第43話 エルフの巫女(2)
ノーマン辺境伯は頷いてくるが――、それってエルフじゃなくてサキュバスじゃないのか? と俺は心の中で突っ込みを入れるが顔に出すことはしない。
「そうですか……、それで――、どうして自分が妻を娶る話になるんですか?」
「うむ。ゴロウは、凄まじい魔力を持っているという話は以前にしたな?」
「はい」
以前に、そういう話は聞いたが――。
「…………ん?」
途中まで考えたところでサーッと血の気が引く。
「まさか……、自分にサキュバスと結婚して子供を作れと?」
「サキュバスは魔物の名称になる。エルフには侮蔑の言葉になるから言わないようにな」
――いや、俺の中では男を襲って子供を作っているような奴はサキュバスと変わらないんだが……。
「えっと……、それでは――、そのエルフを妻に迎え入れて子供を作り、その子供に結界を張らせるという事ですか?」
「うむ。そうなる」
「…………ちなみに、結界はあと何年くらいで消えるのでしょうか?」
「10年くらいらしい」
「なるほど――、ぜひお断りさせていただきます」
10年もあれば十分に稼げる。
正直、桜の事も含めて――、そんな地雷を娶るのは非常に不味い。
「リーシャ様! お待ちください!」
「アロイス様! 離してください!」
お断りしたところで、応接室の扉がバン! と大きな音と共に開く。
応接室に入ってきた女性を見た後、ノーマン辺境伯は溜息交じりに「リーシャ殿」と、彼女の名前を呟く。
「ゴロウ様! ご挨拶させて頂きます! 私は、森の民ハイエルフ族の巫女リーシャと申します! 私達、ハイエルフ族を救う為にも! どうかお力を貸してくださいませ!」
彼女は、懇願してきた。
その姿は、何というか一言でいうなら――、褐色の肌に――、頭には角が生えていて翼がついていて、銀髪のダークエルフぽいサキュバスであった。
「ハイ……エルフ族?」
俺は思わず呆然と――、そして漠然と挨拶をしてきたリーシャと言う女性の言葉に首を傾げながら譫言(うわごと)のように呟く。
そもそも――、俺の知っているエルフってのは、金髪碧眼で白い美肌に美男美女揃いの耳が長い森の種族のはず……。
断じて! 角が生えて肌が漆黒で黒い翼をバサバサと動かしているサキュバスではない。
「はい。ハイエルフ族です!」
自信ありげに答えてくる女性。
ノーマン辺境伯の方を見ると女性の言葉を肯定するかのように頷いている。
俺は思わず、額に手を当てながら考え込む。
「あの……、本当に――」
「はい! ハイエルフ族のリーシャです」
「本当に?」
「はい!」
「そう……、ですか――」
「何か、私がハイエルフだと不味いのですか?」
「――いえ、別に……」
不味い事だらけだ! と、思わず突っ込みを入れそうになったが――、辛うじて自制することが出来た自分を褒めてやりたい。
「ノーマン様、申し訳ありません」
「アロイス、気にすることはない。遅かれ早かれリーシャ殿をゴロウに会わせる予定ではあったのだ」
二人の会話から俺は聞いておかなければならないことが出来た。
「ノーマン辺境伯様。少し確認したい事があるのですが――」
「――ん?」
「まさかとは思いますが……、結界の修復に際しての会話の中であったエルフと言うのは――」
「うむ。このリーシャ殿だ。彼女の集落は、私が治めているルイズ辺境伯領の東に位置する森の中に存在している。森には多くのエルフの集落があるが――、その中でもエルフの纏め役として彼女の村――、ハイエルフの村がある」
「そ、そうですか……。ところで、エルフとハイエルフの違いを教えて頂きたいのですが……」
「それは私の方からお伝えいたしますわ! 違いを正確に伝えるのは大事ですもの!」
俺としては、当事者よりも――、為政者の目から見た評価で伝えて欲しかったのだが……。
そもそも違いとか自己の評価というのは第三者が見て語った方が客観的に分かるものだからだ。
――スタスタと俺の傍まで近寄ってくる。
「ゴロウ様、失礼致します」
一言断りを入れると、俺の隣にリーシャは座り上目遣いに俺を見てくると同時に口を開く。
「先ほど、ゴロウ様は私達――、エルフのことをサキュバスと言われましたね?」
「先ほどはすみませんでした」
とりあえず謝罪はしておこう。
