第23話 田舎の朝は早い

「――さて、今回は異世界に行くのは控えた方がよさそうだの。エルフが張った結界が、どのような効果を持つのか分からないからの」

「そうですね」


 ノーマン辺境伯の言葉には俺も賛同だ。

 姪っ子の桜も日本では一緒に暮らしている以上、無用なリスクを背負うのはよくない。

 何か問題が起きた場合に、責任を取るのが自分一人だけならいい。

 それなら遥かに気が楽だ。

 

 ――だが、そうではない。


 都筑医師も言っていた。

 俺には守る者がいる。

 安易に動くわけにはいかないのだ。


「それでは、自分はこれで今日は帰ります」

「――そうか……」


 ノーマン辺境伯が残念そうな表情を見せる。

 たしかに肉親が誰も居ないと言うのは寂しい物なのかも知れない。

 

 ただ……、不測な事態が起きることも考えると彼を――、ノーマン辺境伯を家に招くことはできない。

 少なくとも事態がハッキリするまでは。


「ゴロウよ。数日後には、事態は判明するはずだ。その頃に、また来てくれるかの?」

「はい。数日後には、伺わせて頂きます」


 ノーマン辺境伯と別れ店の中に入る。

 そしてシャッターを閉めると室内が薄暗くなり――。


「これは……」


 カウンターの下が僅かに光っている。

 それは、シャッターを閉めないと分からないほどの微かな――、黄金の光。

 カウンターの下に手を入れブロードソードを取り出す。

 すると、錆びついていた剣の刀身が薄っすらと――、黄金の光を身に纏っていた。

 とりあえず、ブロードソードはカウンターの下に戻す。

 どうせ俺が何か調べようとしても、そんな知識は持ち合わせていないのだから時間の無駄だからな。


「――あっ……」


 バックヤード側の扉を開けたところで、そういえばナイルさんがブロードソードの事をエクスカリバーと言っていたことを思い出す。

 先ほど光っていた事といい家に戻って調べてみるのも良いかも知れない。

 

 家に戻ると、居間に敷いてある布団の上で桜は熊のぬいぐるみを抱いて寝ている。

 桜を起こさないように、インターネットに接続したあと聖剣エクスカリバーのことを調べていく。


「(聖剣エクスカリバーは、イギリス――、ブリテンの統治者であるアーサー王が持っていた剣であり鞘を身につけていると傷を受け付けないか)」


 小声で読み上げながら、俺は疑問を抱く。

 鞘が傷を受け付けない――、というのは良い。

 問題は、店にあるエクスカリバーが本物だったとしよう。

 そして、病を治したのもエクスカリバーの鞘だったとしたら……、その鞘はどこにあるというのか?


「エクスカリバー、オークションで出したら高く売れるかな」


 とりあえず、ノーマン辺境伯からの報告待ちだな。

 余計な事をして不測な事態を招いても困るし。

 ブラウザを落とし、ベッドで横になり目を閉じた。




 朝は受話器からの着信音で目を覚ます。


「はい。月山ですが――」

「ゴロウか?」

「目黒さんですか? どうかしましたか? こんな朝早く」


 念のために壁の時計を見るが時刻は朝6時。

 まだ大半の人間は寝ている時間帯だ。


「もう朝6時だぞ? 普通に起きている時間帯だ」

「そ、そうですか……」


 そういえば、年寄りの朝は早い事を失念していた。

 

「それで何か用ですか?」

「うむ。預かっていた金貨だが、すべて細工が終わったから取りに来い」

「――え? 全てですか?」


 思わず疑問を口にしてしまう。

 金貨の枚数は50枚ほど――、1枚20グラムほどあったので1キロはあったはず。


「分かりました。姪っ子が起きたら伺います」

「そうか。分かった」


 電話を切ったあと、2度寝をする気も起きない。


「部屋の空気の入れ替えをしておくとするか」


 雨戸を開ける。

 すると、根室夫妻の孫である和美ちゃんと目があった。


「よう、おっさん!」

「…………」

 

 俺は雨戸を閉める。


「ちょっと! 待ってよ! 開けてよ! おっさん!」

「俺はお兄さんだ。それと、今は何時だと思っているんだ?」


 まだ朝、7時前だぞ?

