第128話 異世界側の事情
「それでは、お先に上がります」
恵美さんが、和美ちゃんと一緒に迎えにきた根室さんの車に乗り帰っていく。
それを見送ったあと、内窓を拭く。
すでに時刻は午後6時。
日は沈みかけており薄暗い。
ちなみに外窓は田舎と言う事もあり灯りが周囲に無いので虫が付着している。
「明日も外窓を綺麗にしないとな……」
少し憂鬱になり独り言を呟きながら窓ガラスを拭いているとカウンターの方に設置してある親機の方から着信音が聞こえてくる。
「はい。月山雑貨店ですが――」
「白猫ヤマトの宅急便ですがお届けに伺っても大丈夫でしょうか?」
「えっと何をですか?」
商品の搬入なら藤和さんに一任してあるはずだが……。
「書籍関係になります」
その言葉に俺はピン! と、来る。
神保町で購入した本だろうと――。
「分かりました。どれくらいで到着しますか?」
「目の前にいます」
たしかに駐車場には白猫の絵が描かれた黒いトラックが停まっている。
まったく気が付かなかった。
さすがは車体が黒いだけはある。
巷では夜の貴公子とまで呼ばれている白猫ヤマト。
まぁ、それはいいとして――。
おれは購入したばかりの台車をバックヤード側から持ってくると急いでトラックに向かう。
「えっと月山五郎さんですか?」
「はい。荷物は、この台車に乗せてもらえますか?」
「分かりました」
次々とトラックから下ろされては台車に乗せられていく書籍の入った段ボール。
我ながら良く100冊近くの本を購入した物だと感心してしまう。
「それではサインの方をお願いします」
30台半ばの強面のおっさんから伝票とボールペンを受け取りサインをする。
「これでいいですか?」
「はい。それでは失礼します」
配送員は、それだけ言うとトラックに乗り込み颯爽と田舎道を走り去っていく。
俺は、それを見送ったあと台車を持ったまま店に戻りバックヤードに移動する。
それから暇な時間を過ごし、午後9時を少し過ぎたところでレジの清算をしたあと台車を店の外に出しシャッターを閉めるという閉店作業を行う。
全てが終わったあとは母屋へ戻ると――、
「おじちゃん、おかえりなさい!」
「五郎さん、お疲れ様です」
玄関を開けて靴を脱いでいると二人が小走りで近寄ってくると労いの言葉をかけてくれる。
何というか、こういうのはいいものだ。
「あら? 五郎さん、それは……」
雪音さんの視線が台車に乗っている段ボールへと向かっている。
もちろん桜も興味を惹かれたのか、視線は段ボールへ。
「これは、店を経営していく上で必要な雑学とか教養とかの本なので、自分も色々と勉強しないといけないと思いまして」
「そうなんですか……」
「さくらも! さくらも! さくらもみていい?」
何というか大人の真似をしたがるというのが子供らしいな。
「いいぞ。でも桜には、ちょっと難しいかも知れないな。知らない漢字とかグラフとか色々と分からない事もあると思うし」
「いいの! さくらもべんきょーするの!」
何というか5歳というのは無邪気でいいな。
まぁ、子供がやりたいと思うことをやらせるのも大人というものだ。
「そうか。それなら分からない事があったら俺が教えてやるから何でも聞くといいぞ」
「ほんとに!?」
「ああ、もちろんだ!」
5歳の子供の質問に、俺が答えられない訳がないからな。
夜食の時間に近い夕食を食べたあと、異世界に行くために少しだけ仮眠を取ることにする。
チラリと横を見ると桜はフーちゃんを枕にしつつ、段ボール箱から出し平積みしていた本を、ペラペラと目を通すような仕草をして閉じては他の本に目を走らせている。
俺に聞いてくる事が無い事から、本の中身を見ずに何か漫画か何かと勘違いして見ているのかも知れない。
「桜」
「――?」
本をペラペラと捲るのをやめて首を傾げながら俺を見てくる桜。
