第44話 商談成立
とりあえず断ろうと口を開いたところで、彼女も立ち上がった。
「私は、側室でも大丈夫です! まずは、ゴロウ様と子供を作りませんといけませんので! ハイエルフは、趣向が偏っている者が多く魔力の高い殿方を中々見つけることができないのです。――ですから、ゴロウ様にお会い出来たのは運命です。そう! 運命なのです! まずは、体を重ねてから婚姻をするか決めませんか?」
「決めません!」
「ゴロウ様は、いけずです……」
「――だが、ゴロウ。異世界との繋がりを維持している結界は10年で消えてしまうのだぞ?」
「10年あれば、リーシャさんならいいお相手が見つかるはずです」
「……ううむ。10年か……、そ、そうだな……」
俺が頑なに断る姿勢を見せていることから、ノーマン辺境伯も折れそうに……。
「ノーマン様、ゴロウ様。これを見てください」
彼女は、アラビアンナイトのようなスケスケ衣装を指差しながらお腹の位置まで手を下げていく。
すると、お腹の位置にハートマークが描かれていた。
先ほどまでは何も無かったというのに。
「ゴロウ様の魔力に充てられてしまったようです! もう! この体は、ゴロウ様以外は無理みたいです」
「――なっ!?」
ノーマン辺境伯は、リーシャのお腹に描かれた絵柄を見て驚いていた。
俺としても何もしていないのに、そんなことを言われても困る。
「それなら他のハイエルフの人に魔力が高い人と婚姻を結んでもらえばいいのでは?」
「ゴロウ様。異世界と繋がる通路の結界が張れるのはハイエルフの中でも先祖帰りした者だけに限られるのです! この立派な! 羊のような角! そして、この黒い漆黒の背中から生えた翼を見てゴロウ様はどう思いますか?」
「悪魔みたいですね」
「もう! ゴロウ様は、ひどいです! 私の姿はエルフにとっては神聖な物であると同時に力の象徴なのです! そして! このように優れた容姿を持つものはハイエルフ族の中では巫女となるのです!」
「そうか……、それはすまなかった」
まったく、すまないとは思っていないがとりあえず謝っておこう。
「謝ってくださる必要はありません! 私と婚姻をむす「いや、それは断るから」――どうしてですか? 私は、花嫁修業をきちんとしています! 夜伽の勉強はずっとしてきました! ついでに家事もできます!」
家事がついでなのか――。
「本当に、そういうのはいいから」
「良い? つまり嫁いでもいいということですか?」
「断るって意味だから」
「何でですか? 至らぬ点があれば直しますから!」
「リーシャ殿」
「ノーマン様! 止めないでください! ここは押して押して押し倒していけば大丈夫なはずですから!」
「ゴロウは、この世界のことはあまり知らないのだ。もう少し落ち着いて歩み寄っては如何だろうか?」
「……ううう。分かりました」
シュンとした表情で、リーシャはソファーに座る。
「ゴロウ、返事はすぐでなくてよい。まずはリーシャとお互い語り合って互いの距離を詰めていくというのはどうか?」
「……わかりました」
塩の取引もあるのだから、あまり無下にも出来ない。
正直、お帰りくださいと言いたいくらいであったが――。
「リーシャ殿も、それでよろしいか?」
「分かりました……」
しぶしぶと言った様子で、リーシャは頷く。
「――さて、婚姻に関しての話はこれからとして――、ゴロウは商談で来たのだろう?」
「はい」
とりあえず話を逸らすことを優先しよう。
「うむ。わかった。リーシャ殿」
「わかりました……」
リーシャが肩を落としながら退室した。
「さて――、ゴロウ。商談の話ということであったが――、どのような内容か?」
「はい。塩のことです。90トンの塩を近日中に用意出来る手筈を整えることができました」
「90トン……、5か月分になるか。しかし……、よいのか? それだけの量の塩を手配しても不審に思われないのか?」
「大丈夫です」
即答しておく。
本当に大丈夫かどうかは分からないが、ここで無理ですとは言えない。
すでに、藤和さんには発注してしまっているのだから。
「ふむ……、分かった。受け入れ態勢を整えておこう。こちらとしても、それだけの塩があれば、今後の対応が楽になるからのう」
