第49話 謎の女性

「桜、フーちゃんを胡椒で交換したって言っていたよな?」

「うん」

 

 スプーンで、チャーハンを食べながら桜が答えてくる。


「どこで交換したんだ?」

「えっとね、御店から出て少し歩いたところに、籠が一杯あってね! そこにフーちゃんが居たの」

「ふむ……、桜は店から出たときに兵士の人に話しかけられなかったのか?」

「うん! おじちゃんを追おうとしたときにね。お姉ちゃんに話しかけられたの。その人が、一緒に居たから何も言われなかったの」

「お姉ちゃん?」

「うん!」

「名前は教えてもらったのか?」

「えっとね……、名前は教えてくれなかったの。でも……」

「でも?」

「頭に角が生えていたの!」

「頭に角?」

「そうなの!」

「もしかして翼が生えていたり肌が褐色だったりしたか?」



 桜は、俺の問いかけにレンゲでお皿からチャーハンを掬うと食べながら「ううん」と答えてくる。



「青い瞳に金色の髪の色だったの! すごい綺麗だったの!」

「そうか」



 その様子から嘘をついているようには思えない。

 一瞬、サキュバスのリーシャが絡んできていると思ったが……、どうやら違うようだ。

 つまり、別のサキュバスが桜に接触してきたと言う事か?



 ――だが、それなら……、ナイルさん経由で俺に話が来てもいいような物なんだよな。



「騎士の人達は、桜に何も言わなかったのか?」

「うんとね……、私の事が見えていなかったみたいなの」

「桜が見えていなかった?」

「うん」



 それなら、店の前を警護していた兵士が俺やナイルさんに報告を上げて来なかったのも納得が出来る。

 問題は、どうして桜に話しかけてきたか? だが――。



「他には何か言われたりしなかったのか?」

「うんとね……、町の中を案内してくれたの。その時にね……、棒でフーちゃんが叩かれていたのを見たの。桜、助けようとしたんだけど……、対価を払えって言われたの……」

「それで胡椒を持って行ったのか?」 

「うん。お姉ちゃんがね、胡椒とかなら交換してくれるって教えてくれたから……」

「なるほど……」

「それでね。お姉ちゃんが、一人では来たら危ないよって何度も教えてくれて――、それでフーちゃんを連れてきたの。あと、お姉ちゃんが――、御店の人には、自分の事を言わないでって……、あっ! ……さ、桜……。……話しちゃた……。約束、やぶちゃたの……」

「大丈夫だ。たぶん、桜を助けてくれたお姉ちゃんは、怒っていないよ」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ」



 頷きながら桜の頭を撫でる。



 それにしても、自分の存在を隠そうとする角の生えた女性か……、100%サキュバスだと思うが……。

 問題は、まるで桜のことを知っているかのように接触してきたことだ。

 胡椒に関しても、まるで桜の家にあるのを知っているかのようにアドバイスしてきたことから只者ではないというのが察せられる。

 まぁ、大抵の家では胡椒はあるのは日本では当たり前だが――、胡椒で仔犬を交換できると言う事を知っているのは普通ではない。

 少なくとも異世界では――。



 問題が起きてからでは遅い。

 やはり早急にノーマン辺境伯に話を通した方がいいな。

 

