第38話 フォークリフト

「これは……」


 フォークリフトの車体を見るとリース製品――、つまりレンタル商品であることが一目で分かるシールが貼られているのが見える。


「はい。こちらはリースで当社が提供しているフォークリフトになります。月山様は、ご購入も検討されているという事でしたが――」

「はい、一応いくつか免許は持っているので」

「なるほど。ですが――、ご購入と言う事になりますと税制面もそうですが定期的なメンテナンスも必要となります。多少高くともリース契約が一番、宜しいかと思いますが――」

「そうですか。たとえばですが――、リース契約ですと一月いくらくらいになりますか?」

「そうですね。月山様は、御店をしていらっしゃるという事でしたので三相電源用のコンセントなどは?」

「一応、井戸がありますのでポンプ用に三相電源200ボルトは引っ張ってきていますので、それを増設すれば可能です」

「そういたしますと……バッテリー式フォークリフトが宜しいかと思います。藤和様から月山様のお店の近くにはガソリンスタンドはないと伺っておりますので――」

「たしかに……」


 そう言われてしまうと、バッテリー式のフォークリフトが良いように思えるが……。


「ちなみに積載量何トンくらいをご希望で?」

「そうですね。1トンから2トンくらいを考えています」

「そうしますと、この辺りですね」


 神田さんが、3台のバッテリー式フォークリフトを見せてくる。

 どれも手入れが行き届いており錆びなどが一切見られない。


「こちらの3台は、今年発売したばかりの最新モデルになります。一ヵ月のレンタルリース料金も8万円ほどとお安くなっています」


 8万円か……。

 正直、異世界で塩が売れなかった場合、とてもじゃないが契約できる内容ではない。

 それでも――、必須だよな……。


「それで、定期的なメンテナンスですが――」

「法定メンテナンスを行っている期間は、代替機を御用意いたしますのでご安心ください」


 とりあえずは、レンタルの方がいいか……。

 

「あっ! ちなみに故障した時の対応などは?」

「月山様がお店を為される結城村は、車で2時間の場所ですので――、午前中にご報告頂ければ、同日の午後までには対応させて頂きます」

「そうですか」

「もちろん、念のために代替機も持参致しますのでご安心ください」


 ふむ……。

 月8万円の出費は大きいが法定メンテナンスと何かあった時に迅速な対応を取ってくれるのならば高い金額ではないよな……。


「おじちゃん!」

「――ん?」


 桜の方を見る。

 すると、何時の間にか桜が、工場の隅の方に居て古ぼけたフォークリフトを触っているのが見えた。


「どうした?」

「これ! この子!」

「この子?」


 桜が指さしているのは古ぼけたフォークリフト。


「あれは?」

「あれは、もうすぐ廃車にする予定のフォークリフトですね。30年前に製造されたものですが、倒産した会社の工場内に5年以上放置されていた事もあって廃棄物として処理する予定の物です」

