第95話 商品発注

 ――翌朝。


 開店初日を何とか乗り越えたばかりで2日目の営業を控えていたこともあり――、


「はい、桜ちゃん。ご飯、持って行ってね」

「わかったの!」


 寝ていたら、そんな声が聞こえてくる。

 瞼を開けて壁に掛けてある時計を確認。


 時刻は、午前7時を指している。


「あの雪音さん」

「はい、なんでしょう?」

「昨日は、帰らなかったんですか?」

「えっと……、祖父に連絡が付かなかったので――」

「ああ、足が無かったということですか」


 おかしいな。

 昨日は、送っていくと言ったはずなのに大丈夫だからと言っていたので、村長が迎えに来たら起こして欲しいとお願いして少し横になっていたら、気が付いたら寝ていて――、朝になっていた。

 

 それよりも問題は――。


「桜」

「おじちゃん?」


 ご飯がよそってあるお茶碗をテーブルの上に置いた桜が首を傾げてくる。


「雪音さんが昨日、泊まったけど良かったのか?」

「うん。さくらね、夜に起きた時にね、お姉ちゃんが歩いて帰ろうとしたから家に泊まっていくように言ったの」

「そうなのか? 以前に桜は言っていたよな? 他人が家に泊まるのは嫌だって――」

「えっとね、お姉ちゃんは問題ないから。――でもね、和美ちゃんのお母さんは泊めたらダメなの」

「分かった」


 とりあえず頷いておく。

 それよりも、雪音さんは家に泊まるのは良くて――、和美ちゃんの母親の恵美さんが家の泊まるのはダメという線引きがよく分からない。

 

 まぁ、桜は人見知りと言う事もあるからな。




 朝食を食べたあとは、問屋に何時に電話を掛けていいのか? と、一般的な営業時間をネットで検索を掛ける。


「早いと出社は午前6時とか午前7時になのか……、もしかして……もう電話を掛けても大丈夫か?」


 時間は午前7時40分。

 普通の会社なら午前9時からの営業が普通だが――、もしかしたら早めに営業をしているかも知れない。

 それに昨日の初日でかなりの商品在庫が目減りしている事から早めに発注は掛けておきたいという心情もある。

 電話機を取り、問屋の藤和へと電話をする。


「まぁ、物は試しだからな。とりあえず数度コールしてみてダメだったら午前9時以降に電話すればいいか」


 数度コールが鳴り――、


「はい。問屋の藤和です」


 すぐに電話に男が出る。

 

「朝早くからすいません。月山ですが――」

「これは、おはようございます。何かありましたか?」

「はい、じつは――」


 俺は、初日に冷凍食品を中心とした生鮮食品がほぼ売れてしまった事と、トイレットペーパーや、ティッシュなども完売したことを説明していく。


「分かりました。それでは発注ということですね」

「はい。どのくらい掛かりますか?」

「そうですね――、本来でしたら2日は見て頂くのですが――」

「やはりそうですか……」


 まぁ、藤和さんも初日で商品が殆ど捌けてしまうとは思っていなかっただろうし、仕方ない。


「ですが! 月山様のお店は新規オープンをしたばかりです! もし利用客が来た時に棚が空っぽでしたら、印象は良いとは言えません。――それに問屋の藤和としても全ての商品の仕入れを任されている以上、全力でサポート致します!」

