第51話 ノーマン辺境伯との談話

 急いで桜を抱き上げると辺境伯邸の中に入り、いつも商談を行っている客室へと向かう。

 部屋の前に到着したところで、俺たちが来るのを待っていたのか立っていたメイドが頭を下げてくる。


「ナイル様、ゴロウ様。中でノーマン様とアロイス様がお待ちです」


 ナイルさんは頷くと部屋に入る。

 遅れて部屋の中に入ると、ソファーにはノーマン辺境伯が座っているのが目に入った。

 その後ろにはアロイスさんが立っているが……。

 どうやら他に人はいないようだ。

 

「ゴロウ、よく来た。歓迎するぞ!」


 対面したソファーに座るように勧めてくるノーマン辺境伯。

 先に桜を座らせたあと、俺もソファーに座る。


 すると……、俺の横に座っている桜をジッとノーマン辺境伯は見てきた。


「ゴロウ。その幼子は血縁者なのか?」

「妹の子供です」

「なるほど姪という訳か。たしかに魔力の色から貴族の血筋を引いているのが分かる。それにしても曾孫がいるとは思っても見なかった、――ということは、ゲシュペンストは二人の子供が居たという事か?」

「はい。自分と妹の二人になります」


 ここは隠し立てする必要はないと判断し正直に答えることにする。

 ただし、言葉の選択はきちんとしないとな。


「そうか。つまり、緊急の話があるというのは曾孫の話だったということになるのかの?」

「そうなります」

「ふむ……。ちなみにゴロウの妹は一緒に来なかったのか?」

「妹は、現在行方不明でして……」

「行方不明?」

「はい。別の国に移動している時に行方不明になったとご理解頂ければ……」

「なるほどのう。塩を90トンも即日に用意できるとは、それなりの成功を収めていると思って居ったが、外交までしていたとは思ってもみなかった。――いや、さすが儂の息子ゲシュペンストと言ったところかの」


 これは間違いなく誤解している。

 きちんと誤解を解いておかないと後々面倒になりそうなやつだ。


「ノーマン辺境伯様」

「どうした?」

「こちらの世界では、どういう事情かは存じ上げませんが――、私が住む異世界では、外交をしない一般の市民でも気軽に別の国へと移動することが出来るんです」

「ほう。つまり異世界で外国に向かっている際に、行方不明になったということか」

「そうなります。そして、妹が行方不明になったことで桜を引き取ったのです」

「なるほど……」


 とりあえず、何とか誤解を解くことはできたと思う……。


 一瞬、飛行機のことを話そうと思ったが、この異世界の文明レベルが分からない以上、余計な技術は伝えない方がいいだろう。


「――して、儂から見ると曾孫にあたる者を連れてきたのは何か問題が起きたということか?」


 いつもよりも話声が幾分か固い。

 やはり突然連れてきたと言うよりも何度か会っていたのに伝えなかった事に何かしら思う所があるのだろう。


「いえ。実は妹が行方不明になってから桜を引き取ったのですが、実の両親が行方不明になると言う事は、色々とありますので機会を伺っていました。実際、ノーマン辺境伯様に姪っ子が居ると伝えましても会えなければ意味はないと考えていたので」

「なるほど……、たしかに両親が行方不明になった時点で幼子だと精神的に色々とあるであろうな」


 話している事が全て本当ではないが、それは致し方ない。

 心の中で言い訳をしていると桜が裾を引っ張ってきた。


「おじちゃん」

「ん? どうした?」

「あの人だれなの?」

「ノーマン辺境伯様」

「うむ」

「桜。この人は、俺の祖父に当たる人なんだよ」

「祖父?」

「おじいちゃんのことだよ。桜から見ると『ひいおじいちゃん』にだよ」

「そうなの?」


 桜がノーマン辺境伯の方を見る。


「うむ。儂は、ルイズ辺境伯領を治めているノーマン・ド・ルイズだ」

「偉い人なの?」

「偉いか……、そうだのう……。一応は、偉い」

「もしかしてお城の?」

「お城? ああ、この屋敷は儂の持ち物になる」

「すごいの!」


 桜が目をキラキラさせて俺の方を見てくる。


「マッキーもいるの?」

「マッキーはいない」

「えー」

「ふむ。それにしても曾孫が居るとは感慨深いものがあるのう。のう、アロイス」

「はい。まさか血縁者がゴロウ様以外に居られるとは思いませんでした。しかも、まだ幼少期のご年齢ですと、魔力量によっては当主になられる資質も――」

「魔力?」


 アロイスの言葉に桜が首を傾げる。

 それと同時に嫌な予感が当たった。

 ノーマン辺境伯は血縁者が居らず領地を継ぐ者がいない。

 他家から養子を向かい入れて解決する方法も模索していたようだが、実際のところ……、血縁者が居るのなら家督を継いでもらいたいというのは、どこの世界でも同じであって――、そういう話が出てくるのは必然。