「桜、今日の夜に連れて行きたいところがあるからご飯を食べたら早めに寝ような」

「連れていきたいところ?」

「桜が角の生えたお姉ちゃんと出会った場所だ。きちんとお礼も言わないといけないからな」

「わかったの!」


 夕飯を食べたあとは、桜と一緒にお風呂に入る。


「くすぐったいの」

「ほら、動かない」

「はーい」


 子供用のシャンプーで桜の髪を洗ったあと、お風呂から出てドライヤーで髪の毛を乾かしていく。

 その間、桜は眠そうな目をして首を前後に振っている。

 やはり、夜になると眠くなるみたいだな。

 それでも、俺の後に付いてくるのは置いて行かれたくないという強迫観念からなのかも知れない。

 まだ、日付が変わるまでは時間がある。


「桜、3時間後に出かけるから、それまではお昼寝していような」

「大丈夫なの……、桜は起きていられ……」


 ふらふらっと居間まで移動したところで、桜は電池が切れたようにパタッと、ちょうど布団の上に倒れ込むと寝息を立てて寝てしまった。


「今日は、色々な人が来たからな」


 タオルケットを体の上に被せたあと、冷蔵庫から麦茶を取り出したあとはコップを棚から取る。

 そして縁側に座ったあと、コップに麦茶を注いでから一飲みして外を見る。

 すでに周囲は、7月末ということで、まだ夜の帳が完全に落ちてはいないが――、薄暗い。

 結城村は、山々に囲まれた盆地にあるが、緯度が高い――、つまり北の方に村があることもあり盆地の割に夏は涼しい。

 ただ、その分――、冬は雪が降る事が多い為に寒くなりがちだ。


「ふう」


 思わずため息が出てしまう。

 この溜息は、塩90トンを移動する事を考えた時の溜息だ。

 正直、あまり考えたくない事なので、これ以上は考えることは止そう。

 結論を、あとにしたあと布団の上で寝ている桜の方を見る。

 桜は、熊のぬいぐるみを抱きかかえたまま寝ていて「くまにくしちゅーなの」と呟いている。


「一体、どんな夢を見ているのか……」


 思わず、突っ込みを入れながらも「それにしても、桜もずいぶんと打ち解けてきたよな」と独り言が出てしまう。


「そういえば、桜を引き取ってから……、もうすぐ2か月か……」


 灰原さんが、桜を連れてきた日。  彼女が、桜を引き取って欲しいと言ってきた後、俺は妹の旦那側の両親と会ってきた。

 正直、桜を引き取ることに多少なりとも反対の意を示してくると思っていたが、殆ど無関心というレベルで、俺が引き取ると言った時には犬猫でも渡すかのような態度を見せてきた。  正直、その態度に俺は人間性を疑ったものだ。


 ――そのあとは、何かあったら困ると思い、少なくないお金で弁護士を雇い法的手続きをした上で桜の未成年後見人となった。



 桜を引き取る事が決まったあと、洋服などを妹や、その夫が建てた家に取りに行ったのだが――、桜を施設に預けた後は、家を乗っ取ったどころか桜が両親からプレゼントされた衣類や写真から何から何まで捨ててしまっていたことが判明し――、怒りどころか呆れ果てた。



「子供の声は煩いから施設に預けた……」



 そんな言葉を平然と言ってのけた連中は人間ではない何かの生物に見えた。

 子供を守るのは大人の役目だと言うことを彼らは理解していないのではないだろうか? 「まったく……」  今、思い出しても苛立ちが募る。

 桜は、こんなにかわいいのに――。

 そして、こんなに弱々しく……、そして頑張り屋なのに……。

 俺は沈みゆく夕日を見ながら一人考えを巡らせていた。   時刻は、深夜の0時を少し、過ぎたあたりで俺は目を覚ました。  

 どうやら縁側で座ったまま、横になってしまい寝てしまったようで――、体の節々が痛い……、ということは無かった。

 やはり中年の領域に差し掛かった事もあり若い時と違い肉体からのレスポンスが鈍いのだろう。

 

「桜」



 姪っ子の名前を呼びながら、体を揺する。

 すると、熊のぬいぐるみを抱きながら寝ている桜から、「熊は解体なのー」と、言う寝言が返ってきた。



「……前から思っていたが――。一体、桜はどんな夢を毎回見ているんだ?」



 思わず突っ込みを入れてしまうが、当の本人は熟睡している事もあり答えが返ってくることはない。



「桜、起きなさい。桜――」

「――ん……」



 何度か体を揺さぶると、瞼を開けるとキョロキョロと周囲を見渡したあとにパタンとまた寝てしまう。

 これは、もう無理矢理起こすのは無理がありそうだ。

 だが――、問題は桜が居ないとフォークリフトが動かないという点なんだよな。



「仕方ない」



 タオルケットで桜を包んだあと、寝ている桜を持ち上げて家の玄関を出る。

 そのあとは雑貨店にバックヤード側から店内へと入るドアを開けた。

 いつも通り澄んだ鈴の音が鳴るのを聞きながら店内へと入る。








 ――異世界は昼間。



 窓から入り込んできた日差しが店内を明るく照らしていた。

 まずカウンター上にタオルケットを敷く。

 次に桜にフォークリフトの鍵を握らせたまま、フォークリフトの鍵を回す。

 するとフォークリフトのエンジンが掛かった。

 理由や原理はよくわからないが桜が触っているだけでもエンジンは掛かるようだ。

 桜をタオルケットの上に寝かせたあと、カウンター近くの柱に配置されているシャッター開閉のボタンを押す。

 シャッターが開いたあとは、雑貨店内から異世界へと出ると、運搬の為だろうかナイルさんや警備の兵士だけでなく大勢の兵士の姿が見受けられる。



「ゴロウ様、お待ちしていました」

「すいません、遅くなりました。それよりも持ち運びは兵士の方だけでされるのですか?」

「はい。高品質な塩は重要な戦略物資になりますから」

「なるほど……」



 つまり、一時的に人を雇って盗まれないようにという配慮から兵士を塩の輸送に使おうということか。



「わかりました。それでは何度かに分けて店から出しますので、それを兵士の方には運んでもらうという形で大丈夫でしょうか?」




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