「わかりました」

「それでは、いまから2時間後に商品を御持ち致しますのでよろしくお願いします」

「――え? 2日ほど掛かるとさっき――」

「そこは、藤和でも何店舗かと納品契約をしておりますので! そこの納品期限をズラして月山様の方へ御持ちします」

「――ですが、それだと藤和さんの方に迷惑がかかるのでは?」

「いえいえ! 大丈夫ですから! 本当に大丈夫ですから!」


 俺の言葉に、藤和さんが何度も大丈夫です! と、俺に心配を掛けまいとしてくる。

 何か知らないが、すごく迷惑を掛けてしまっているような感じがするが――、ここで無理を言って断るのは宜しくない。


「それでは、お願いできますか?」

「はい! お任せください」


 電話を切ると、雪音さんが此方を見てきていて。


「どうでしたか?」

「はい。何とかしてくれるみたいです。2時間ほで納品できると――」

「2時間ですか? たしか、藤和さんの会社から此処までは2時間近くかかりますよね?」

「え、ええ、そうですね」

「何か最初から商品を用意していたような気がしますね」

「まさか!」


 少し雪音さんは、疑い深い気がするな。




 ――ガラガラ


 音を立てるシャッターを外から開けていく。

 店に入り、バックヤードをチェックするが――、昨日見た通り殆どの段ボールは空で――、


「根室さん、おはようございます」

「田口さん、おはようございます」


 バックヤード側に居ると雪音さんと恵美さんの話し声が聞こえてくる。


「今日も、よろしくお願いします」

「はい!」

「着替えに関しては母屋の方を使っていいので――」

「分かりました。和美行くわよ」

「はーい、おっさんまたな!」

「こら!」

「いたっ!」


 ゲンコツを頭の上に落され頭を両手で押さえている和美ちゃんを連れて恵美さんが店から出ていく。


「そういえば――」

「何ですか?」


 何か気になることがあるのか雪音さんが俺の方を見てくる。


「月山さんは、おっさんとかおじちゃんとか呼ばれることに、あまり抵抗は無いんですか? 普通は、少しは表情に出たりしますよね? 少なくとも私が居た保育園に来られるお父様方は、言われると気にしていらっしゃる方が多かったので――」


 雪音さんの言葉に、俺は心の中で首を傾げる。

 そう言われれば最初は――、桜を引き取った時――、そして……、しばらくは「おじちゃん」と言われている事に抵抗があった。

 だが――、いまは……。


「どうなんですかね。特に意識した覚えはないですが――」


 何時からは分からない。

 ただ――、『おじちゃん』と言われても『おっさん』と言われても、そんなものだろうと受け入れてしまっている。

 そんな自分が嫌いではない。


 それは――、たぶん……。


「そうですか。月山さんは、桜ちゃんのお父さんをしているんですね」

「そうですかね」

「はい」


 俺の答えに――コクリと頷いてくる雪音さんを見ていると、何となくそんなもんだとストンと胸の内に答えが嵌ったような気がする。

 きっと、家族というのはそういう物なのかも知れないな。


「お待たせしました。あれ? どうかしましたか?」


 店舗の制服に着替えた恵美さんが居て――、

 

「いえ、何でもないです。それより商品の品出しをしてしまいましょうか」

「そうですね」


 レジの方に関しては雪音さんに任せて商品の品出しをしていくが――、在庫が少ないこともありすぐに終わりそうだ。

 バックヤードから商品の入っている段ボールを担ぐ。

そして恵美さんが商品を棚に並べている横に重ねる。


「これは結構、腰に来ますね」

「ですよね……」


 以前は、品出しは派遣の方にやってもらっていたが――、重量のある荷物の品出しは結構疲れる。

 今度、台車でも購入してくるか。


「月山さん」


 バックヤード側から段ボールを店内に移動して品出しをしていたところで、雪音さんが話しかけてくる。


「はい?」

「車と言うか――、トラックが来ました」

「トラック?」

 

 店から出ると、駐車場ではなく道路側には10トントレーラーが2台停まっていて――、


「お待たせしました!」


 車から降りてきたのは藤和さんであった。

 それにしても、10トントレーラーで荷物を運んでくるとは、藤和さんはずいぶんと用意がいいな。

 まだ頼んでから2時間も経ってないぞ?

 

「いえいえ、早い分にはいいので――」


 幸い、まだお客はきてない。

 トレーラーを店の駐車場に入れてもらうようにお願いする。

 そして――、すぐに母屋に戻り――、


「桜、いるか?」

「どうしたの? おじちゃん?」

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