第50話 塩の輸送
「はい。それでは――」
ナイルさんが頷いたのを確認したところで俺は店内に戻りフォークリフトに乗る。
そして大量の塩が乗っているパレットごとフォークリフトで持ち上げ異世界側へ繋がる入口へとアクセルを踏み込み移動する。
幸い結界が作動することもなく、フォークリフトは店の入り口を抜けて異世界側へと出ることに成功。
「――ゴ、ゴロウ様!? ――そ、それは……」
フォークリフトを見た兵士たちやナイルさんが一斉に俺から距離を取る。
そんな彼らの様子で俺はやってしまった事に気がつく。
先に、フォークリフトについて説明をしておくべきだった。
「ああ、これは異世界の乗り物です。主に物資の運搬などで使うもので馬車みたいな物だと思ってもらえればいいです」
かなり苦しい言い訳というか説明だが、「そ、そうなのですか……」と、ナイルさんは自身を納得させるかのように何度か頷く。
「それでは塩を載せたパレットを置くので輸送の方をお願いできますか?」
「わ、わかりました。お前たち、さっそく準備に入れ!」
ナイルさんの指示で一斉に兵士たちが動きだす。
その様子を横目に俺はフォークリフトを操作し、パレットを地面の上に置くと、すぐに兵士達は塩が入っている袋を持ち上げては、荷押し車に乗せていく。
作業人数というか作業兵士が10人近く居ることもあり、1トン近くの塩を積んでいるのにも関わらず瞬く間に塩の載せ替えが終わってしまう。
「人海戦術はすごいものだな」
思わず感嘆の声を上げながらも、すぐに店の中に戻り塩が載せてあるパレットを持ち上げては異世界の路地の上に置く。
それを12回繰り返す。
「ナイルさん」
「ゴロウ様、なんでしょうか?」
「一度、塩を取ってきますのでシャッターを閉めます」
「分かりました」
「あと一つお願いがあるのですが……」
「何でしょうか?」
「ノーマン辺境伯に話があることを伝えて頂けますか?」
「――と、なりますと火急の用でしょうか?」
「そうなります」
「わかりました。大至急、ノーマン様へ連絡を致します」
「よろしくお願いします」
とりあえず、今後のことを考えて桜の事を紹介しておいた方がいい。
俺がしっかりとしておけば、済む話だからな。
現実世界に戻り、バックヤード側から外に出る。
澄んだ鈴の音を聞きながら月山雑貨店の正面駐車場へと走って向かうと、深夜ということもあり街灯が一つしかない事から真っ暗であった。
「本当に、どんな風になっているんだろうな」
シャッターを開けたあとは、塩が積載されているパレットを雨から防護するためのブルーシートを剥がし、パレットごと店の中へと運ぶ。
――繰り返す事12回で、まだ半分もいっていない。
シャッターを閉めたあとはバックヤード側から店内に戻り、店内からシャッターを開けて、また異世界側へと塩を運搬する。
それを延々と続け、2時間ほどで塩の運搬が終わった。
「これで最後です」
最後のパレットを異世界の路地に下したところで、兵士達にも疲れが見えていた。
俺は、フォークリフトを動かしていただけだから、そんなには疲労感は無いが、全て手作業で塩の輸送をしたら大変なことになるところだった。
「ゴロウ様、お疲れ様でした」
「いえ、そちらこそ」
「兵士達にはいい鍛錬になったと思いますので、気にしないでください。それよりもノーマン様がお待ちしているそうですので、馬車を用意しました」
「わかりました。それでは少し待っていてください」
俺はフォークリフトを店内に戻したあと、まだ寝ている桜を抱きかかえて店の外に出る。
「ゴロウ様、そちらの幼子は?」
「姪っ子です。ちょっと、その事でノーマン辺境伯と話がありまして」
「なるほど……。わかりました」
何かを察したかのようにナイルさんは頷く。
移動する馬車に揺られていると、向かい側の席に座っていたナイルさんが興味津々な表情で桜を見てきている。
「ゴロウ様」
