第98話 辺境伯邸までの道のり



 恵美さんを異世界に連れていくとか、そういうことは村長の許可を取らずに俺の一存では判断できないからな。

 さすがに、苦しい言い訳だが誤魔化させてもらおう。

 



 店を午後9時に閉めたあと、フォークリフトで塩が載っているパレットを店内に入れシャッターを閉めた。

 そしてフォークリフトに乗ったまま家に戻る。

 庭にフォークリフトを置いたあとは、エンジンを切らずに母屋に向かった。

 玄関を開けるとフォークリフトの音に気が付いたのか――、


「月山さん、お帰りなさい」


 エプロン姿の雪音さんが玄関まで迎えに来てくれる。

 そして――、その隣には桜が眠そうな姿で立っていた。


「おじちゃん、おかえりなさいなの」

「ただいま」


 殆どを店で時間を費やしている俺に気遣っているのか、いつもはこんな時間だと寝ているというのに――。


「はいはい、桜ちゃん。おじちゃんは帰ってきましたから寝ましょうね」

「だいじょう……ぶ……なの……」


 殆ど目がトローンとしていて半分、お眠モードに突入している桜は、雪音さんのエプロンの端を掴んで辛うじて立っている状態。

 殆ど寝ている状態なので、桜を抱きかかえて居間まで行く。

 そっと布団の上に下すと、睡魔に勝てないのか寝息を立てて寝てしまった。


 そんな桜の近くにフーちゃんがトコトコと来ると、横に寄り添うようにして俯せになると目を閉じる。


「桜ちゃん、最近は殆ど月山さんと話せないから、頑張って起きていたんですけど……」

「まぁ、子供の頃は睡魔には勝てませんからね」


 桜にタオルケットを掛けていると、横で見ていた雪音さんが話しかけてくる。

 そんな雪音さんに言葉を返しながら立ち上がり――、


「すぐに夕食の用意をしますね」

「ありがとうございます」

「それでお風呂の方はどうしますか? 今日は、異世界に行かれるんですよね?」

「ええ。まあ、異世界に塩を届けないといけないので」

「それでは、お風呂に入ると眠くなってしまいますよね」

「いえ、シャワーだけは浴びようかと思います。汗を流しておきませんと幾ら、祖父と言っても失礼ですから」

「そうですね、身嗜みは必須ですから、それがいいですね」


 同意を示してくる雪音さんに頷きながら


「それでは、月山さんがシャワーを浴びている間に夕食の準備をしておきます」


 その言葉に頷いたあと、シャワーを浴びに浴室へと向かった。




 シャワーを浴びたあと、雪音さんが用意してくれたトンカツと味噌汁とご飯という定番とも言える夕食を食べる。

 俺が食べている間、雪音さんが普段、俺が使っているノートパソコンで売上収支の確認をしていると――、


「そういえば月山さん」

「何でしょうか?」

「今日の塩の件ですけど……」


 ああ、その話か。

 聞かれるとは思っていたが、少し話題変更が強引すぎたか。


「遅かれ早かれ恵美さんも月山雑貨店に関わっている以上、不審に思うところは出てくると思いますので、異世界の話はした方がいいかも知れません。とくに此処連日、赤字ですから――」

「そうですね」

「祖父には、私の方から話を通しておきますので、その後と言う事になりますけど、流石に売り上げが赤字ですと給料面などを含めて勘繰る可能性もありますから」

「分かりました。では、村長には異世界について恵美さんに話していいかどうかの確認をしてもらえますか?」

「お任せください」

「それと雪音さん」

「なんでしょうか?」

「目黒さんのことは知っていますか?」

「はい、色々な貴金属の細工をされている方ですよね? その方が何か?」

「実は目黒さんに金の売買をお願いしようと思っていまして――、そちらに関しても話を通しておいてもらえますか? たぶん、明日は異世界帰りと言う事で疲れていると思うので」

