第37話 冷凍・冷蔵ケース
たしかに、同じものだ。
「そうですね」
「あれは新品で購入されたのですか?」
「いえ、故障していたのを中古で購入した感じですね」
「――それでは!? 誰かに直してもらったのですか?」
「いえ。一応、電気と危険物の免許は持っているので自分で直しました」
「なるほどなるほど……」
俺の答えに満足したのか藤和さんは何度も頷く。
「それでしたら中古を購入するという方向性も考えられますね」
「まぁ、たしかに――。ただ、水の配管を作るのは面倒なので――」
「そうですね」
同意するように頷いてくる。
そんな藤和さんを見ながら俺は一人心の中で呟く。
水の配管を必要としないケースを選んでいる一番の理由は配管配置が面倒くさいからである。
――なのでケースの下に水が貯まる物を選んで実は購入していたりする。
「それではケースについては――」
話が進むにつれて中古の冷凍・冷蔵ケースを購入することになっていき中古の壊れていない物を購入する方向へと軸は動く。
さらにアイスクリームの種類については、桜が村の有力者が集まった歓迎会の時に女性陣から聞き込みをしたサクラノートに書かれている物が多く採用された。
「――それでは、このような感じで大丈夫でしょうか?」
「そうですね」
今後の店のことを話し合うだけで、すでに時刻はお昼を回っていた。
ちなみに桜は途中で疲れて眠ってしまい――、事務員の女性――、藤和穂香(ほのか)さんが見てくれている。
同じ年頃の娘がいるだけあって慣れている。
――寝ている桜を抱き上げる。
「桜を見ていてくれてありがとうございます」
「いえいえ、別にいいんですよ」
穂香さんは笑って答えてくる。
「それにしても桜ちゃんは、とても静かな子供ですね」
「そうですね。素直で――」
穂香さんに言葉を返したところで俺は喉から出かかっていた言葉を飲み込む。
どこか困った表情をしていたからだが……。
「あの……、何か?」
「月山様。踏み入ったことを申し上げますが、このくらいの年齢のお子様ですと、もっとこう何と言いますか……、口が達者になることや色々と出来る事が増えますので親を困らせる事が多いのです。ですけど……、桜ちゃんは一生懸命、周りを見て回りに合わせていい子に見られようと必死にアピールしているように見えます。このくらいの年齢ですと、もっと我儘なものなのです」
その――、穂香さんの言葉に俺は思わず無言になってしまう。
「お気を悪くしてしまったらごめんなさい。月山様と桜ちゃんは、とても良好な関係に見えたから少し気になってしまって……」
すごく……、良好な関係か……。
たしかに、良好な関係だな。
でも、それは――。
「アドバイスありがとうございます」
穂香さんからのアドバイスは、店を経営していく上で数時間語り合った藤和一成さんとの話よりも遥かに重要な物だった。
問屋の藤和から出たあと――、桜を抱えながら車に戻る。
桜をチャイルドシートに乗せたあと、車のエンジンを掛けてアクセルを踏む。
車は静かに走りだすが――。
「もっと我儘か……」
穂香さんに言われた言葉を思い出す。
たしかに、桜はとてもいい子だ。
でも、それは――、本当にいい事なのだろうか?