その言葉に、やはり桜の事について黙っていられなくなったので話しかけてきたというのが何となくだが分かった。
「何でしょうか?」
「そちらの幼子は姪っ子と言う事でしたが、御兄弟の御子様と言う事でしょうか?」
「そうなりますね」
「なるほど……。そのようなお話をノーマン様から伺っておりませんでしたので……」
「まぁ、言っていませんから」
「そうなのですか?」
「そうですね」
ノーマン辺境伯との談話の全てにナイルさんが参加しているわけではない。
知らない事もあるのだ。
まぁ、桜の事については意図的に言及を避けていたこともあり知らないのは当然とも言える。
「それにしても困りましたね」
「何がでしょうか?」
「いえ。ノーマン辺境伯様に、ゴロウ様以外の血縁者が居たことです。しかも、まだ小さいので……」
「それは継承権の問題ということでしょうか?」
俺の問いかけにナイルさんが首を左右に振って否定してくる。
「ノーマン辺境伯様には、ゴロウ様は一人っ子と言う事で話をしているのではないのですか?」
「全然、そんな事は一言も言っていませんね。聞かれなかったから答える機会を喪失していた。それだけの事です」
まぁ、実際は本当に血が繋がっていたとしても俺の知る貴族というのは、子供や孫を家の存続の為の道具として嫁がせたりする連中だという認識があったので警戒していたのが一番大きい。
それに余計な弱みを見せるのも宜しくないというのは分かっていたから。
「そうですか……、それならいいのですが……」
「それは信用問題に繋がりかねないと心配しているんですか?」
「ええ、まあ……」
まぁ、ナイルさんが言いたい事も分かる。
商売相手――、しかも実の血が繋がった孫が隠し事をして商談を結んでいたとなると不信感を持つ事もあるだろう。
――だが、俺としては、そんなことよりも桜の安全の方が大事な訳で、隠し事をしていたことに対して俺は後悔などしていない。
話が一段落したということもあり、静まり返る馬車の中。
舗装された石畳の上を走る馬車の車輪からの音だけが聞こえてくる中――、「……んっ」と、言う可愛らしい声が聞こえてきた。
「おじちゃん?」
起きるなり眠そうな眼(まなこ)で桜は俺に話しかけてくる。
「よく眠れたか?」
「うん……」
時間を見ると、朝方の3時頃を時計の針は指していた。
ちょうど桜は都合6時間ほど寝ていた計算になる。
馬車に揺られていれば起きるのも当然と言えば当然だ。
起きた桜は、ジッとナイルさんの方を見ると首を傾げる。
「おじさん誰?」
「ナイルと言います。あと私は、今年で27歳ですのでおじさんではありません」
ナイルさんのセリフが何処かで聞いたフレーズだなと思っていると、ノーマン辺境伯の屋敷が見えてきた。
「うわー、大きいの!」
桜が馬車内の腰掛の上に膝立ちしながら外を見て感嘆の声を上げている。
「おじちゃん! おじちゃん! お城なの! マッキーはいるの? マッキーはいるの?」
「ここは異世界だから、そういうのはいないぞ」
「マッキーとは?」
ナイルさんが気になったのが聞いてくる。
「夢を現金で買う場所です」
「なるほど……、ダンジョンみたいなものですか」
「ダンジョン?」
「はい。己の命で夢と成功を買う場所みたいな物ですね」
「そんな物騒なところではないので」
思わず突っ込みを入れつつ、馬車は屋敷の前に到着した。
「おじちゃん! すごいの! おっきいの!」
桜が興奮した面持ちで、辺境伯邸を見上げている。
たしかに俺も最初に訪れた時には驚いてしまったが、何度か商談に来ていたら慣れてしまった。
――が……、子供がこういう場所に来たら桜のような感想を言うのかもしれない。
「桜、ナイルさんが待っているから行くぞ」
「はーい」
とりあえず先方を待たせている可能性もある。
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