第99話 エルム王国side
エルム王国の王都ヘルダート、その王城であるシュワルドヘイド城の一室。
――コンコン。
「リコードです。ルイズ辺境伯領のノーマン辺境伯より火急の書簡が届いております」
「入れ」
静かな男の声が室内に鳴り響く。
了承を受けた男は、扉を開けると執務室の中に足を踏み入れる。
「ノーマンから書簡か、ずいぶんと珍しい物があるものだな」
「これを――」
リコード・フォン・ヘルバストという男は、中央官吏である。
爵位は、侯爵。
男は、灰色の髪の毛に青い瞳をした痩せ型の身長190センチほどの男であった。
年齢は、いまだ30歳後半。
体つきから見ても文官と呼ぶに相応しい様相であり、事実――、彼は行政を主としており、外部――、つまり外務省のような役割を担っている。
「ふむ……」
リコードから書簡を受け取ったのは、エルム王国の国王――、ヴァロワ・ド・エルム。
現国王であり、西側には広大な魔物が巣食う大森林を抱え周辺諸国との問題事に日々悩まされている男。
体は、鍛えられてはいるが年齢的に70歳近い事もあり、流石に衰えは隠せない。
髪は元々、金髪であったが現在は色素が徐々に抜けてきており白髪が目立っていて国を運営するというストレスから眉間には皺が出来てしまっている。
「蝋封は、ノーマンの物で間違いないな」
「はい。それは私も確認しました」
「ふむ……」
ヴァロワは、受け取った書簡の蝋封をナイフで切り手紙を取りだした後、目を通していく。
「ほう」
「どうかなさいましたか?」
「異世界に通じるゲートが繋がったらしい」
「異世界というと、40年前に――?」
「リコードは、生まれてはいないはずだが知っておるのか?」
「はい。父上から話だけは聞いております。人口3000人程度の小さな国でありながら技術力は、そこそこあると――」
「そうだな。活版印刷という概念があることから、ある程度は文化が進んでいる小国とノーマンの息子ゲシュペンストからの資料には書かれていたな」
「それで、火急な手紙を送ってきたという事は、侵略をするという事でしょうか? ――ですが、異世界という不安定な地を侵略しても人口3000人程度の小国では、国庫の持ち出しになる可能性もありそうですが――」
冷静にリコードという男は、自国のエルム王国の財政を鑑みて発言する。
人口100万人のエルム王国には、まだまだ開発しなければいけない土地は多く存在しており、ダンジョンの管理やエルム王国が運営している冒険者ギルドの管理、さらには、北の帝国との国境沿いの衝突を見ると、異世界への侵略はリスクが高すぎるとしか思えないのであった。
「――いや、攻め入るという話ではないようだ。どうやら、異世界では、信じられない程、技術力が進んでいるようだ」
「人口3000人程度の小国がですか?」
技術力の進歩というのは、人口の割合に比例することが多く、さらに言えば戦争をするからこそ必要に駆られて技術は躍進する。
リコードにとって人口3000人程度の小国の技術力が、目の前の国王陛下が口にするほど進んでいるとは思えないのであった。
「陛下、それで……、その技術力というのは……」
「主に食料品の保管に関してのようだな」
その言葉にホッと胸を撫でおろすリコード。
軍事などの技術が40年で急激に進歩を遂げたのなら危険であったが――、食料品の保管程度なら問題ないと計算する。
「それでは問題ありませんね、我が国も燻製という技術を編み出したばかりですが、それにより、長期的な食糧保管が出来るようになりましたから、その程度なら――」
「どうやら、数年間から数十年間は食料が保管できる技術が確立できたようだと書かれているな」
「…………!?」
国王の言葉に立ち眩みを覚えるリコード。
そんな非常識な年数を食品が傷みもせずに保管できるなど考えられない。
「――へ、陛下……。さすがに、それは――」
「うむ。事実確認をする必要がある。リコード、異世界の調査に赴くようにしろ。それと、3000人の小国と40年前の資料にあったが、食糧保管技術が進んでいるという事は、普段から食糧危機に直面しているのやも知れぬ。軍事力が――」
「分かっています、3000人程度の小国――、軍事力が大したことがないようでしたら、食糧生産拠点として侵略をするようにと陛下の命で指示を出せばいいのですね」
「うむ。だが――、念のために先遣隊を送り異世界での情報収集を行うのだ。なるべく少人数でな」
「それでは、近衛兵騎士団から数人選りすぐりの――」