「ありがとうございます。あと一つお願いがありまして」
「お願い?」
俺は持ってきた袋を大理石のテーブル上に置く。
ノーマン辺境伯は、袋を手にとり口を開けてから眉を潜める。
「これは以前に、金銭の代わりに渡した物か……」
「はい。そちらの宝石ですが、私が住む国では自国の通貨に換えることは極めて困難であった為、お返ししたいと思います」
「一度、渡したものだ。そのまま持っておいても良かったのではないのか?」
「何かあった時に、分不相応な物が手元にありますと災いの元となりますので……」
「そうか……、分かった」
「ありがとうございます。あと出来れば支払いに関しては金だけで作られた装飾品や指輪などで頂ければと思います。出来ればネックレスや腕輪、指輪で――」
「分かった。すぐに手配しよう。塩は何時頃までに、こちらへ運び入れることは出来るのだ?」
「予定では、明日には――、と考えています」
「ふむ……、すぐに用意しよう。カイル、話は聞いておったな? すぐに手配をするように――」
「畏まりました」
年齢としては20歳前後の男が頭を下げたあと部屋から出ていく。
思っていたよりも、商談の話はスムーズに済んだことに安堵する。
「それでは、ノーマン辺境伯様。私は、このへんで帰りたいと思います」
「――少しは、ゆっくりしてはいけぬのか?」
「はい。こちらと向こうの世界では時の流れが異なっている為、ゆっくりしてはいられないのです」
「そうか……、そういえば――、ゲシュペンストも同じようなことを言っておったの」
本当の所は、桜が起きるまでに家に帰っておきたいという気持ちが大きい。
それでなくとも桜は、昼寝をずっとしていたのだ。
早めに帰宅するに越したことは無いだろう。
「それでは――」
「うむ。ナイル! ゴロウを店まで送っていくように」
「はっ! ――では、ゴロウ様」
ナイルさんの案内で馬車に乗り店先まで送ってもらったあと、別れを言い店のシャッターを閉めて実家に戻る。
居間まで音を立てずに向かうと、布団の上で桜が横になっているのが見えた。
どうやら、起きる前に帰って来られたようで一安心。
「それにしても、俺も疲れたな……」
リーシャという女性。
そして店の結界の問題。
「10年か……」
台所に行き麦茶をコップに注いだあと縁側に座り鈴虫の音を聞きながら飲む。
10年と言えば桜が15歳になる頃か……。
高校に上がるくらいだろう。
出来れば、桜には多くの未来ある選択を与えてあげたい。
そうなると……、10年間で出来るだけの事はしないといけないな。
――翌朝。
体が何度か揺さぶられた所で薄っすらと目を開ける。
居間の時計を見ると指針は、午前8時を指していた。
「もう朝8時か……。桜が起こしてくれたのか?」
「うん」
「そうか」
桜の頭を撫でてから布団から出る。
洗面所に行き顔を洗ったあと、雨戸を開けようとするが――、居間の雨戸だけでなく家中の雨戸が開けられていた。
「桜がしてくれたのか……」
気が利くなと一瞬思ってしまうが5歳の子供が此処まで気を回さなくてもいいだろうにと考えてしまう。
洗濯物を纏めて洗うために洗濯機に衣類を入れたあと洗剤を投入し電源を入れる。
「――さて、朝食でも作るか」
丁度、昨日の帰り道にスーパーで購入してきたパンと卵とベーコンがある。
トースターにパンを入れたあと、電源ボタンを押す。
フライパンを火にかけたあと、油を敷き――、十分にフライパンが温まったあと、ベーコンを投入。
片面が焼けたところで、引っ繰り返してから卵を割って入れて弱火にしてからフライパンに落し蓋をする。
「よし、これでいいはずだ。あとは……」
冷蔵庫の扉を開けて根室さんからもらった牛乳が入った瓶を取り出すが――、中身が殆ど入っていない。
「おかしいな……、昨日の夜までは1リットルくらいはあったはずなんだけどな……」
俺の気のせいか?
「おじちゃん」
首を傾げていると、桜がトコトコと近づいてくると俺の服の裾を引っ張ってきた。
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