第94話 これからの課題


「いえいえ、月山様にはお世話になっておりますので――、新規オープンでしたらこのくらいは、それでそちらの方が?」

「そうですね。うちの祝い花を依頼しました」

「田所 美鈴と言います」

「こちらこそ、私はこのような者です」


 すかさず名刺を取り出した藤和さんは、美鈴さんに名刺を渡しつつ、「藤和一成と言います。問屋業を営んでおります。何か用入りがあれば、ご連絡ください。お安くしておりますので」と、営業を掛けている。


「五郎とは違って商機を逃すような人物ではないね」

「絹さん、何か俺に当たりが厳しくないですか?」

「そりゃ40歳にもなって結婚もしてない男には風当たりは強くなるってものさ」


 絹さんと話をしていたところで――、


「どうも初めまして、藤和一成と言います。問屋業をしております」

「田所絹だよ、園芸農家をしているよ」

「園芸農家ですか」

「うむ、何かあればよろしく頼むよ」

「こちらこそ――」


 二人して名刺を交換している。


「五郎、どうかしたのか?」

「ところで、祝い花を置く場所ですが――」

「それは孫の美鈴に聞くといいよ」


 突き放すような絹さんの言葉に藤和さんは頷くと、美鈴さんと相談しながら車から祝い花を持ち運び店前に並べていく。

 祝い花が全て並び終える前に、また車が駐車場に入ってくる。

 今度、車から出てきたのは田口村長。


「五郎」

「村長、どうかしましたか?」

「どうかしたも何も、結城村ではただ一軒の店だからのう、ほれ! 祝い花を持ってきたぞ!」


 これまた立派な3万円前後はする祝い花が軽トラックの荷台に乗っている。


「田口!」

「田所のばあさんか!」

「あんただって爺だろうに!」

「それで、絹さんが何のようだ?」

「あんた、祝い花をどうして私のところに頼まなかったんだ?」

「――いや」


 そういうと村長の目が泳ぐ。

 その様子に俺は内心、首を傾げる。

 何か、二人の間には確執というか問題があるのか? と――。


「月山さん」

「美鈴さん、どうかしましたか?」

「うちの祖母と村長は、昔から馬が合わないらしいので、気にしないでください」

「そうなんですか」

「はい。歳をとると色々あるみたいです。それより村長が持ってきた祝い花も並べてしまいましょう」

「そうですね。村長、祝い花を頂きます」

「うむ」


 村長が頷くのを確認してから、美鈴さんと一緒に軽トラックから祝い花を下ろしたあと店先に並べる。

 そのあとも車は何台も来て――、夕方までには多くの祝い花が到着した。




「おじちゃん」

「――ん? どうした桜」


 夕方近くになり全員が帰ったあと、雪音さんと桜が店先にきていた。


「いっぱいお花があるの」

「これは祝い花と言って、お祝いの意味を込めて贈ってくれるプレゼントだよ。皆が、ここで店を開くことを祝福してくれている証でもあるんだよ」

「そうなの?」


 桜が俺を見てくる。

 俺は頷きつつ、横に立っていた雪音さんが、「そうよ、桜ちゃん」と、俺の言葉を肯定するかのように相槌を打ってきた。


 俺達の目の前には、問屋の藤和、結城村一同、都筑診療所、リフォーム踝、踝建設、宗像冷機、あとは自分が頼んだ分の祝い花と色とりどりの祝い花が飾られていた。


 トントントンとリズミカルな心地よい音が聞こえてくる。


「――月山さん、桜ちゃん、朝ですよ」

「……」


 俺は無言のまま、欠伸をしつつ瞼を開ける。

 それに釣られて――、


「眠いの……」


 桜も起きた。

 そして――、俺達が起きたのを見て今日から開店と言う事で泊まり込みをしていた雪音さんが、居間から縁側に続く戸を開けていく。


「今日は晴天のようですね」

「はい。大事な門出が晴れで良かったです。雨ですと、お客さんの出足も悪くなりますから」


 外から吹き込む適度に湿度を含んだ夏朝の風。

 そして照り付け始めた太陽。

 そんな詩が思い浮かんでくる中、エプロン姿の雪音さんが――、


「朝食は、もうすぐ出来ますので月山さんと桜ちゃんは洋服と下着を着替えてくださいね。今日は、忙しくなると思いますので早めに洗濯をしておいた方がいいと思いますので」


 ――と、話しかけてくる。

 俺と桜は、了承しながら着替えたあと――、居間に戻るとすでに朝食が出来上がっていた。


「今日は豪勢ですね」

「大きなお魚さんがあるの!」

「はい。祖父から差し入れがありましたので――」