今日の桜の髪形は雪音さんがツインテールに結った事もあり、良く揺れている。
「本はきちんと読むものだぞ」
「よんでいるの!」
「そっか」
まぁ、本を読んだつもりになっているのかも知れないな。
子供と言うのは往々にして大人の真似事と言うのをしたがるものだからな。
「今日は、異世界に行ってくるから雪音さんと一緒に留守番を頼めるか?」
「分かったの」
桜は、本をパタン! と、閉じると別の本を開いて1ページ1秒のペースで捲っていく。
先ほど、俺が聞いた時に読んでいると言っていたが、あんなペースで本が読める訳がない。
それに5歳には分からない内容。
漢字だけでなく社会人でも難しい言い回しや、中学から大学にかけて習う理論や数式に基づいた考えなどが応用された本もある。
間違いなく桜は絵を見ているくらいだろう。
しばらく横になってウトウトしていると桜が本を閉じる音が聞こえてくる。
薄っすらと瞼を開けて桜の方を見ると、『あれ?』と、俺は不思議な感覚に襲われた。
先ほどまで積んでいた本が全て――、桜が読んた後に積んだ本の場所に移動になっている。
それを見て俺は確信した。
「眠いの……」
そう呟くと桜はトコトコと、パジャマ姿で俺の寝ている布団に入ってくると、抱き着いてくると直ぐに寝てしまった。
どうやら漫画だと勘違いしていて、たくさんの文字を見た事で疲れてしまったようだ。
まぁ、子供には難易度が高すぎて何を質問していいのか分からなかったかも知れないなと思う。
そんな折、電話が鳴り――、すぐに雪音さんが受話器を取ってくれる。
「はい、月山ですが」
「あっ! 藤和さんですか? はい……はい……少々、お待ちください。五郎さん、藤和さんからお電話です。商談結果の話し合いには何時頃行くのか? と、聞いて来てますけど……」
「今日、伺う予定だと伝えてください」
桜を起こさないようにお互い小声で話す。
「藤和さんは、すぐに此方に来られるそうです」
「分かりました」
商談結果を聞くだけなら俺だけでも十分だと思ったんだが……、藤和さんが来るのならそれに越したことはない。
「それでは仮眠を取りますので、0時前に起きなかったら起こしてください」
「分かりました」
雪音さんが頷いてくるのを確認したあと、俺は目を閉じた。
「五郎さん」
小さな声で、身体を揺さぶられ俺は瞼を薄っすらと開ける。
目の前には、雪音さんの姿があり、彼女はピンクの花柄のパジャマを着ていて――、俺を起こしてくれたようだ。
「起こしてもらってすいません」
布団から出たところで――。
「五郎さん、今日はスーツを着て行って欲しいと藤和さんから電話で頼まれましたので、アイロンをかけておきました」
そう差し出してきたのは、見覚えのないスーツ。
「あの、これは……」
「五郎さんは、いつも普段着で辺境伯様達と会っていますので……、それでネット通販で用意しておきました」
「よくサイズが分かりましたね」
「いつも見ていますから!」
一体何を見ているのだろう……。
少し気になってしまったが余計なことは聞くまいと気持ちだけは後ろ向きになりつつ雪音さんからスーツを受け取る。
Yシャツに腕を通し――、スーツズボンを履いた後はネクタイを締めてから上着を羽織る。
「そういえば藤和さんは……」
「子供が寝ている時間だからと遠慮して外で待っています」
「お待たせしました」
「いえいえ」
店前で車を停めていた藤和さんと合流し軽く挨拶を交わす。
「それよりも、すぐに異世界に行かれますか?」
「そのつもりですが……」
「分かりました」
母屋から中庭を通りバックヤード側を抜けてから店内に入る。
もちろん、バックヤードに入る際には、鈴の音が鳴ったりもした。
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