第129話 異世界側の事情(2)

 店内は、日差しで明るく異世界に転移してきたというのが一目で分かる。


「なんだか慣れてきましたね」

「そうですね」


 俺は相槌を打ちながらシャッターを開けて外に出る。

 外には何時も通り店前を警備している兵士達の姿があり――、


「ナイル様!」


 俺達の姿を見咎めた兵士の一人がナイルさんの名前を呼ぶと――、しばらくしてから表情からしても疲れているであろうことが一目で分かるナイルさんが姿を見せる。


「ゴロウ様、お待ちしておりました」

「えっと、何かあったんですか? ずいぶんとお疲れの用に感じますけど……」

「それがですね……」


 流れるように口を開いたナイルさんが何かを言おうとしたところで――、


「隊長! それは極秘事項です」


 ――と一人の兵士が小さく口ずさむ。

 それにハッ! と、したナイルさん。


「すいません。ここでは話せません。まずは大至急、辺境伯邸までお越しください」

「分かりま――「まずは簡単に理由だけを説明してもらえますか? そうしないと此方も、ここから動くつもりはありません」……え?」


 まぁ、最初から行く予定だったから「行きます」と、言いかけたところで藤和さんが待ったをかけてくる。


「どういう事でしょうか?」


 疲労感も相まってナイルさんの表情に苛立ちが見えるが、藤和さんは至って冷静に――、



「ナイル様、申し訳ありませんが……、そちらの都合はそちらの都合です。詳細を教えて頂けなければ、当家としても当主の安全を確保できるかどうかは判断が出来兼ねるという事をご理解ください」

「――では移動中に説明をさせて頂きます」

「いえ。店舗の中で説明をお伺いさせて頂きます」


 藤和さんとナイルさんとの間に微妙な緊張感ある空気が流れる。


「分かりました」


 折れたのはナイルさん。

 二人の空気が弛緩したことで俺は小さく溜息をつく。

 どうして、大した事の無い事で、こんなに緊張感ある場面が簡単に出来上がってしまうのか……。


「――月山様、それでは店の中へ入りましょう」


 藤和さんの言葉に頷き俺はナイルさんの腕を掴む。

 店の中に入る時には、俺と触れていないと店内には入れないから。


「――こ、これは!?」


 藤和さんが、俺が触れる前に店の中へ入ろうとして結界に弾かれていた。

 それを見て俺は思わず苦笑してしまう。


「藤和さんも腕を――」

「――え?」


 当惑している藤和さんの腕を俺は掴み二人を連れて店の中に足を踏み入れる。


「は、入れた……? そういえば、以前も……、まさか――!?」

「自分と触れていないと店の中には入る事が出来ないんですよ」

「なんと……」


 藤和さんが目を見開くと思案するような表情を見せたあと、


「月山様、それはノーマン辺境伯様達も同じだという事ですか?」

「そうですが……」


 そういえば、バックヤード側に関しては伝えたが店舗の前面入口に関しては藤和さんには何も伝えていなかったな。


「ゴロウ様、家令の方には殆ど情報を伝えてはいないのですね」

「はい。まあ……」

「さすがです」


 何か知らないがナイルさんが俺を見直したような発言をしているが、実際のところ――、藤和さんに説明する事を怠っていただけだ。

 

「ところで急ぎで辺境伯邸に来て欲しいというのは?」


 藤和さんが何やら考え込んでしまっているので、話を先に進める為に俺が聞くことにする。


「そうでした! じつはエルム王国の使者の方が来ているのです!」

「そうなんですか。それじゃ自分達は、その人たちが帰ってから戻ってきた方が良いって事ですか?」

「そんな事をしたら大変な事になります」

「――え? でも、自分はエルム王国とは関係ないですよね?」

「いえいえ! エルム王国の使者は、ゴロウ様にお会いにするために来られたようなのです」

「……」

「それは面倒な事になりましたね」


 ナイルさんの言葉に俺が何と答えていいのか無言になったところで、隣で思案していた藤和さんが代わりに返答し、


「それで使者の方は、どのような理由で此方に接触しに来ているのか詳細は分かりますか?」


 ――と尋ねた。

 藤和さんの問いかけに頷くナイルさん。


「異世界との貿易についての話し合いの場を持ちたいと考えているようです。あとは、異世界と交流するにあたり一度、異世界に足を運びたいとも」


 その言葉に、藤和さんの顔色が変わる。

 怒りとかではなく渋い表情に――。


「なるほど……、そういう事ですか……」

「はい。――ですので、一刻も早く辺境伯邸にお越しくださいませんか?」

「つまり、我々が顔を出さない限り使者達相手の交渉時間は無制限とまでは言いませんが引き延ばす事が出来ると言う事ですね」

「――え?」


 藤和さんの呟いた言葉にナイルさんが顔色を青くしていく。


「それは……、ノーマン様の立場が悪くなりますのでなるべく早く邸宅に向かって欲しいのですが……」

「ナイル様、何の準備も出来ないまま国という魔物相手に個人が交渉に赴くなど自殺行為に他ならない事は重々承知のはずです。早ければ2日――、遅くても3日で交渉材料を整えますので当家が来たことは伏せておいてください」

「そ、それは困ります! ゴロウ様!」


 慌てるナイルさんは、俺に救いを求めるような瞳を向けてくる。


「月山様、話は済みましたので一度、戻りましょう」


 俺としては、別に会っても良いと思うんだが……。

 でも、交渉は藤和さんに一任しているから余計なことを言うのも筋違いだろう。


「ナイルさん、すいません。後日、伺いますので、何とか頑張ってください」

「…………わかりました」


 力無くトボトボと店の前面から外に出ていくナイルさんを見送ったあと、「店から出る分には月山様と触れていなくても大丈夫なのですか」と、藤和さんが呟く。


「そうですね」

「なるほど……。これは大きな交渉材料になりそうですね」

「それより藤和さん、どうして国が出てきたことに対してそこまで神経質に?」

「月山様、辺境伯様は血の繋がりがあり人格者だからこそ話し合いという場で相手との交渉の場を持つ事が出来ました。――ですが、それは月山様と辺境伯様との間に繋がりがあったからという前提が存在したからです」

「それが今回は期待できないという事ですか?」

「はい。特に国というのは、王というのが無能で在った場合、救いようの無い政策を行う可能性がありますから。最悪の状況を備えて話し合いに挑む必要があります。とくにナイルさんの言っていた結城村の視察に関してですが間違いなく日本への威力偵察の可能性が高いです」

「それは商品取引をする上で相手がどれだけの会社なのかを建物や資本金から見るのと同じでは?」


 俺の言葉に藤和さんは頭を左右に振る。


「それは、現在の地球という国際協定がある世界にとっての話です。異世界は、王権主義と考えますと他国の視察というのは十中八九、戦争の下調べと見た方がいいでしょう」

「それは考えすぎでは……」

「そうかも知れません。ただ……帝国主義、王権主義というのは、それだけ厄介なのです。王、つまりトップの采配で全てを決められる……戦争すら可能と言う事は、相手はそれだけ迅速に事を運ぶことが出来ると言う事です。そして一度、動き出したことを停めることは至難の業。現在は、辺境伯様の所で止まっている話ですが、私達が顔を出す事で否応なしに私達の世界も巻き込まれるという事です」

「それは……」

「一応、確認した限り向こう側からの侵略は一方的には行う事は出来ないようですが……、月山様に触れていなければ店には入れないようですから。ですが、それが何時までも続くとは限りません。異世界と通じる門が存在しているという事は何か知らの方法で力任せにこじ開けて侵略する事も可能と考えられますから」

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