「鯛ですか、高いのに――」


 それに、ここは山の中。

 田口村長も、ずいぶんと奮発してくれたものだ。

 テーブルの上には、赤飯や鯛の塩焼きが人数分置かれている。


「今日は、忙しくなりますから早めに食事にしましょう」

「「「いただきます」」」


 朝食を食べたあと、俺と雪音さんは店の方へと開店準備に向かう。

 外からシャッターを開けたあとは、開店初日の特売品をチェックする。

 バックヤードから、特売品を運んでいる間は雪音さんはレジの商品登録をチェックし――、開店1時間前になったところで――、


「おっさん!」


 元気に俺の名指ししてくる声。 

 店の入り口には、桜と同年代の和美ちゃんが母親である恵美さんと一緒に立っていて――、すぐに頭を叩(はた)かれていた。


「おはようございます。すいません、うちの娘ったら口が悪くて――」

「いえ、大丈夫です。それより用意の方をお願いできますか?」

「はい。和美、貴女は桜ちゃんと静かにしているのよ?」

「わかってるよ」


 プイと顔を背けると和美ちゃんは、母屋の方へと向かって走っていく。


「本当にすいません。どうして、もう少しお淑やかに出来ないのか――」

「まぁ、元気があるのが子供の特権みたいなものですから」


 元気がないよりはいい。

 それに桜も、同年代の女の子が居た方が気分転換も含めていいだろう……たぶん……。

 今日のこれからのことを含めて話をした後――、一通り準備が終わったところで店の出入り口の鍵を開ける。


「それでは開店をします」


 ――ようやく店舗を開店させることが出来た。


 

 

「ありがとうございました」


 最後の買い物客が退店。

 閉店間際と言う事もあり店の照明光度を落とす。


「はぁ、疲れた……」


 思ったより、ずっと疲れた。

 その理由は、開店してから、お客が途切れることが無かった事にある。

 時刻は、午後8時57分。

 午前9時開店の午後9時閉店の12時間営業と言う事で店の運営方針を打ち出していたが、初めての仕事内容、さらにうまくいかなかったら? と思うプレッシャーでいろいろと疲労蓄積が酷いことになっている。

 

「そろそろ閉店でもしないとな」


 疲れ切った頭で、そう考えていると店のドアが開く。


「いらっしゃいま――、雪音さんですか」

「お疲れ様です。もう、買い物客はいないんですね」

「そうですね」

「それでは、私がレジ閉めをしてしまいますので月山さんは店内の確認をお願いできますか? それだけ疲れているとレジ閉め大変だと思いますので」

「分かりました。よろしくお願いします」


 彼女の言葉に、今日は甘えておこう。

 それにしても、やはり従業員は増やした方がいいかも知れない。

 恵美さんの出勤時間は、本来は午前10時から午後3時まで――。

 今日は、初日と言う事もあり午前9時から午後5時までやってもらったが、今後のことを考えると従業員の追加募集は急務だろう。

 コンビニの店長が大変な理由がよくわかった。

 これが24時間店舗とかだったら、洒落にならなそうだ。


 レジは、雪音さんに任せ店内とバックヤード側の商品の在庫を確認していく。

 一通りチェックが終わった所で、レジへ戻るとレジ閉めが終わったようで――、


 

「月山さん、どうでしたか?」

「こちらは特には――、レジの方はどうでしたか?」

「金額に誤差はありませんでしたので、あとは帳簿を付けるだけですね。それと発注の事も考えないといけないですね」

「そうですね」


 二人で会話をしながら、店内の照明を落としたあとシャッターを閉める。

 店の明りが無くなると、周りには畑と田んぼしかないので辺り一面は街灯がある場所以外は真っ暗になる。


「もう8月も中旬ですね」


 語ってくる雪音さんの横顔はどこか寂し気に見える。

 俺の気のせいかも知れないが――。


「そうですね」

「あと3ヵ月、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 そうだった。

 雪音さんは、3ヵ月間だけ働くという約束をしていたんだった。

 そして、その3か月間は――、俺のタイムリミットでもある。

 何とか雪音さんに生きるという意味について前向きになってもらうように考えてもらうという期限。

 しかし、俺には別れた彼女くらいしか女性経験がない。

 なんと説得するべきか……。


 ――正直! まったく分からない!