異世界と地球ではエルフの定義が違うかも知れないからだ。
同じ地球でも地域によって風習が異なるように、この世界でも違うのかも知れない。
俺の言葉で不快になったのなら、早めに謝罪は必要だろう。
「別に謝って欲しい訳ではありません。たしかに! 私達のことを淫魔であるサキュバスと同じ扱いにする方はいます。まずは、その事に関しまして誤解されていることを訂正したいと思います」
「訂正?」
「はい!」
彼女は元気よく頷く。
「ゴロウ様は異世界から来られた方ですので、こちらの世界の常識には疎いかと思われますので、淫魔サキュバスというのは、どういう存在かというのを御存じないかと思います」
彼女の言葉に俺は無言で――、とりあえず頷いておく。
また余計な事を言うと面倒な事になりそうだから。
――と、言うより俺の横に座るのは良いがFカップ以上はあろうかと言う胸を俺の右腕に押し付けてくるのは止めてほしくはないが……、こういう場面ではやめてほしい。
「淫魔サキュバスと言うのは殿方の夢の中に入り、承諾を得ずに無理矢理! コトに及ぶのです! そして精を搾りとり再起不能にしてしまう恐るべき存在なのです!」
「なるほど……、で……、エルフというのは?」
「はい! 殿方から承諾を得て死なないギリギリで精を貰う種族なのです!」
「同じじゃねーか!」
さすがに突っ込みを我慢できなかった。
「違います! 大きな点が違います! 死なないギリギリということは再起不能でないということです! つまり何度でも吸えるということです!」
「頭が痛くなってきた……」
俺は右手がリーシャの豊満な胸の谷間に埋もれていることもあり自由が効かない事から左手で額に手を当てながら溜息をついた。
「ゴロウ様。誤解なさらないでください。サキュバスの再起不能というのは生死に関わる問題なのです。つまり一回で吸いきってしまうのです。しかも! 殿方から承諾を得ずにです!」
「つまり、エルフは承諾を得て吸っているから問題ないと?」
「はい。あとは生死に関わる前で止めていますから」
神妙な表情で頷いてくるリーシャ。
正直、俺にはどっちもどっちにしか思えないんだが……。
「それでハイエルフと言うのは何ですか?」
もう期待せずに話しを促す。
どうせ酷い内容なんだろう。
「ハイエルフは、特定の伴侶からしか精を奪わないのです。もちろん! 魔力の高い方の精を好みますので!」
「つまり、エルフは誰からでも精を奪うけど、ハイエルフは魔力高い男の精を好んで選んだあとに伴侶にして精を貪ると?」
端的に表すとそういう事なのだろう。
だが――、俺の言葉に彼女――、リーシャは頬を赤く染めると――。
「貪るなんて卑猥です。そんな言い方は、恥ずかしいです。これでも私は40年しか生きていませんので、まだ初物です! ですから私としては……、伴侶になられた旦那様から毎日3回ほどでいいので精を頂きたいと思っていますくらいです」
こいつの羞恥心の境というか基準がまったく分からん。
「ゴロウ、どうだろうか?」
何時の間にか、テーブルを挟んだ向かい側に座ったノーマン辺境伯が、聞いてくる。
その言葉に俺が返せる言葉としては……。
「リーシャさんには、もっといいお相手がいると思いますよ?」
「――そ、そんな!」
さらに俺の右腕をギュッ! とリーシャは自身の胸の谷間で抱きしめてくる。
「私には分かるのです! ゴロウ様は、すごい魔力を持っています。お腹がキュンキュンするのです! そう! 私は、ゴロウ様を伴侶として認めています!」
「いや――、そういうの――、本当にいいから」
「ゴロウもリーシャ殿も打ち解けてくれたようで何よりだ」
ノーマン辺境伯が、何度もしきりに頷いてくるが――、本当に仲良さげに見えているのなら眼科まで連れていきたい。
「くんくん――。あれ? ゴロウ様。女性と一緒に住んでいたりしますか?」
「女性?」
「はい。女性というか女の子の匂いが……」
リーシャがさらに俺の首元に顔を近づけて、匂いを嗅いでこようとしたので慌ててソファーから立ち上がり距離を取る。
「あんっ! もう……」
「リーシャさん、申し訳ないが――」
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