いい子を演じているなら、それは子供にストレスを与えている事に他ならない。
おそらく、藤和穂香さんは俺と桜が本当の血の繋がった家族だからこそ、アドバイスしてくれたのだろう。
でも……。
「くそっ! 恵子! なんでお前は行方不明になんかなっているんだよ……」
思わず愚痴が口から洩れた。
だが――、その言葉は運転席の窓を開けていたこともありすぐに霧散した。
車で走ること30分ほどで、藤和一成さんに紹介された建物が見えてくる。
看板には、神田自動車と書かれている。
そこは、店というよりも工場と言った風貌であり会社自体も2階建てのプレハブであった。
幸い駐車場の場所は広い。
余裕で普通自動車が10台は停まれるほどだ。
左折し車を敷地内に設けられていた来客用の駐車場に停める。
「おじちゃん……」
桜が、車をバックさせた時のアラーム音で起きたのか瞼を擦りながら寝ぼけた眼差しで見てくる。
「ここ……どこ……?」
桜が来客用の駐車場に停めた車の中から外を見るが、別段珍しい物が置かれている訳でもなく首を傾げていた。
「いまからフォークリフトの話し合いにいくんだが、眠いなら車の中で待っているか?」
「――いや! 桜も一緒にいくの!」
「そ、そうか……」
強い剣幕に一瞬驚く。
チャイルドシートから降ろすと、桜の方からギュッ! と、俺の指を掴んできた。
「桜?」
「――な、なんでもないの」
パッ! と桜が手を離すと俺の手を掴んでいた指を隠して俯いてしまう。
その様子に――、その理由にどういう意味があるのか俺にはまったく分からない。
やはり年頃の娘というのは難しいものなのだろう。
「それじゃいくか」
「うん」
桜と一緒に、プレハブ2階建ての建物の中に入る。
社内には事務員である女性と若い男性事務員が椅子に座っていて仕事をしている様子が見て取れた。
「初めての方でいらっしゃいますか?」
「はい。月山と言いますが藤和一成さんの紹介でお伺いしました」
扉を開けると同時に、俺達に気が付いたのか話しかけてきたのは20歳くらいの青年。
身長は180センチほどで、体の線は細い。
何かのスポーツをしているように見受けられるが――。
「藤和一成様からのご紹介ですね。承っております。ただいま社長を呼んで参りますので少々お待ちください」
事務員の男性はすぐに工場の方へと向かってしまう。
その間に、もう一人の事務員の女性が麦茶をカウンターの上に置いてくると「どうぞ、夏場は暑いですからお飲みください」と出してきた。
グラスに入った麦茶を桜と一緒に飲んで待っていると、60歳くらいの初老の男性と、先ほどの事務員の男性が戻ってきた。
「これは、お待ちしておりました。神田自動車社長の神田(かんだ)栄吉(えいきち)と言います」
「こちらこそ、月山五郎と言います」
お互いに名刺の交換を済ます。
それにしてもお店をするに当たって、名刺が必要になることがあると踝さんに言われていて作っておいた甲斐があったな。
「それで月山様は、フォークリフトの現物を見てみたいと言う事でしたが?」
「はい。レンタルでも購入でも物を見てみたいと思いましたので」
「そうですか。それでは、こちらへどうぞ――」
神田栄吉さんの後を、桜と一緒に付いていく。
そして工場の中に入ると――、そこは灼熱地獄であった。
流石夏場だけはある。
クーラーを設置した方がいいのでは? と思わず突っ込みを入れそうになったが我慢した自分を褒めてやりたい。
「おじちゃん……、すごい暑いの」
桜の意見には大いに賛同したいところだが、さすがに取引相手の社長が居る前で、そんなことを言うのはあまり良いとは言えない。
だが――、桜を事務所に置いていくのは、先ほどの拒絶具合から見て宜しいとは思えない。
「そうですね。この中は暑いですね」
そう言うと神田さんは、工場内の大型扇風機を動かし始めた。
空気の対流があるだけで体感温度はかなり変わるが――、所詮は熱風――、暑さは少ししか和らがない。
「月山さんは殆ど汗をかいていませんね」
「まぁ自分も工場で仕事をしていた事がありますので」
「なるほど」
俺の言葉に感心したかのように神田さんは頷くと工場内を歩く。
「それにしても、ずいぶんと大きいですね」
入口は狭かったというのに、工場内はいくつもの場所に分かれてはいるが全部繋がっていて相当の広さだというのが伺いしれる。
下手をすると、俺がクビになった工場と同じくらいの広さがありそうだ。
「こちらになります」
工場内を歩くこと5分ほど。
目の前には、フォークリフトが20台ほど並んでいるのが見える。
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