第123話 久しぶりの帰宅

 すると車の前には一人の50代くらいの軍服を着た男が立っていた。

 服装からして、一般の自衛隊ではない事は一目で分かる。

 男は俺達に近づいてくる。


「藤和、久しぶりだな」

「望月さん、お久しぶりです。今日は、無理を言ってしまい申し訳ありません」


 どうやら、藤和さんは知り合いのようだ。

 問題は誰なのか?

 

「気にすることない。それより御父上に関しては残念だったな」

「はい、ですが――、今回は本当に助かりました」

「ただではないのだろう?」

「はい。もちろんです」

「それならいい。藤和には入れなくなったからな。今回のことで、隊員の今後の斡旋先が増えるなら、このくらいの配慮は問題ない。それより、そちらの方々は……」

「私のアメリカ留学時代の知り合いです。会社を経営しているので――」

「なるほど……、接待と言ったところか?」

「そうなります」

「なるほど……、会社を経営か……」


 男は、ノーマン辺境伯だけでなくアロイスやキース、リスタルテさんの方を見ると目を細める。

 そして口角を吊り上げると、ノーマン辺境伯へと近づこうとするが、その間にアロイスさんが立ちふさがる。


「アロイス」

「ハッ」


 嗜める辺境伯の言葉に、アロイスさんが退く。


「望月(もちづき)奏多(かなた)です。日本国陸上自衛隊幕僚長を拝命しております」

「こちら陸上自衛隊のTOPの方です」


 藤和さんの説明に辺境伯が目を細める。


「ノーマン・フォン・ルイズだ。よろしく頼む」

「こちらこそ」

「うむ」

「それでは、私はこれで――」


 望月という人間が、辺境伯と握手を交わし俺を一瞥した後、去っていく。

 完全に姿が消えたところで、ノーマン辺境伯がキースさんの方を見る。

 するとキースさんは頷くと辺りにガラスが砕けたような音が響き渡った。


「――え?」 


 思わず声を出してしまう。

 一瞬、何が起きたのか分からない俺は周りを確認する。


 だが、藤和さんだけでなく辺境伯、リスタルテさん、アロイスさんも何のリアクションも見せない。

 ただ一人、キースさんとだけ視線が合った。

 彼は、驚いた表情を見せたあと俺から視線を外した。

 その様子から、どうやらガラスが砕けた音に気が付いたのは俺とキースさんだけな気がしたが……、この場で聞くのは藤和さんに交渉を任せている以上は宜しくないと思い口を噤んだ。




 それから俺達は車に乗り込み東京への帰路に着いた。

 数時間後、ホテルに到着したあと夕食を食べ――、それぞれの部屋に戻り、シャワーを浴びたあとは藤和さんがノートパソコンを取り出しベッドに座ったあと、俺を見てくる。


「月山様、これからの事ですが――、これからは、今日の出来事について辺境伯様達が、どのように考えるかによって手段が変わってきます」

「それは、交渉方法を変えると言う事でしょうか?」

「そうなります。辺境伯様達からの表情から察するに此方の軍事力については脅威と見て頂いたと思われますが――、それがいい方向に進むかどうかは未定です。ただ――、異世界との交渉を確実に成立させる場合には、多少のブラフや脅しも必要になってくると思いますが……」

「それは……」


 俺は言い淀む。

 どんな事情があっても相手との交渉を脅してまで成立させたいとは思えない。

 甘い考えだと言うのは分かっている。

 だが、それは違うと思う。


「試すような真似をしてしまい申し訳ありません」

「――え? それでは?」

「はい。武力を背景に有利な交渉を行うことは最初から考えていませんので……」

「そうですか」

「それでは明日以降、向かう美術館についてですが……」



 

