟ったアロイスであったが、


「分かった。すぐに向かう」

「それでは私も――」

「お前もか?」

「はい。私も、ノーマン様にご報告する緊急事案がありますので」

「ふむ……」


 アロイスが、キースを横目で見ながら歩く。


 彼は、キース・フォン・ブラッドレイ。

 彼はルイズ辺境伯領魔法師部隊の団長であり、準男爵でもある。

 そして――、ルイズ辺境伯領において人間の中では最も魔法に長けている。

 元は、冒険者という事もありダンジョンやモンスターにも精通しており20代後半という歳若さで、異例の出世をした者でもある。


「緊急というのは、ノーマン様に直接的な害があるものなのか?」


 その言葉に含まれている真意は、毒殺されていた辺境伯家の件も含まれており――、それは遠回しであったが、この場で話せるのなら話すようという意図も含まれていたが……。


「いえ、緊急ではあるのですが――、すぐにはノーマン様にご迷惑が掛かるという内容ではありません」

「なるほど……」


 二人は、辺境伯邸の中を歩きながら会話をする。

 話しの中にある、すぐには害を及ばさないよいう内容。

 それが何なのかは、アロイスには皆目見当のつかないものであったが――、すぐに聞きだす必要はないと考え無言になり足早にノーマンの元へと向かう。


「アロイスです」

「入れ」


 執務室前に到着したところで扉越しにノックをしながら部屋の主にお伺いを立てたところで、すぐに室内から入室の許可が下りる。


「失礼します」


 執務室の扉を開け中に入る二人。


「よく来た」

 

 そう告げるのは執務室の机の前に座っているノーマン・ド・ルイズ辺境伯。

 彼は、椅子から立ち上がると、室内のソファーに立っている二人に座るように手で促す。

 二人が座ったのを見計らうようにしてテーブルを挟んだソファーに座るノーマン。


「ノーマン様。それで、キースから聞きましたが何かありましたでしょうか?」

「うむ。ルイーズ第四王女の件だが、どうなっている?」

「ルイーズ様ですか……」


 そう答えながら、記憶の糸を手繰るアロイス。

 一週間近く、エルム王国の第四王女を見てきた彼が見てきたルイーズ王女の見解としては、王女らしくない王女と言った感じであった。


「一言で言いますと、エルム王国の王家の人間らしくはないと言った所でしょうか?」

「ふむ。具体的は?」

「まずは、王家の人間のように無暗に権威をチラつかせる事はしないと言ったところです。あとは、王家の力を誇示しないところなど、概ねエルム王国の王家には相応しくない人物と言えます」

「なるほど……。そのあたりは庶子だと言う可能性もありそうだのう」

「はい。ただ、もう少し性格的歪んでいると見ていたのですが、そういう事も無さそうです」

「ふむ……。それでは謀略に長けていると言ったことは?」

「そういう事からは遠ざけられていたのか、そういう様子は見られません。ただ――、あくまでも表面上は……と、言う事になりますが……」

「そうか」


 一週間ほど、問題ある行動があった場合は対処を迅速に出来るようにとアロイスをルイーズに付けたノーマンは、得られた情報を精査しながら何度か頷いているように見える。


「――で、辺境伯領に直接乗り込んできた理由は分かったのかのう?」

「それはキースが付与した魔法で何とか……」

「やはり、儂らが考えた通りかの?」

「はい。戦争を起こす為の火種の為にルイーズ様を送りこんだという話を室内に用意しておりました魔法にて確認しています」

「その内容は?」

「ルイーズ様が、異世界で死んだ場合に異世界に侵攻するという事のようです」

「なるほどのう」


 アロイスの情報を聞いたノーマンは小さな溜息と共に額に手を当てる。


「異世界と戦争をするような事になれば、エルム王国だけでない。こちらの世界全てが蹂躙されかねない」

「はい。それは分かっています。まず間違いなくゴロウ様の領内が侵攻された場合には逆に相手国から報復を受ける事でしょう。そうなれば滅びるのは我々です」

「そうなると、異世界にルイーズ王女やエメラス侯爵令嬢を連れていき軍事演習とやらを見て貰った方が良いのかも知れんな。ただ――」

「分かっています。そこはゴロウ様に事前に準備をしてもらう事が必要かと――」

「うむ。あとの問題は王権派だが、それも何とかしないとならんな」

「一緒に連れて行くと言うのは?」

「うむ……。それが手っ取り早いのう」


 ただ、二人としては一つ不安点があるのも事実であった。

 それは――、


「問題は、それで戦争を始めることを止めなかった場合かのう」

「はい。その場合は……」

「丁度、旗頭も居る事だ。それに、王族としての責務だけは持っているようだ」

「それは、少し酷な事かと……」

「王族というのはそう言う物だ」


 二人の話が一段落したところで――、



「ノーマン様、お話があります」


 切り出したのは黙って二人の話を聞いていたキース。


「そういえば、火急の話と手紙があったが、何かあったのか?」

「はい。実は、ゴロウ様の事ですが……」

「ゴロウがどうかしたのかの?」


 眉を寄せ問いただすノーマンに、キースはゆっくりと頷くと口を開く。


「自衛隊という演習の時に気が付いたのですが……」

 

 そこまで話をした時点でキースの表情には戸惑いの色が見える。


「ノーマン様、私はあの時に結界を維持しておりましたが……」

「ふむ。それがどうかしたのか?」

「はい。ノーマン様の結界という言葉に反応したゴロウ様は、通常は結界を張った術者以外が感知する事も干渉する事もできない結界に無意識に干渉してきました」


 額から汗を流しながらキースは震える声で言葉を紡いだ。





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