「それでは、そちらに関しても祖父を通しておきます。何かあれば、村長を通していれば助けてくれる可能性もありますから」

「そうですね」


 話が一段落ついたところで――、時計を見ると時刻は午前0時30分。

 異世界に行くには丁度いい時間となっている。


「それでは、異世界に行ってきますので」

「はい。無理はされないように――」


 玄関まで来て送ってくれる雪音さんの言葉に頷きつつ母屋を出たあとはフォークリフトを運転し店前へ――、そのあとはエンジンをかけたまま店内にフォークリフトを入れシャッターを再度、下したあとバックヤード側の扉を開き店内に向かった。


 すると――、やはりというか店のガラスの外には異世界の街並みが――、異世界の太陽の光に照らされて見えていた。

 もちろん、ナイルさん達兵士の姿も――。


「これは、ゴロウ様」


 店のシャッターを開けて外を出ると、ナイルさんが駆け寄ってくる。


「どうも、お久しぶりです」


 一か月ぶり近いので、とりあえず挨拶を交わす。


「それでは、塩を持ってきますので――」

「――あっ、ゴロウ様」

「なんでしょうか?」


 少し慌てた様子でナイルさんが店の中に戻ろうとした俺を引きとめてくる。


「じつは、ノーマン様が至急、お会いしたいと――」

「ノーマン辺境伯様が?」

「はい」

「何か問題でも……」


 呟きかけたところで口を閉じる。


「どうかしましたか?」

「――いえ、それは例の店の営業に関しての……」

「そこまでは伺っていませんが――」


 ――と、ナイルさんが言葉を濁す。

 そこから、何か彼も掴んでいるのだろうと直感的に分かるが――、即答できないということは、事実関係について伝えることが出来ないということだろう。


「分かりました。どちらにしても先に塩を引き渡しますので――」

「はい」


 ナイルさんが頷く。

 俺は店内に戻る。

 フォークリフトを動かし、パレットに乗った塩をフォークリフトで持ち上げる。

 そして異世界側に――、結界を超えて異世界の通りに下す。

 すると待機していた兵士達が、パレットの上に載せてある塩を荷車に載せていく。

 その様子を横目で見ながら、店内に戻り塩が載せてあるパレットをフォークリフトで再度、持ち上げ異世界の通りに下す。

 何度も、それを繰り返し全ての塩の移動が終わったあとは、フォークリフトを店内に戻す。

 あとは空になったパレットを手で持ち上げて店内に戻し――、


「ナイルさん、お待たせしました」

「いえいえ、十分すごいものですね。あの鉄の機械は――」


 ナイルさんは塩の移動で使ったフォークリフトを見るのは3回目だが、ようやく慣れたようで何度も店内の方へと視線を向けている。


「やはり気になりますか?」

「はい、――それよりも……、まずは辺境伯邸までご一緒に来て頂けますか?」

「分かりました」


 どちらにせよ、塩の代金を貰わないといけないからな。

 ナイルさんが用意してくれた馬車に案内されて乗ると、すぐに馬車は走り出す。


「ゴロウ様」


 ナイルさんが世間話でもするかのように話しかけてくる。


「何か?」

「異世界での店舗の開店は――」

「はい、済ませました」

「そうでしたか」

「商売の方はどうですか?」

「そうですね。ボチボチと言ったところでしょうか?」

「ボチボチ?」

「可もなく不可もなくと言ったところですね」


 実際は、赤字経営だが――、そのことを伝える必要はないと判断する。


「そうですか。順調と言ったところですか」


 ナイルさんは営業や経営を含めた月山雑貨店のことについて聞いてくることはない。

 それについて聞いてくる事に関して、少しだけ気になったが聞いてきた理由について心辺りがまったくない。

 つまり、何と返答していいのか分からない。


 なので――。


「そうですね」


 誤魔化すことしか出来ない。


「辺境伯邸が見えてきましたね。あと少しで到着と言ったところです」


 まるで聞くことを聞いたとばかりに話題転換してくる。

 ただ――、ナイルさんが何を考えているのかまでは分からない。





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