「そうなる。あとは……、ルイーズを連れていくといい」
「ルイーズ王女様をですか?」
「うむ。4番目の王女とは言え庶子だ。何かあれば戦争の――、侵略の口実になるであろう?」
「分かりました。それでは、そのように手筈を――」
リコードが、退出し執務室は静けさに包まれる。
「――さて」
ヴァロワは、ノーマンが送ってきた書簡とは別の手紙に目を向けると深い溜息をつく。
その手紙は、竜帝国の四家の一つ風竜フェンブリルからの書簡であり、エルム王国内の領内を通り行方不明になったフリーデルの探索についての抗議の手紙であった。
木漏れ日の日差しが差す中、バルコニーで一人、本を読んでいた女性。
年齢としては16歳前後だろう。
エルム王国では珍しい黒髪を腰まで伸ばしており、透き通るような白い肌と日本人風の様相をしている。
瞳は大きく、睫毛も長い。
垂れ目なのか、目元には小さな黒子がある事から、気弱そうな表情を覗かせている。
彼女の名前は、ルイーズ・ド・エルム。
本来ならば、王位継承権を持つはずだが――、母親が貴族の身分ではなく隣国との戦争で戦死した平民上がりの宮廷魔術師であった為に与えられてはいない。
また何の後ろ盾も無い王女には、王位継承権は不必要という国王や家臣の判断もあったからかも知れない。
――コンコン
「はい」
扉がノックされる。
彼女は、読みかけの本に自前の――、花の栞を挟んだあと本を閉じて扉の方へと視線を向ける。
すると一呼吸置いて扉が開く。
「失礼致します」
「リコード侯爵様、どうかなさいましたの?」
一応は、立場上はルイーズの方が上ではあったが、何の権力も後ろ盾もない彼女の――、ルイーズの立場は王宮内では限りなく弱い。
魔力があったのなら、また変わったのかも知れないが――、残念ながらルイーズには魔力という物は平民並みしか備わっていない。
平民並みの魔力ということは、小さな火種を作る程度の魔力しかないという事。
ほとんど役には立たないということだ。
そして貴族や王族というのは錬金や大規模魔法を使う事が出来る。
彼女は、そのような魔法を使うことが出来ないことから、それも王族としては相応しくないとされていた。
「陛下より預かって参りました」
「お父様から?」
彼女の表情が一瞬だけ華やぐ――が、すぐに表情には翳りが浮かぶ。
実の母親であるマリアが国境沿いの戦いで命を落としてからという物、10年以上もの間、実の父親であるヴァロワとは会っていないからだ。
そして、リコード侯爵が差し出してきたのは書簡。
それを見て彼女は心の中で諦めという言葉が浮かぶ。
とうとう、自分に政略結婚が来たのだと――。
別段、政略結婚事態は珍しくもなんともない。
それが貴族として――、王族として女として生まれた定めなのだから。
ただ、彼女には後ろ盾がいない。
そして、王宮内では彼女は居ない者として扱われている。
そんな彼女が嫁ぎ先で、どうなるかなど想像に難くない。
――それでも、平民と比べればずっとマシな生活なのだろうと、自身に言い聞かせながら書簡を手にとり手紙に目を通していく。
「――これは……」
そう呟いたルイーズの目が大きく見開かれると共に表情が強張っていく。
政略結婚だと思い書簡の内容を見た彼女の予想は大きく外れていた
――それも悪い方に。
「リコード侯爵様……」
「何か?」
「いえ、何でも――、お父……陛下には分かりましたとお伝えください」
「分かりました」
頭を下げて室内から出ていくリコード侯爵を見送ったあと、彼女は扉が閉まるのを待っていたかのように書簡をテーブルの上に置く。
「やっぱり……、私は――」
書簡には、ルイズ辺境伯領の異世界へ通じるゲートの調査隊に同行すること――、そして異世界の国力を確認後、調査隊の結果次第では相手を篭絡するか自刃をする旨が書かれていた。
それは完全に異世界の領土に対して侵略をする事を前提とした――、その正当性を作る為だけの生贄。
ただ彼女が異議を申し立てることなぞ出来る訳もない。
そんな事をすれば、良くても死ぬまで幽閉の立場に置かれる。
それほど、ルイーズの立場は弱い。
「私には、最初から自由なんて無いのですね……」
侍女が一人も付けられていない彼女の呟きは誰にも聞かれることはなかった。
それから3日後に、第4王女ルイーズが同行する先遣隊が、王都ヘルダートからルイズ辺境伯領に向けて旅だった。
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