第130話 結城村側の事情

「つまり、数日の間に相手を納得させるだけの交渉材料を作る必要があるからこそ、藤和さんはナイルさんに数日待てと言ったんですか」

「そうなります。ただ、幸いな事に運が良いというか何というか……」


 藤和さんが苦笑いしながら溜息をつく。


「狩猟会の集まりがあるのは僥倖でした」


 ニヤリと笑う藤和さんの笑みは、あまり良い事を考えているようには見えない。


「あの、無茶はしないでくださいね」

「問題はありません。最短で2日しか余裕がありません。すぐに田口様に連絡を取り今後の方針を決めるとしましょう」


 藤和さんが何を考えているのか、少しだけ不安になるが――、最悪の事態を想定して行動をする以外はない。

 すぐにシャッターを閉めたあと、バックヤード側から中庭に出る。


「なるほど……、店内のバックヤードから日本に出るときも月山様と触れていないと日本に来ることは出来ないんですね」

「そうですね」

「これは、非常に興味深いですね」


 藤和さんと共に母屋に戻ると、雪音さんが廊下の向こう側からチラッと俺が立っている玄関の方に顔だけ出した後、すぐに顔を引っ込める。

 一体、何をしているのか? と、思いつつ俺は首を傾げながら、


「藤和さん、それでは村長に連絡を取ってきますので客間で待っていてもらえますか?」

「分かりました。私も車の方へ機材を取りに行ってきますので」


 すぐに母屋に上がり電話をかける。

 もちろん村長宅である。

 数度のコール音が鳴るが誰も出る気配はない。


「おかえりなさい。五郎さん」

「ただいま戻り……ました?」


 何時も俺が一人で異世界に行き戻ってきた後は寝間着で迎える雪音さんが、寝間着ではなく普段着を着ている。


「五郎さん、どうかしましたか?」


 彼女が着ている服装は白のトップスに、赤の踝まで丈のあるスカート。

 

「――いえ、どこかに出かけるのかと思いまして……」

「こんなに早くに帰ってきたのですから何かあったんですよね?」

「まぁ、そうですが……」

「それなら、これから五郎さん以外の方も家に上がられるんですよね?」

「そうですね」

「良かったです。それでは、熱いお茶でも用意しますね」


 ――ん?

 何が良かったのか俺にはよく分からないんだが……。

 疑問符を頭の中で浮かべていると台所に向かおうとしていた雪音さんが振り返ってくる。


「あの、どこかに電話する予定でしたか?」

「田口村長の所に電話をしようと思っていて――、何度か鳴らしたんですが呼び出し音しか鳴らなかったんです」

「わかりました。それなら私の方から連絡を入れますね」


 雪音さんが、いまは雪音さんの部屋となっている客間の隣の部屋に入って携帯電話を手にすぐに出てくる。


「あ、雪音だけど……、五郎さんがね……大至急話したい事があるって――」


 主語を言わずに話し始める雪音さん。


「うん。うん。詳しくは聞いてないけど……、すぐに来て欲しいみたいなの。来られない? うん、わかった……、五郎さんに伝えておくね」

「どうでしたか?」

「すぐに来るって言っていました」

「すいません、何か雪音さんに任せてばかりで……」

「気にしないでください。むしろ頼ってもらえると嬉しいです。それでは、私はお茶の用意をしてきますね」


 台所の方へと向かう雪音さんの後ろ姿を見送っていると――、


「お待たせしました。少し戻ってくるのが早かったですか?」

「いえ」


 戻ってくるのが早かったというのは何を指しているのか。

 抽象的な話し方は要点を得なくて困る。


「田口村長ですが、すぐに来るそうです」

「そうですか。それは良かったです」


 藤和さんと共に客室に入ったあとは、彼がノートパソコンを出して起動しているのを見て時間を潰す。

 しばらくするとチャイムが鳴る。


「飛ばしてきたの?」


 席を立つ前に雪音さんが迎えに行ったのだろう。

 玄関の方から雪音さんの呆れた声が聞こえてくる。

 

