第40話 店内改装

「いえ、大丈夫です。むしろこのくらいのスペースがあった方が――」

「そうか。それなら、良いんだがな……」

「それで作業の方は、あとどのくらいで終わりそうですか?」

「そうだな。さっきの宗像冷機が明日には冷蔵・冷凍ケースを納入すると言っていただろう?」


 踝さんの言葉に俺は頷く。


「ならケースが納入されて設置されてから、それに合わせて店内の細かい部分を修繕した方がいいだろうな」

「なるほど」


 たしかに……。

ケースなどを入れる前に細かい部分まで作業を終わらせた後、余計な改修作業が発生するよりも、店内のケース配置が決まってから細かい作業を終わらせた方が遥かに効率いい。


「あとな。この前、都会のコンビニに行った時に気が付いたんだが……」


 都会のコンビニに行った時に気が付いたことか……。

 

「何かあったんですか?」

「店にトイレがあるだろう? 無料で客が使えるやつ」

「あー、ありますね」

「ここって親父さんの代で建てた店だから、トイレがないだろ? どうするんだ?」

「それって店内に客用のトイレを作るかどうかということですか?」

「そうなる。一応、お前は俺の後輩だからな。調べてみたんだが人間は何度もトイレを使うだろ?」

「そうですね」

「つまりだな。トイレを設置することで店に入ってもらうという思惑がコンビニにはあるらしい。――で! ついでに商品も購入してもらうらしいぞ」

「あー、たしかにトイレだけ借りて店から出るのは抵抗がありますからね」

「そういうことだ。ただ――、月山雑貨店にはトイレは無いだろう? どうする? 店内改装中に一緒に作業した方がいいと思うんだが……」

「でもお高いんでしょう?」

「そう言う事をお前が聞いてくると思って見積書を作ってきた」


 踝さんがカウンターの方へと移動する。

 カウンターテーブルに置かれたのは、店内改装工事内容が書かれている店内図面。

 それとトイレのパンフレットなど。


「とりあえずだ。汲み取り式にするか水洗トイレにするかで施工費がまったく違う」

「――と、言いますと?」

「五郎が住んでいる実家は、表面上は水洗トイレだが基本的には簡易式水洗トイレと呼ばれる物なんだよ」

「――で、ここから問題になるが店でトイレを貸し出すという事は、汲み取り式の簡易式水洗トイレだと何度も汲み取りを業者に頼む必要が出てくる。五郎の所は、姪っ子と二人で住んでいるから数か月に一回で良いが複数の人間が使うようになるとそうはいかなくなるだろう?」

「ああ、たしかに……」


 つまり維持費が掛かるということだ。

 そうなると、集客よりも維持費でマイナスになる可能性が出てくる。

 悩めるところだな。


「ちなみに、あとから工事は――」

「配管を通すことや、店が営業中の作業も大変だろう? だから開店前に先に出来ることはしておいた方がいいと思って話をしたんだ。店内の棚の工事はほぼ終わっているからな」

「そうですか……。ただ問題は値段なんですよね――」


 見積書を見ていくが、汲み取り式の簡易水洗トイレなら20万円ほどで工事が出来る。

 ただ、そうすると1か月で何度も汲み取り業者に依頼する必要があるのだ。

 そうなると――。


「この完全水洗トイレがいいですかね」


 価格は550万円ほど。

 浄化槽を作ることも含まれているから仕方ないが――。

 これは、塩を多めに売ることで何とかお金を作るとしよう。


「まぁ、そのへんが妥当だろうな」

「それにしても、この配管料金高いですね」

「本管までの距離があるからな、水道局指定の業者に頼む必要もあるから、それでも安く見積もっているくらいだ」


 マジか……。

 都会だと当たり前だと思っていた水洗トイレがそんなにするとは……。


「ちなみに、この下水配管の設置が終わったあとは自宅の方も接続は可能なんですよね?」

「もちろんだ。そちらの工事は俺が責任を持って請け合おう。店に関して、最初に頼まれた物以外は五郎への請求になるが――、実家の方の増設については請求書の行き先は村長だから問題ない」