「そうなんですか……」

「はい。それに長い間、放置されていたこともあり動きませんから」


 神田さんと話しながらフォークリフトに近寄る。

 外観はたしかに見た通り古ぼけているが、不思議と――、どこも錆びてはいないように見える。


「錆びてはいないんですね」

「そうですね。腐食はしていないのですけどね。調べましたが原因は不明でしたし――、それにもう型式も古く部品取りも出来ませんから破棄する事になっているのです」

「はき?」


 桜が首を傾げながら聞いてくる。

 俺は桜の頭を撫で――。


「このフォークリフトはね、年を経ってしまったから動けなくなったんだよ。だから、捨てる事になったんだよ」

「捨てるの? 桜と一緒なの……」

「桜は違うぞ。桜は、とっても大事だから」

「……でも、この子――、まだ人の役に立ちたいって言っているの」

「月山様、子供は子供なりに何か私達とは違うものが見えているのかも知れませんね」

「申し訳ありません」

「いえいえ。コイツも、気にかけてもらえる人が居て嬉しいでしょうから」

「本当だもん!」


 桜が真っ直ぐに俺と神田さんを見てくる。

 車のプロが言っているのだ。

 少し、桜も感傷的になりすぎのような気がする。

 ただ、真っ向から否定するのも……あれだよな。


「そうですね。桜ちゃん、フォークリフトに乗ってみるかい?」

「うん!」

「大丈夫ですか?」

「ええ、エンジンは掛かりませんから大丈夫ですよ、それにガソリンも入っていませんから」


 神田さんの言葉に俺は内心溜息をつきながらも桜を抱っこして廃棄される予定のフォークリフトに乗せる。


「これが鍵になります」

「本当にすいません」

「いえいえ、子供のうちにこういう体験もいいでしょうから」


 神田さんから鍵を預かる。


「おじちゃん! かぎ!」

「ほら。エンジンは掛からないから回すだけだぞ?」

「うん!」


 フォークリフトのシートに座る桜に鍵を渡す。


「ここがカギ穴だからな」

「うん!」


 桜がフォークリフトの鍵をシリンダーに差す。

 すると廃棄される寸前のフォークリフトが一瞬だが光った。


「――え?」

「どうかしましたか?」


 神田さんには、フォークリフトが一瞬だが――、青い光に包まれたのが見えなかったようだ。

 だが――、たしかに俺の目には……。

 桜がフォークリフトの鍵を回すと同時に、エンジンが掛かる。


「うごい……た? ガソリンは入っていないのに……」


 呆然と呟く神田さん。 

  

「ね! 動いたの!」


 桜は満足気に話しかけてきたが、桜にはフォークリフトが青く光ったのが見えなかったのか……。

 それより、ガソリンが入っていないのに――、どうしてエンジンが……。


 そう思っていると、エンストしたかのようにフォークリフトは停まる。


「神田さん……」

「……す、少し待っていてください!」


 神田さんは慌てて工場の奥へと向かってしまう。

 そしてしばらくするとポリタンクを持ってくるとガソリンを入れ始める。


「少し良いでしょうか?」

「はい」


 桜をフォークリフトのシートから降ろす。

 すると神田さんはエンジンを掛けようとするが――、まったく反応しない。


「おかしいですね……、やっぱり動いたのは気のせいだったのでしょうか?」


 何度も神田さんがフォークリフトのエンジンを掛けようとしても動かない。


「桜がやってみるの!」

「そうですね」


 フォークリフトのシートに桜を再度乗せる。

 そして何気なく桜がフォークリフトの鍵を回す。

 それだけでエンジンが掛かってしまう。

 エンジンが掛かったあとは、神田さんでも動かすことが出来るが――、エンジンを一度でも停止させると動かなくなる。


「これは不思議なこともあるものですね。――ですが……」

 

 神妙な面持ちで神田さんは俺の方を見てくる。


「月山様、良ければこのフォークリフト――、貰っては頂けませんか?」

「――え? ですが……」


 俺としては、リース契約で法定メンテナンスや壊れたときに対応してくれた方が都合がいいんだが……。


「このフォークリフトは、私の息子である神田栄治が失踪する前に最後に売った物なのです。あまり縁起の良い物とは言えませんが……、このまま廃棄になるよりも動くのでしたらぜひ使っていただければと……」


 そういう事情を聞かされても困る。


「自分としては、やはり法定メンテナンスや故障した際の対応をしてくださるリース契約の方がいいのですが……」

「法定メンテナンスや、故障した際の対応はリース契約と同じ内容で! しかも無償で行わせて頂きます! ですから……」

「おじちゃん! 桜、この子が良いと思うの!」


 必死に桜が俺の裾を掴んで引っ張ってくる。

 まったく何で動いているのか分からないというのに……。

 それに、あのフォークリフトの謎の青い光。

 

――非常に気になる。


「わかりました。よろしくお願いします」


 俺としては得体の知れないフォークリフトは店に置きたくなかったが、すぐに壊れるだろうと内心溜息をつきながら同意した。

 それに無料でメンテナンスとかやってくれるのは正直大きいからな。


 そのあとは契約を行い午後3時には神田自動車を出ることが出来た。

 フォークリフト運搬については、後日到着する予定とのことであったが――。


「桜、どうして――、あのフォークリフトが良かったんだ?」


 車を運転しながらチャイルドシートに座っている桜に確認するが、答えは返ってこない。

 ルームミラーで桜の様子を確認したところ、桜は疲れたのか寝ていた。




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