第124話 素直になれないお年頃

 辺境伯達を見送ったあと、一週間ぶりの我が家の扉を開ける。


「月山さん、おかえりなさい」


 まず出迎えてくれたのは根室恵美さん。

 ラフな格好をしている彼女だが、どうして此処にいるのか分からない――と、言うより今の時間は午後10時。

 彼女の仕事が終わるのが、午後3時なので不思議に思ったのだが……。


「おかえりなさい」

「ただいま戻りました。あの、雪音さん――」


 その言葉だけで、俺の視線から察してくれたのか、


「根室さんは、五郎さんが居ない間――、残業をしてもらっていたんです」

「そういう事でしたか」


 たしかに午後3時から午後9時までの間、雪音さん一人だと大変だよな。


「根室さん。本当に申し訳ありません。急遽、残業を一週間もお願いしてしまって」

「困った時はお互い様ですから。それに娘も同年代の桜ちゃんと一緒に居て退屈はしていませんから」

「そうですか」


 あれ? そこまで話していた所で俺は首を傾げる。

 おじちゃん大好きっ子な桜が、玄関まで俺を迎えに来ていない事に気が付く。


「あの桜は……」

「えっと……」


 雪音さんが俺から目を逸らす。


「何かあったんですか?」

「何もないと言えば何も無いんですけど……」


 雪音さんの話し方が、何だか歯切れが悪い。


「あの、藤和さんでしたよね?」


 俺と雪音さんとの会話を他所に根室さんが俺の後ろに立っているであろう藤和さんに話かける。


「はい。私としては、そろそろお暇させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか? 時間も時間ですし――」

「そうですね。それでは、今回の掛かった費用については後日、請求をお願いできますでしょうか?」

「分かりました。それでは、これで――」

「それでは、根室さんは自分が家まで送ります」


 根室恵美さんは、車の免許は持っている。

 ただ何時も送り迎えは、根室正文さんが行っている。

 それは、車は根室さんの実家にしかないから。

 唯一の車を根室恵美さんが使ってしまうと家々の距離がある結城村では移動が不便になるからだ。


「はい。よろしくお願いします」


 根室さんは、俺からの申し出に即答してくる。

 さすがに毎日、夜まで残業をしていると――、旦那の実家の手前――、色々とあるのだろう。

 それでは和美ちゃんを連れてきますので――。

 

「あ! それなら私が連れてきますね。二人とも寝ていると思いますから」

「そうですか」


 その言葉に俺は頷きつつ――、


「それでは車の用意をしてきます」


 本当は桜の顔を見たかったが夜も遅く――、寝ているのなら無理に起こす必要はないと思い彼女からの申し出を受け入れる。

 彼女の家も、時間をかけた上で遅く戻ったら向こうにも迷惑がかかると思ったからだ。

 とりあえず敷地内に停めてあるワゴンアールのエンジンを掛ける。

 時間的には午後10時を回っているが、まだ暑い。

 冷房をつけて車内を冷やしている、


「お待たせしました」


 ――と、恵美さんは熟睡している和美ちゃんを背負っていた。

 彼女たちを根室さんの実家まで送り届け自宅へ戻る。


「ただいま戻りました」


 ――ガラガラ


 母屋の玄関の戸を開ける。


「お帰りなさい」

「桜は寝ていましたか?」

「はい。最近は、ずっと元気がありませんでした。やはり気丈に振る舞っていても子供ですから……。それに五郎さんが戻ってくるのをずっと待っていましたよ?」

「そうでしたか……」


 雪音さんの言葉に俺は内心で後悔してしまう。

 本当は、桜を一緒に連れて行った方がいいのでは? と、思っていたのだが……、今回の交渉については今後の俺達の生活も掛かっていることから桜を置いていくという選択肢を取らざるを得なかった。


「明日の朝もありますから」

「そうですね」


 彼女の言葉に答えた後は、用意された夕食を食べて風呂に入り床につく。




 ――翌朝。


 何となく寝返りを打とうとした所で、身体に何か触れているような感触がある。

 何気なくタオルケットを捲ると、俺の横に桜が寝ていた。

 昨日は、妹の部屋――、現在は桜の部屋で寝ていたはずだが……。


「海鮮丼おいしいの……」


 俺の身体に、触れるようにして寝ている桜は笑顔で食べ物のことを呟いている。

 きっと、札幌中央卸売市場で食べた時のことを夢の中で思い出しているのかも知れない。


「五郎さん、おはようございま――「シッ」……え? あ……なるほど……。そういうことですか」


 朝食の用意の為だろう。

 朝早く起きてきた雪音さんは、俺が起きているのに気が付いて挨拶をしてきたが、桜が寝ているので俺は『静かにしてください』と、言う意味合いを込めてジェスチャーした。

幸い、雪音さんはすぐに気が付いて小声に。


「それにしても、今日は良く寝ていますね」

「――え? そうなんですか?」


 桜は、何時も良く寝ている。

 それも朝遅くまで。

 俺と雪音さんは、桜を起こさないようにと玄関まで移動する。


「じつは、桜ちゃんは小さな物音で目を覚ましていたんです」

「小さな物音で?」


 俺と一緒に暮らして居た時には、そんな事は無かった。

 

「はい。それで、ここ最近はずっと寝不足だったみたいで食欲も無くて心配していたんです」

「どこか具合が悪いとか……」

「いえ、そういう訳ではなくて五郎さんが出かけてから少しずつと言った感じでしたので……、もしかしたらですけど……」


 雪音さんは少しだけ思慮したあと――、


「桜ちゃんは、本当は五郎さんに行って欲しく無かったかも知れません。じつは、五郎さんから電話が来た時は、桜ちゃんが電話を取ることが多くありませんでしたか?」

「そういえば……」


 最初の数日は雪音さんが電話に出ることは多かったが、3日目からは殆どの電話を桜が取っていたと記憶している。


「じつはですね。桜ちゃんは、いつも電話の子機を自分の部屋に持って行っていたんです。五郎さんから電話が来た時は、桜ちゃんはすごく嬉しそうに話していましたから、きっと五郎さんが、一週間も出かけたのはショックだったのかも知れないですね」

「……そうでしたか……」


 俺と藤和さんが辺境伯達と一週間出かけると桜に行った時には、何ともない様子だったが……、そこは桜が気を使ったというか……俺に嫌われないようにと良い子を演じただけだったのかも知れない。

 こんな事なら、多少は無理を言ってでも桜を連れていくべきだったか……。


「今日は、もう大丈夫そうなので安心ですね。私は朝食を作りますので、五郎さんは疲れているのでしたら、お休みされては如何ですか?」

「いえ、自分は――」


 大丈夫ですと言いかけたところで雪音さんが頭を左右に振ると――、


「桜ちゃんと一緒に寝てあげてください。五郎さんが寝ている布団に入ってきたと言う事は、甘えたいという気持ちの現れだと思いますから」


 彼女の言葉は一理あるかもしれない。


「分かりました。それでは朝食が出来るまで」

「はい! お任せください」


 雪音さんが料理に取り掛かった所で、俺は居間に戻る。

 布団の中に入り横になると、桜がコロコロと転がってきて俺の身体にペタッと触れてくる。

 一瞬、起きているのか? と、思って桜を観察するが小さな寝息を立てているだけで起きているようには見えない。


「まぁいいか……」


 スキンシップも大事だからな。

 俺は寝ている桜の頭を撫でながら、目を閉じて眠りに落ちた。

 



 ――ノーマン辺境伯達が異世界へ帰ってから数日が経過。



「おじちゃん! ここが遊園地なの?」

「そうだよ」

「お城が無いの!」



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