 ――藤和さんとの今後の話し合いが終わった夜――、自宅に電話し桜に寂しくないか聞く。

 桜からは、「大丈夫なの……」と、声が聞こえてきた。

 しばらく桜と話をしたあと、何かあったらすぐに俺の携帯に電話をするように伝えておいたあと就寝。

 翌日から美術館を周り館内の説明については藤和さんが担当する事になり――、俺と言えば藤和さんと別行動をとっていた。


 理由は、自分に足りない物は経営者視点での物の考え方。

 そして人脈が足りないと言う事を痛感させられたから。

 藤和さんには、かなり無理なお願いになってしまったが快く引き受けてくれた。 


 そして――、現在の俺は、東京都千代田区神保町にいる。

 折角、東京に来たのだから本の聖地とも呼べる場所に足を運んでいた。

 地下鉄都営新宿線の神保町駅で降りた後は、様々の本屋に入っては本を物色していく。


「知識ゼロからの経営学」「戦略の本質」「経営の成功メソッド」「コンビニ経営のノウハウ」などの本を買い込む。

インターネットで勉強をしてもいいと思うが、俺の性格上――、やはり紙の本で読んだ方が目も疲れず集中が持続するので本がいい。


「こんな本もあるのか」


 本の題名は、異世界に転生した時に必要な知識。

 中身をペラペラと見ていくが塩や胡椒が高く売れる事とかが書かれている。

 さらに軍事知識に関しての内容も書かれていて、著者はずいぶんと妄想力が逞しいと思ってしまうが……。


「とりあえず買っておくか」


 本の価格を見る。

 値段が2800円。


「普通に高い……」


 人生の中で、電気の資格を取る為に購入した教材の次に高い。

 それでも書かれている内容は、俺の現状を客観的に見ていく上で必要な物であることは確かで――、もし役に立たなくても使える知識があるかも知れないから購入しておく。

 そのあとは、現代日本と異世界に赴いた際の得になる知識や、辺境伯達が暮らしている時代背景――、藤和さんが言っていた中世前の世界と言う事を吟味して相手の状況を知る為に中世ヨーロッパ以前の暮らしが書かれている本を手当たり次第物色していく。


 ――そして、神保町にきて数時間が経過し……、たこ焼きを食べたあとは何十冊も購入した本を抱えながら近くのコンビニに入り、宅配業者に本を送ってもらう手続きを行う。

 支払いが済んだあとは地下鉄に乗りホテルに戻る。

 ホテル入口に到着したところで、見覚えのあるリムジンがホテル入口に到着し――、


「ゴロウか。今日は、急用が出来たと聞いたが用件は済んだのかの?」


 藤和さんの後に車から降りてきた辺境伯が俺の姿を見るなり語り掛けてくる。


「はい。それで美術館の方は、どうでしたでしょうか?」

「うむ。やはり異世界は、儂らの世界とは違った文化があると言う事が分かった。ずいぶんと楽しませてもらった」

「そうでしたか」


 ずいぶんと楽しそうに話しをしてくる辺境伯とは打って変わり、藤和さんは疲れた表情をしているように見受けられる。

 きっと美術品の説明で疲れたのかも知れない。

 言葉は通じるとは言っても日本語は読めないからな。




 翌日からは、俺も辺境伯と同伴するようにする。

 ネットで部下に接待を任せてばかりでは何かあった際に意思疎通に齟齬が起きるかも知れないと教えられたからだ。


 主に行く場所は、東京タワーに浅草、スカイツリーにお台場と東京でも観光地と呼ばれる場所ばかり。

 藤和さんが意図的に観光地を見せているのは、俺でも分かった。

 そして東京の観光が終わったあと――、ホテルを引き払い東北への帰路についた。




 帰宅したのは午後10時を過ぎ。

 月山雑貨店は閉店している時間ということもあり、ノーマン辺境伯達は異世界へ即時帰る事となった。

 俺としては、もう少し相手の出方を見たかったが、藤和さんが相手からの「すぐに領地に戻り検討する」と、言う言葉に頷いてしまったので、反対は出来なかった。






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