第39話 ゴッド・ぷりん!

 ――翌朝。


 和美ちゃんが訪ねてこない朝は、とても静かであった。

 そして、俺と桜は朝食の素麺を食べている。


「おじちゃん」

「――ん? どうした?」

「あの子は、いつ来るの?」

「そうだな。明日か明後日には来ると思うが……」


 念のため、フォークリフトの点検と法定メンテナンスもすると言っていたことを思い出しながら答える。

 神田さんの話だと本来なら一週間ほど掛かるらしいが、そこは早めに持ってきてくれる事になった。

 無料で点検も全て対応してくれるのは良いが、如何せん桜以外にはエンジンを動かせないのは謎が多い。

 異世界人の魔力の影響もあるのかと思ったが――。

 俺がエンジンを掛けようとしても、まったく動かなかったことから桜にしかフォークリフトのエンジンを動かすことは出来ない。


「桜」

「ん?」


 素麺を、ちゅるん! と飲み込んだ桜が俺の方を見てくる。


「どうして、あのフォークリフトが良かったんだ?」


 俺の問いかけに桜は首を傾げながら「えーと……」と、考えると、ハッ! とした表情をした。


「声が聞こえたの」

「声? フォークリフトからか?」


 そんなファンタジーな――、非現実的な事があり得るわけがないろうと俺は思わず心の中で突っ込みを入れる。


「力がほしいか? ――なら、働いてやってもいいぞ! ――って、言ってきたの!」

「――ん? 桜」

「なに?」

「たしか、あの時は――、まだ人の役に立ちたいって言っていたって……」


 俺の記憶が正しければ、そんな感じのことを桜は言っていた気がする。


「うん! 桜がね! そんなに偉そうな態度ならいらないからって言ったらね――、まだ人の役に立ちたいから捨てないでください! なんでもしますから! って、言ってきたの!」

「ほー」


 ずいぶんと人間くさいフォークリフトだな。

 そもそも機械が話をしたら大問題だろうに――。

 そんなの既に、ファンタジーを通り越して怪奇現象に他らない。

 やっぱり、あのフォークリフトはお断りしておくべきだったかも知れないが……、桜の手前それはできないからな。

 とりあえず早く壊れてくれることを祈るとしよう。




 朝食を終えて、台所で食器を洗う。

 さすがに素麺だったという事もあり洗い物はすぐに終わりそうだ。


「おじちゃん! ゴッドぷりん食べてもいい?」

「いいぞ」


 業務用スーパーで購入してきた牛乳パック1リットルに入っているプリンを、桜は冷蔵庫から取り出す。


「はい!」


 桜から受け取った牛乳パックのような容器に入ったプリンを200グラムくらいに切り分けてからお皿に乗せる。

 そして上からホイップクリームを掛けて桜に渡す。


「ありがとうなの」


 桜が居間の方へトコトコと歩いていく。

 

「それにしても、1キロプリンって需要があるのかと思ったら、桜にはあったようだな……」

 

 1キロ100円というのはとても安い。

 しかも一週間ほど日持ちするのもいい。

 うちの店でも将来、置くとするか……。

 

 ――ガララ


 考えていると玄関の戸が勝手に開けられる音が聞こえてくる。


「おーい、五郎いるか?」


 どうやら来たのは踝さんのようだ。

 お皿を布巾で拭いたあと、玄関に向かう。


「どうかしましたか?」

「店の棚工事が終わったから見てもらえるか?」

「ずいぶんと早かったですね?」

「ああ、この前――、連れてきた兄さん居たろう?」

「藤和さんですね」

「そうだ。その兄さんが――、今日来ているんだよな」

「こんな朝早くから?」


 まだ時間は8時くらい。

 午前7時から作業をする踝さん達は、家から車で10分くらいのご近所に住んでいるから問題はないが……、藤和さんの会社からは一般道を使うと2時間近い。

 つまり朝方から、向かってきていたという事になる。

 何か緊急の案件でもあったのだろうか?