「何かあったと思ってな。それより何かあったのか?」

「それは、五郎さんが説明すると思うから、早く上がって――」

「ふむ」


 廊下を歩く足音が二つに増えたところで客間に入ってきたのは、田口村長と雪音さん。


「夜分遅くに申し訳ありません。こんな時刻に、本来でしたら、こちらが伺うべきところ、お呼び立てしてしまい大変に申し訳ありませんでした」


 何時立ち上がったのか!? と、思うほど完璧に居住まいを正した藤和さんが頭を下げる。


「気にすることはない」


 村長が溜息をついて座布団に座ると俺を見てくる。


「それで、何かあったのかの?」

「はい。じつは――」

「月山様、ここは私に説明させてください」


 まぁ、俺が説明しても藤和さんが説明しても大差は無いと頷く。


「田口様、異世界との交渉の件ですが暗礁に乗り上げかけています」

「一筋縄ではいかないという事か……」


 最初から想定していたとばかりに田口村長が頷くと、それを見計らったように客室に入ってきた雪音さんが、俺達の前に緑茶が入った湯飲みと10個ほど大福が乗ったお皿を置いて部屋から出ていく。


「とりあえずだ。まずは茶を飲んで甘い物を食べて検討するとしよう。孫娘の作った大福は美味いぞ?」

「それではお言葉に甘えまして――」


 藤和さんはお皿の上から、白大福を手に取り口に運んでいる。

 それを見ながら俺も大福を口にするが、市販の物とは違い甘すぎもしない。

 それどころか飲みやすいようにと渋味を抑えられたお茶が後味をスッキリとさせていく。


「これは甘味処で出せるレベルの品ですね」

「孫娘は、料理を妻から習ったからな」

「家事が出来るのは素晴らしいですね」


 田口村長は、雪音さんを褒められている事もあり上機嫌のようであったが、すぐに表情を引き締める。


「――で、話は戻すが異世界との話し合いはどうなっているのかの?」

「先日、商談の場を取り持ちました辺境伯からは色よい返事を期待できる可能性は高かったのですが……」

「ふむ。つまり辺境伯の上、王国のTOPに近い者から待ったが掛かった状態になっていると……、そういうことかの?」

「厳密に言えば視察なども考えているようですので差異はありますが、概ね間違いではないかと思います」

「ふむ……視察か……、つまり敵情視察と考えた方がよいかの」

「一概には言えませんが、その可能性は非常に高いと憂慮された方が宜しいと存じます」


 部屋の中には、俺も居るというのに完全に二人だけで話が進んでしまっている。

 少しは俺に意見を求めてきてもいいと思う。

 それに二人とも考えすぎだと思うのは俺の気のせいだろうか?

 少なくとも俺の出会った異世界の人は、良識ある人ばかりだったぞ?

 そこまで異世界人に対して警戒をする必要があるのかと言えば、どうなんだろうか?

 藤和さんは、帝国主義や王権主義は危険だと――、すぐに戦争を起こす可能性が高いと言っていたが、言葉が通じる以上、そんなに簡単に戦争になるものなのか? と、言う疑問も浮かぶ。

 ただ――、藤和さんは俺が話さないようにと釘を刺してきたので口を挟むような事はしないが……。


「ふむ……」


 田口村長は小さく頷く。

 そして、しばらく目を閉じていたあと、藤和さんを見る。


「――で、何か案がありそうな顔をしているが」

「はい。猟友会のイベントを利用しようと考えています」

「ほう……。プランを聞かせてもらっても?」

「はい。まずは結城村で来週行われる猟友会のイベントですが、山狩りではなく武力を見せつけるイベントに変更したいと考えています」

「つまり、この村の戦力を相手の使者に見せつけると言う事かの?」

「そうなります。ただ戦力に関しては結城村の戦力という形では向こうには教えません」

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