「村長に迷惑かからないですかね?」

「大丈夫だろう。何かあれば、村長のベンツでも売ればお金にはなる」

「いやいや――、そのくらいのお金は払いますから」

「良いのか? 浄化槽の設置と下水道本管までの接続を考えると700万円近くは掛かる計算だぞ?」

「大丈夫です。一人暮らしをしていて、そのくらいはあるので――」

「ふむ……」


 踝さんは、顎に手を当てながら何度か頷く。


「分かった。あまり村長に借りを作るのも良くないからな。酒とかも今後置いてくれるのなら後輩割引価格として半額にするぞ? 50%割引だ。それなら600万円くらいで工事が済む。どうだ?」

「それなら――」


 一方的に借りを作るのは好きではない。

 相手が何か条件を付けてくるのなら、その内容で譲歩するのは十分可能だ。

 

「よし! それじゃ、俺の方から水道局には話はしておくからな。――それと……、話は変わるが――、何時レジとか届くんだ? レジが無いと清算や税金に関して面倒じゃないのか?」

「――そ、その辺は、もちろん手配してあります」


 やばい。完全にレジ打ち機の事を忘れていた。

 あと、お金もまったく足りない。

 藤和一成さんに電話をして塩をあるだけ持ってきてもらうとしよう。


 


 打ち合わせが終わり自宅へと戻る。

 踝さんは、明日業者が冷凍・冷蔵ケースを持ってくるのに合わせて来るらしく若い社員を連れて今日は早く帰った。

 

「いま帰ったぞ」

 

 反応がない。

 居間に行くと、桜が畳の上で倒れていた。


「――さ、桜!?」

「……お、おじちゃん……」

「どこか具合が悪いのか?」

「お腹空いた……」


 グウウウウという音が桜のお腹から聞こえてくる。

 部屋の時計を見ると、時刻はお昼を過ぎているのが確認できた。

 思ったよりも踝さんと話し込んでしまっていたようだ。


「ごめんな。すぐに昼飯でも作るから。桜は何が食べたい?」

「プリン……」

「それはご飯じゃないからな」


 出来合い物は、子供との関係上、あまり良くないと主婦掲示板でアドバイスを貰ったので、今日はオムライスを作ることにする。

 

「出来たぞ!」


 二人分のオムライスを作りお皿に盛ったあとテーブルの上に置く。

 そしてケチャップを冷蔵庫から取り出し、飲み物は麦茶。


「頂きます」

「いただきます」


 卵の表面は少しボソボソになってしまったが見た目はオムライスぽく出来たので味としては問題ないと思う。

 味付けはケチャップのみ!


 二人で卵の表面にケチャップをかけたあと、口に運び――。


「おじちゃん……」

「どうだ? うまいか?」

「たまごごはんなの?」

「これはオムライスって言うんだよ」

「そうなの?」


 桜は、あまり美味しくなさそうに咀嚼しながらジトーっと見てくる。

 おかしいな?

 白米に焼いた卵を載せてケチャップで味をつけるだけのお手軽料理だと教えられたんだが……。

 俺も桜のあとに続いて食べる。


「あんまりうまくないな」


 正直、ケチャップの味しかしない。

 二人で無言になり食べながら何とか完食する。

 料理は難しいな……。


  


 食事後に、桜がお昼寝をしている間に藤和さんへ電話をする。

 

「はい。問屋の藤和です」


 電話口に出たのは女性。

 藤和一成の奥さんだろう。


「月山です。藤和一成さんはいらっしゃいますか?」

「はい。少々お待ちください」


 保留音が1分ほど流れる。


「大変お待たせ致しました」

「先ほどはどうも――」

「いえ――、それでどうかされましたか?」

「はい、実は大至急用意して頂きたい物があるのですが……」

「大至急ですか」

「はい。塩を10トン用意出来た藤和さんにしか頼めないんです」

「――! ――と、なりますと……、必要なのは塩! と、言う事でいいのでしょうか? 月山様」

「はい」


 俺は申し訳なさそうに藤和さんに告げる。

 大至急、お金が必要になったこと――、そのために金と交換できる塩が一番利益率が高く稼げること。

 独りよがりの頼みだという事は分かっている。

 無理なお願いというのは業者との円滑な取引に悪影響を及ぼすくらいは理解しているが――、今はお願いが出来るが藤和一成さんしかいない。


「それで、どのくらいの量が必要なのでしょうか?」

「近日中に用意出来れば用意出来るだけ欲しいです」

「――ムムムムッ、そうですね……」


 藤和さんが、しばらく考え込んでいる。

 やはり無理なお願いだったか……。



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