 いや――、あったのなら電話してくるはずだからな。


「桜!」

「はーい」


 トトトッと、走ってくる桜。


「おじちゃん、どうしたの?」

「ああ、ちょっと店の方に居るから家のことは任せられるか?」

「うん!」


 桜に家のことは任せて店の方へと踝さんと一緒に向かう。

 すると、問屋の藤和と書かれている車とは他に宗像(むなかた)冷機と言うロゴが入っているワンボックスカーが店の駐車場に2台並んでいた。


 車の確認をした後、店の方へと視線を向けると――、店先には、藤和一成さんと紺色の作業着を着た2人の男が立っているのが見える。


「月山様、お待ちしていました」

「藤和さん、早いですね」

「はい。月山様とご相談がありまして、ご迷惑かと思いましたが知り合いの業者と共にお伺いしました」

「なるほど……、それで相談とは?」


 藤和さんとは、冷蔵・冷凍ケース共に中古で買取という方向で話は進んだはず。

 想定外の事など起きたのだろうか?


「はい。じつは冷蔵・冷凍ケースを納入するにあたり、納入業者がどうしても現場の確認をしたいということでしたので――」

「そういうことですか」


 そういう事なら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。

 俺が同意したことで得心いったのか――、藤和さんが業者を手招きする。


「こちらが中古製品などを販売している株式会社 宗像冷機の社員さんです」

「朝早くから失礼します。初めまして、宗像浪平と言います。こちらは、私の部下の辻方(つじかた)茂(しげる)と言います」

「よろしくお願いします」


 俺は差し出された名刺を受け取りながら住所を確認するが――、会社は問屋の藤和からは、そう遠くない位置にあるようだ。

 ちなみに宗像浪平さんは、職人と言った雰囲気を感じる。

 体は俺よりも一回り小さいが、ガッシリとした体つきをしており見た目の年齢としては50歳前後。

 辻方茂さんは、年齢的には20歳に届くかどうかだろう。

 髪の毛を染めている事から、垢ぬけた印象だ。


「月山五郎です。今度、こちらの開店予定の店――、月山雑貨店のオーナーです」

「はい。話はお伺いしています」


 どうやら交渉は、宗像浪平さんがメインで行うようだな。


「まずは店内の確認をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「構いません」


 宗像さんと店内に置く予定の冷蔵・冷凍ケースの話をしていく。

 やはり専門家という事もあり廃熱やケースの下に貯まった水をどうやって処理していくのかという店内の順路についての話もする。


「月山様は、御自分で冷蔵・冷凍ケースのメンテナンスをされるとお伺いしましたが?」

「そうですね」

「なるほど……、リースなどのお考えはしていないのですか?」

「いえ、いまはしていないですね」


 冷蔵・冷凍ケースのレンタル価格も見たが正直、リースなんかしたら毎月の維持費だけでもかなりのコストになるのは目に見ていていた。

 それなら自分で面倒が見られるように中古を購入した方がいい。


 2時間ほどかけて、踝さんと共に、店内の棚の配置から冷蔵・冷凍ケースの置き場所まで決まった。

 結局、購入することになったのはアイスクリームを入れるケースを2個、冷凍食品を入れるショーケースを1台、ジュースや生鮮食品を入れておくケースが3台と言った具合になった。


 商談が終了したあと、宗像冷機の車が去っていくのを見送ったあと――、店内に戻ると踝さんと、3人の職人が棚の配置や増設などを始めている。


「五郎、追加で受けた棚の方だが――、今日中には完成すると思うが……」


 そこで一旦、言葉を区切ると踝さんが店の入り口の方へと視線を向ける。


「なあ、店内に入る場所、あんなに隙間開けておいていいのか? 店に入ってきた時は、客にどういう商品が置いてあるのか目玉商品を置けるように棚を置いておいた方がいいんじゃないのか?」


 たしかに売り出し物などがある場合には、客寄せとして店入口――、入った場所にはイベント商品を置くスペースである棚などが必要だろう。

 だが、俺の店のメイン商品は異世界に売る塩だからな。

 パレットをフォークリフトごと店内に入れられるくらいのスペースはほしいのだ。




 


 

  

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