第42話 エルフの巫女(1)

 村長が帰ってから、縁側で寝転がっていると――、気が付けば日は暮れ時計は午後7時を指していた。


「夕飯は、どうするか……」


 桜の方をチラリと見る。

 桜は俺の布団の上で買ってあげた熊のぬいぐるみに抱き着いたまま寝ていた。


「桜」


 ぐっすりと寝ていた桜の体を揺さぶる。

 あまり昼間に寝かせたままだと夜に起きてしまうからだ。

 つまり異世界に行っている間に起きてしまう可能性がある。

 

「どうしたの?」


 目を擦りながら桜は布団の上で座ったまま話しかけてくる。

 首を前後に揺らしている事から寝足りないのだろうという事が何となくだが察することが最近できてきた。


「今日は、ご飯は何が食べたい?」

「お腹空いてないの……」

「そうなのか?」

「うん……」


 珍しいこともあるもんだな。

 いつもは必ず何か食べるのに――。

 そう思っている間に桜は布団の上で横になり――、また寝てしまった。

 

「そういえば、ここ最近――、忙しかったからな」


 町まで何度も連れていったことも含めて桜は疲れているのかも知れない。

 冷凍庫を確認するが、ご飯とオカズが一体型となったランチパックなる冷凍食品が幾つか入っている。

 これは、最後まで使うことは無い最終兵器であったが――、桜がお腹を空かせたら、これで何とかするとしよう。


 ――5時間後、結局――、桜は一度も起きる事なく寝たまま。


「大丈夫か?」


 途中で起きたりしないか心配だった。

 だが――、塩の取引に関して事前にノーマン辺境伯に通しておかないといけない。

 量が量なだけに……。


 桜が起きないようにそっと家から出たあと、雑貨店のバックヤード側から店内へと向かう。

 もちろん店内は、異世界は昼の12時と言う事もあり窓越しに入ってきた日差しで明るい。

 カウンター傍までいきシャッターを上げるボタンを押すと、鈍い機械音と共にシャッターが上へと上がっていくと同時に澄んだ鈴の音色が鳴った。


「なんだ?」


 気になりバックヤードの方へと向かうが――、扉は閉まっており人影は見当たらない。

 

「気のせいか……」


 丁度、シャッターを開けていた途中だから、もしかしたら音を聞き間違いしたのかもしれないな。

 シャッターが開いたあと、店から出ると10人近くの兵士が店前を警備してくれていた。


「これはゴロウ様。今日は、何かあったのですか?」

「ナイルさん、じつはノーマン辺境伯と話したいことがありまして――」

「丁度良かったです。ノーマン様もゴロウ様とお話ししたいことがあると――」

「そうですか」


 すぐに馬車が用意され、ノーマン辺境伯の館まで向かう。

 その行程は、すでに慣れたもの。


 屋敷に到着するとすぐに客室に通される。

 しばらくすると、ノーマン辺境伯が応接室に入ってきた。


「良く来てくれたな」

「いえ、じつはノーマン辺境伯様に至急ご報告したい事がありまして」

「ふむ。じつは儂の方からも聞きたい事があるのだが――」

「聞きたい事とは?」


 ノーマン辺境伯が俺に聞きたいことか……。

 そうなると商品の取引だろうな。


「じつは妻が欲しいと思ったことはないか?」

「――いえ、全然ありません!」


第一、村長の娘さんが来ただけでも桜は拒絶反応を見せたのだ。

そんな状態で、イエスなど言える訳がない。

大口取引相手でもあり祖父であるかも知れないノーマン辺境伯には悪いが、そこはハッキリと言わせてもらう。


「そ、そうか……」


 落ち込んだ様子で大理石のテーブルを挟んだ対面のソファーに、ノーマン辺境伯は座ると「はぁー」と息を吐いた。

 何か、事情がありそうだが――。


 ここは聞いておくべきなのか?