 考え事をしている間に母屋に到着。

 玄関を上がったところで――、


「月山さん、夕食の用意をしますので先にお風呂とかどうですか?」

「そうですね」


 その心遣いに感謝。

 問題は、風呂に入ったらすぐに寝てしまうほど疲れているのが自覚出来ている事くらいだろう。


「タオルと着替えは、脱衣所に置いておきましたので――」

「――あ、はい……、そういえば桜は?」

「夕食を食べたあと、フーちゃんと遊んでいましたけど、もう寝ていますよ?」

「そうですか。何か言っていましたか? 今日は、一日ほとんど桜を構ってやれなかったので――」

「桜ちゃんは、時々――、和美ちゃんと一緒に店の外から店内を見ていましたよ?」

「――え? そ、そうなんですか?」


 まったく気が付かなかった。

 どれだけテンパっていたんだ……。


「はい。仕事をしているのを見て何度も母屋と店の間をウロウロしていましたよ? それで疲れたんでしょうね」

「そうでしたか」

「でも、桜ちゃんも大事な事だと知っているみたいですから、邪魔にならないように見ているだけだったのかも知れません」

「……」


 桜が起きている間に、頭を撫でるとしよう。


「それでは月山さん、もう遅いので早めに夕食を摂ってしまいましょう」

「そうですね」


 頷き、脱衣所に行ったあとは服と下着を脱ぎ風呂に浸かる。

 一人で風呂に入るなんて、何時頃ぶりだろう。

 桜が家に来てからかも知れないな。


 風呂にゆっくりと入りながら、そんな事を思いながらも何となくだが少しの違和感がある。


「この俺が感傷的になっているのか?」


 頭を振るい余計な考えを排除し、風呂に肩まで浸かる。

 風呂を出たあとは、用意されていた寝間着に着替え居間に向かうと――、「月山さん、夕食の準備は出来ていますよ」と、台所に立っていた雪音さんが話しかけてくる。


「ありがとうございます」

「ご飯とお味噌汁は、いまから持っていきますので座って待っていてください」

「ご飯くらいは自分で――」

「いいですから。顔色がすごく悪いですよ? 今日は、私に任せてください」


 自分では気が付いていないのか、雪音さんが強い押しをしてくる。

 

「分かりました」


 まぁ、ここで押し問答をしていても桜が起きてしまうだけだからな。

 素直に聞いておくとしよう。


 居間に入ると、桜が俺の布団の上でフーちゃんを枕にして寝ている。

 この前、枕にしてはダメだと言ったはずなのに。

 俺の気配に気が付いたのか、フーちゃんが顔だけ上げると欠伸をしてそのまま寝てしまう。

 どうやら苦しいって感じではないようだが……。


 とりあえず、フーちゃんを桜から離したあと俺が使っている枕をフーちゃんの代わりに桜の頭の下に置く。

 寝息を立てていることから桜は起きていないようだ。

 そしてフーちゃんは、縁側の方へいくと寝そべる。

 

「フーちゃんって、犬にしては不思議ですよね」


 その声に後ろを振り返る。

 雪音さんは、お盆の上にご飯とお味噌汁の入ったお椀を載せたままフーちゃんの方を見ていて――。


「そうですか?」

「はい。まるで、桜ちゃんと意思疎通出来ているようにすら思えてしまいます」

「それは、きっと子供の頃特有のシンパシーとか、そんな感じなのかも知れませんよ?」

「そうでしょうか?」

「間違いないです!」


 断定しておく。

 少なくとも、俺はフーちゃんが犬以外の行動を取ったのを見たことが無い。

 少し食べ物に煩い犬ってくらいだ。


「それなら、それでいいんですけど――、それでは夕食に致しましょう」


 雪音さんはテーブルの上にお椀とお茶碗を置いていく。

 そして――、テーブルの上には手作りハンバーグと思われる物が3個ほどお皿に乗っていて、これでもか! と言う程、キャベツの千切りが載せられていた。


「キャベツ多いですね」

「はい。野菜は体にいいですから」

「雪音さんの分は?」

「私は、桜ちゃんと一緒に食べましたから」

「そうですか」


 何だか一人で食べるのは悪いような気がするが、下手に遠慮するとアレだからな。


「頂きます」

「はい」


 食事をしながら、雪音さんが淹れてくれたお茶を飲む。


「そういえば、今日は初日の新規開店ということでかなりの売り上げが出ましたね」

「まぁ、原価を切っていますが――」


 今日は、新規オープンと言う事で、12ロール入りのシングルとダブルのトイレットペーパーが御一人様1個まで100円、冷凍食品は半額セールを行った。

 そして、新聞の広告の力もあり全てのトイレットペーパーと冷凍食品の大半が売れまくり――、それなりの認知度を獲得できたと思う。


「そうですね。今日だけで21万5741円の赤字ですね。――でも、結城村に中規模のスーパーが開店したと近隣の過疎が進んでいる限界集落の村々に知らせたことを考えると、たぶん安いと思いますので」

「今後のことを考えると――、ということですね」

「はい! あとは藤和さんに、明日の朝一番に商品発注をした方がいいかも知れません。思ったより商品在庫が心もとないですから」


 雪音さんの言葉に頷きつつ、仕事が忙しかったことで商品発注できなかったことが悔やまれる。

 おそらく明日の朝一番に商品発注を掛けても――。


「藤和さんも、さすがにすぐに商品の発注が来るとは思ってないでしょう。もしかしたら数日かかるかも知れません」

「そうですね」


 どうやら雪音さんも同じように思っていたのか頷いてきた。



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