「ノーマン辺境伯様」

「アロイス、そのような話は、この場ではする物ではない」

「ハッ」


 俺の表情を見たノーマン辺境伯が取り繕うかのようにアロイスを叱咤すると、アロイスはすぐに頭を下げていた。


「さて、ゴロウ。たった今、アロイスに注意を促したばかりだが、念のためにサクラの魔力を測ってもよいか? 魔力量が多い場合、ゴロウの世界は魔力が無いから良かったかも知れぬが、こちらの世界では魔力量が極端に多い場合、制御方法を知らない子供だと勝手に暴発する事もあるからの」

「勝手に?」

「うむ。そうなると怪我では済まない。そのために子供が生まれればすぐに魔力量の確認をするのが、この世界のルールなのだ」

「なるほど……、つまり此方の世界に居なければ魔力暴走は起きないと言う事ですか」

「そうなる。だが、一度は確認しておいた方がいいと思うがの」


 もっともらしい事を言っているのは分かるが……。

 正直な話、アロイスは魔力量によっては当主になれる器だと言っていたから、あまり魔力量を測るような事はさせたくない。

 そうなると断るという選択肢が一番いいが……。

 

「おじちゃん。魔力って魔法を使えるってこと? 桜は魔法が使えるの?」

「それは……」


 何と答えるべきか……。

 俺が勝手に桜のことに関して決断をしてしまっていいのか。

 いくら親代わりとは言え、魔力量で周りの扱いが変わってしまう可能性がある。

 それなら、桜には異世界とは関わらず地球で暮らしてもらった方がいいのでは? と、考えてしまう。


 ここは、最初に決意した通りに腹をくくるしかない。

 何かあればノーマン辺境伯と決裂するのも致し方ないな。


「そうだよ。桜は、魔法を使ってみたいか?」

「うんと……、あんまり?」


 俺をジッと見ていた桜は、どうやら乗り気ではない模様。


「そ、そうなのか? サクラは、魔法が使いたくないのかな?」

「えっとね、桜はね――、おじちゃんが困っているのは嫌なの! だから魔法は使えなくてもいいの」


 その言葉に――。

 桜が、俺をジッと見ていた理由がようやくわかった。

 俺が桜を気遣っていたのと同じくらい桜も俺を気遣っていたということに。


「そうか……、わかった。ゴロウにサクラ……、家督を継ぐという目で見ていたことを謝罪しよう」


 ノーマン辺境伯が頭を下げてくる。

 その姿に、俺たち以外に部屋に居たナイルさんとアロイスさんの目が大きく見開かれる。


「ノーマン様、当主が頭を下げるというのは……」

「アロイス。ゴロウとサクラは血こそ繋がっておるが、異世界で暮らしてきた者でもあるのだ。価値観は、まったく異なると言ってよい。それなのに、こちらの価値観を押し付けることこそ狭量ではないか?」

「それは……」

「それにゲシュペンストは、他の家に嫁ぐ形となっていたのだ。そこに、儂が口を出すことこそ恥であろう?」

「はい……」


 有無を言わさない言葉にアロイスは折れたのか「ゴロウ様、サクラ様、申し訳ありませんでした。出過ぎた真似を――」と、頭を下げて謝罪してきた。


 俺としては、なんとも言えず頷くだけに留めた。

 

「おじちゃん、おじちゃん」

「どうした?」

「魔力だけ測ってみてもいい?」

「ノーマン辺境伯様」

「よいよい。もう家督については何も言わん。ただ、異世界にこれからも来るのだったら魔力量の確認だけは体調管理も含めて見ておいた方がよいだろう」

「それなら……」


 話が纏まったところで、ノーマン辺境伯がアロイスに例の白い石板を持ってくるように命じる。

 しばらくしたあと、石板を持参したアロイスは、テーブルの上に石板を置いた。

 そしてノーマン辺境伯が石板に手を翳すと薄い青色へと石板の色が変化する。



「うむ。特に問題はないようだの。――さて、やってみるといい」


 ノーマン辺境伯の言葉に、桜は俺を見てくる。


「石板の上に手を置くだけでいいからな」

「うん。んーっ!」


 桜が手を必死に伸ばす。

 そして桜の手が石板に触れた瞬間、石板の色が白から瞬時に濃い青色に変化する。

 さらにピシッと石板から嫌な音が聞こえてくると同時に紫に変化した瞬間――。


「アロイス! ナイル!」


 ノーマン辺境伯が声を上げる前に反応したナイルさんが桜を抱きかかえたと同時に、石板から距離を取るために後ろへと跳躍するのが見えた。

 そしてアロイスさんと言えば、ノーマン辺境伯と石板の間に割って入る。


 そんな光景を俺は他人事のように見ていたが……、次の瞬間――、粉々に砕け散った石板が飛んできたのを見た瞬間、意識が刈り取られた。




 

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