 こんな朝早くから来るなんて、ちょっと問題だ。


「だから、雨戸があくまで待ってたんじゃん!」

「つまり何か? 雨戸が空いていたらいつでもお邪魔しますと入ってくるつもりだったのか? 玄関からは、来ないのか?」

「だって――、玄関よりも、こっちの方が早いじゃん」


 たしかに縁側から来る方が桜の部屋に近いのは認めよう。 


「根室さんは何も言ってなかったのか?」

「もう畑仕事しているよ?」

「田舎の朝、早すぎ……」


 そういえば、俺もクワガタとかカブトムシを取りに行く時は、朝4時くらいに起きて家から出かけていた気がする。

 さすがに、この年齢になって朝4時起きは無理だが――。


「仕方ない」

「分かった。とりあえず桜が寝ているから、騒ぐなよ? いいな?」

「ふり?」

「ふりじゃない」

「わかったよー」


 しぶしぶと言った声色で頷いてくる和美ちゃん。

 まったく仕方ないな。

 雨戸を開けて空気の入れ替えをする。

 その間に、和美ちゃんは縁側から家の中に入ってくると居間で寝ている姪っ子を見たあと、何を考えているのか俺の布団にコロンと横になった。


「和美ちゃん」


 どうして俺の布団で寝るのか? と、聞こうとしたところでスピーと寝息が聞こえてくる。


「寝るの早っ!」


 子供って、こんなに寝るの早かったか?

  

 ……仕方ない。

 とりあえず飯でも作るか……。

 和美ちゃんが朝食を食べてきたかは知らないが、俺と桜が食べているのに食べさせないわけにはいかないからな。


 3人分の素麺を作ったところで、ようやく――。


「えええー、おじちゃんが和美ちゃんになってる!?」


 ――と、言う桜の声が聞こえてきた。

 



まったく……、俺が幼女になるわけがないだろうに――。

よし、素麺ができたな。

水洗いした素麺をガラスの器に載せ居間に持っていく。


「あれ? おじちゃん?」

「朝ごはんにするから顏を洗ってきなさい」

「えっと……、おじちゃんが和美ちゃんで、和美ちゃんがおじちゃんで、おじちゃんが二人いる?」


 目をぐるぐる回しながらトンチの聞いたセリフで桜が混乱している。

 まだ起きたばかりで頭が働いていないのだろう。


「和美ちゃんは、朝早く遊びにきたんだよ。それで布団に入って寝たんだよ」

「――え? おじちゃんの布団に……」


 ボソッと、桜が呟くとタオルケットに和美ちゃんを巻いていく。

 そして布団から蹴り出すと、俺が寝ている布団を畳むと押し入れに入れてしまう。


「――いてっ!?」


 畳の上を転がっていった和美ちゃんは頭を壁にぶつけたあと何が起きたのかと回りを見渡したあと、タオルケットを剥がして俺の方を見てくる。


「俺は何もしていないぞ」

 

 そもそも両手は、素麺が入ったガラスの器を持っていて塞がっているのだ。

 何も出来る訳がない。


「おっさんじゃない……?」

「俺ではない」


 和美ちゃんの言葉に言葉を返す。


「――ひっ!」


 和美ちゃんが小さな悲鳴を上げた。

 俺は、ずっと和美ちゃんを見ていたので分からなかったが、和美ちゃんの視線を追うと、桜が熊のぬいぐるみを抱きながら、和美ちゃんと瞳で会話をしている? ようだ。


「お布団はダメ――、なの……。ワカルヨネ?」


 ぶんぶんと空気が鳴るほど和美ちゃんが首を縦に振っている。

 どうやら、睡眠を邪魔されたのが気に入らないのか少し桜はご立腹らしい。


「桜、和美ちゃんは遊びに来てくれたんだからな。それと、顔を洗ってきなさい」

「……うん」


 コクンと頷くと桜は台所に行き――、台座を用意すると上に上がって顏を洗い始めた。

 俺は、それを確認したあと朝食を用意する。


「和美ちゃんも食べていくだろ?」

「――う、うん……」

「どうかしたのか?」

「なんでもない……、たぶん気のせいだから」


 ふむ……。

 何かあったのか?

 俺は桜の方を見るが顏を洗い終わったようで、戻ってくるとテーブルの前に座った。


「おじちゃん?」

「お兄さんな」


 とりあえず、お兄さんという事だけはきちんと教えておかないといけない。

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