 部屋の隅で立っているナイルさんの方へと視線を向けると、何度も力強く頷いて見せた。

 どうやら事情を聴いて欲しいらしいな。


「ノーマン辺境伯様」

「……なんだろうか?」

「どうして、自分に妻が欲しいのか聞いたのですか?」

「うむ――。実はな……。儂の腹心であった者が問題を起こしたのだ。本来であるなら、その者が儂の後を継いで辺境伯として、この地を治める予定だったのだが――」


 つまり、俺に結婚して子供を作り、それを後継者として辺境伯領を治めてほしい! と、言う腹積もりだったわけか。

 

「それにしても問題というのは?」

「うむ」


 ノーマン辺境伯が指を鳴らすと、ナイルさん以外はメイドを含めて応接室から出ていく。

 扉が閉まったところでノーマン辺境伯がコホン! と、咳をしたあと口を開く。


「これは為政者としては恥ずるべき事であるが――、長い間――、毒を盛られている事が判明したのだ」

「毒ですか?」

「うむ。異世界に滞在している間に、我が領内の施政を任せようとしていた者が、他国と通じていたのだ。そして――、私を毒殺しようとしていた」

「毒殺ですか……」


 穏やかではないな。

 ――あっ! なるほど……。


「それで店の結界が働いたということですか」

「うむ。さすがに2度も結界が短期間で働けばおかしいと思うのは当然であろうからな。怪しい者はすぐに見つけ我が領内に干渉しようとしてきた他国の息が掛かった貴族は辺境伯軍により打ち取った。――だがな……、物質錬金を行える貴族というのは限られていてな……」

「限られているということは、すぐに後継者の手配が付かないという事ですか?」

「そうなる」

「そうですか……」


 聞くんじゃなかった。

 俺はナイルさんの方を見るが彼は手を左右に動かして頭を必死に左右に振っている。

 ナイルさんが聞くようにと言ってきたのに、自分は関係ないという態度は如何な物かと思う。


「まぁ、それだけではない」

「――と、言いますと?」


 まだ他にあるのか……。

 

「ゴロウの店に存在している結界だが――、その結界に綻びが出てきたのだ」

「――? どういう事でしょうか?」

「つまりだな。ゴロウの魔力に耐えきれず結界が壊れかけているという事だ」

「ちなみに結界が壊れた場合にはどうなるのですか?」

「こちらの世界とそちらの世界が繋がらなくなる」

「――!?」

 

 それは大問題だ!

 今の月山雑貨店の売り上げは異世界に塩を販売することで何とか成り立っていると言っていい。

 つまり、結城村だけで商売をしようとしたら赤字になる可能性が非常に高いということだ。


「ですが、すぐに壊れるという訳ではないんですよね?」


 すぐに結界が壊れるようなら、俺に妻を取らせようとは考えないはず。

 もっと早く問題が解決するように動くはずだ。


「すぐには壊れないが――」

「それでしたら結界を作ったエルフに修復を任せてみると言うのは――」


 我ながら良い提案だと思ったが、ノーマン辺境伯は「それがな……」と、小さく言葉を呟いたあと口を開く。


「じつは森に住まうエルフだが――、我々人間の倍は生きる種族ではあるが……、異世界との結界を繕うことが出来るのが一人しかいないのだ」

「――なら、その一人に頼めばいいのではないですか?」

「それが無理なのだ。もう高齢で――、異世界と此方の世界を繋ぐ結界を作り直せるだけの魔力がないのだ」


 ――え? これって、かなり不味いのでは?

 いや、よく考えろ……、たしかノーマン辺境伯は、俺に妻が欲しいと思ったことは無いか? と問いかけてきた。

 つまり、そこに解決の糸口があるのではないのか?


「でも、方法はあるという事ですよね?」

「そうなる。本当は、婚姻を無理強いはしたくないのだが……、事は領内の10万人を超える市民の生活にも影響がある可能性がある。出来れば、自主性を重んじたかったが……」


 歯切れの悪い様子でノーマン辺境伯は、頻りに指を動かしている。

 

「その婚姻ですが、どうして妻を娶ると解決するのでしょうか?」

「いまの年若いエルフは全員、魔力が乏しいのだ。森のエルフは、女しか存在していないというのは聞いたか?」

「はい。町の男を狙っているとナイルさんから――」

「うむ。その考えで間違いない」




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