第21話 仲卸業者が相手をしてくれない。

 二人が寝ているのを確認したあと居間に戻る。


 そして、親父が残した【月山雑貨店の日誌】に目を通していく。


「やはり異世界については何も書かれていないな」


 田口村長は知っていたのに、どうして親父は何も書かなかった?

 まるで意図的に、異世界について避けて日誌が書かれているようにすら思えてしまう。


「良く分からないな」


 日誌を閉じてから、親父の時代に付き合いのあった仲卸業者に電話をかける。


「はい。株式会社 藤和です」


 第一声に出たのは女性。

 声色からして若い。


「月山と申します。以前、御社と取引をしていたのですが、再度の取引をお願いしたく電話を致しました」

「畏まりました。それでは、担当営業の者に代わりますので少々お待ちください」


 保留音が流れる。

 その間に、親父が経営していた時代の月山雑貨店が取引していた藤和酒店の担当の人間の名前を確認しておく。

 親父の担当をしていたのは【藤和一】と書かれている。


「お待たせしました。株式会社 藤和 の営業部担当の金村と申します」


 年若い男の声と言うのが電話越しでも分かる。


「お忙しい所失礼します。月山五郎と申します」

「詳細は伺っています。我が社と契約を頂いていたという事は、結城村の月山雑貨店で宜しかったでしょうか?」

「はい」

「――チッ」


 おい! いま舌打ちする声が聞こえてきたぞ?

 気のせいか?


「そうでしたか。以前は、ご利用頂きましてありがとうございます。――それで、当社から製品を購入したいという事で宜しかったでしょうか?」


 すごく投げやりな感じに聞こえる。


「はい。お願いできますか?」

「月山さん、一度にどのくらいの製品を購入される予定でしょうか?」

「どのくらい?」

「はい。当社としても配送込みとなりますと少ない受注ですと厳しい面もありまして――」

「それは、ある一定以上の取引金額に達しない場合は、取引契約が出来ないということでしょうか?」

「何分、結城村は過疎村ですからね。過疎村ですと、そこまで取引額は大きくないので、我が社としてもちょっと……」


 相手の声色と話口調から早く電話を切りたいという意志が見てとれる。

 ただし、相手の言い分も分かる。

 商品を運ぶ。

 それはつまり人が動くということ。

 

 ――そうなるとお金がかかる。

 

 つまり利益が出せないのなら、契約する意味がない。

 それは資本主義社会では当たり前のことであり、当然のこと。


「金村さん、少し良いでしょうか?」

「はい」

「御社では塩や香辛料などは取り扱っていますでしょうか?」

「はい。当社は総合卸ですので」


 なるほど……。


「それでは塩などをメインに購入したいのですが……」

「塩をメインにですか……、月山さん、申し訳ありませんが――、県内最大の総合卸の我が社でも、この取引は厳しいですね」

「金村さん、実は量がなんですが」

「量を多めに購入されると? 月山さん、結城村の人口では消費は知れていますので、どこの仲卸業者も契約はしないと思いますよ? コンビニエンスストアが結城村に無いのは利益が出ないからですよ? 以前に当社と契約を頂いていた月山さんだからこそ言いますが、結城村で商売をするのは、賢い選択とは思えないですね」


 そう言うと、金村という男は電話を切った。

 

「もう少し言い方というのがあるんじゃないのか?」


 ひさしぶりに苛立った。

 それと同時に、焦燥感を覚える。

 もし、金村の言ったことが本当なら――。


 すぐに親父が利用していた他の仲卸業者に電話していく。

 大半は、「この電話番号は現在使われておりません」とアナウンスが流れて電話が繋がらない。

 繋がったとしても人口3000人から300人まで減った過疎村である結城村の名前を聞いた途端に、電話が切られる。


 もちろん、毎月1000袋の塩を購入すると電話口で伝えたが鼻で笑われてしまう仲卸業者もあるくらいで――。

 親父が利用していた全ての仲卸業者に電話したが全滅。

 受話器を置く。


「まずい……、仲卸業者が相手をしてくれない……」


 どうしたものか……。

 取引が出来なければ開店させる事もできない。

 ネットで調べるしかないな……。

 問題は、すぐに見つかるかどうか。

 俺は検索サイトを立ち上げて、卸売り業者を独自に調べ始めた。




 二人が起きたのはお昼を過ぎて、午後3時近く。

 パソコンで近くの仲卸業者や問屋を確認していたところ、桜と和美ちゃんがお腹を空かして居間に入ってきた。


「おじちゃん……」

「起きたのか?」

「……うん」


 まだ寝起きで目が覚めていないのか目を擦りながら桜は居間の畳の上でコロンと横になる。


「おっさん、お腹空いた」


 桜のあとを追ってきたのか和美ちゃんが居間に入って来ると、桜の横にパタンと倒れて横になった。

 どうやら、お腹は空いているようだが睡魔には勝てないらしい。


 まぁ、それでも何か食わせた方がいいだろう。

 朝から何も食べてないからな。


 台所に立ちホットケーキを焼く。

 すでにホットケーキについては、最低一日に一回は焼いているから熟練の域に達しつつある。

 付け合わせはバターと蜂蜜といったところだな。


 桜と和美ちゃんの二人分を作り居間に戻りテーブルの上に置く。


「おやつのホットケーキだぞ」


 最初に反応したのは和美ちゃん。

 目をカッ! と開くとテーブルの前に座って俺を見てくる。


「ホットケーキ! こっちに来て初めて食べるよ。おっさん! いいやつだな!」

「お兄さんな。根室さんは作ってくれないのか?」

「もぐもぐ……、うん。おばあちゃんは、とうもろこしの焼いたのとか蒸かしたのとか、そんなんばっかなんだよ」

「ふむ……」


 俺としては、とうもろこしも捨てがたいと思うんだが……。


「おはようなの……」


 桜もホットケーキの匂いに釣られたようでふらふらとテーブルの前に座ると「いただきます」と言い食べ始める。

 ただ、半分寝ていることもあってホットケーキを切っては意識を飛ばして、切ったホットケーキを口の中に入れたら寝てしまい、起きたら咀嚼して嚥下することを繰り返していた。そして、「ごちそうさまなの……」と、言うと畳の上で横になってしまう。

 しばらくすると、スー、スー、と言う寝息が聞こえてきた。


「このままだと風邪を引いてしまうかもしれないな」


 俺は、部屋に置いておいたタオルケットを桜に掛ける。

 桜が食べた食器を台所に下げて洗う。


「おっさん、これ」


 和美ちゃんも自分が食べた食器を持ってきた。


「ありがとう。それと、うちの桜と遊んでくれてありがとな」

「――! べ、べつに! おっさんのためじゃねーし! 勘違いすんなよな!」


 顏を真っ赤にしてプイ! と顔を背けると玄関にむかっていく。

 

「おっさん、今日はこれで帰るから」

「送っていくか?」

「いい。じいちゃんに携帯で電話したから」

「そうか。――なら、根室さんが迎えにきてくれるところまで着いていく」


 和美ちゃんと一緒に家から出たあと、裏庭を通り月山雑貨店の正面駐車場まで行く。


「おお、待たせたな」


 トラクターで、根室正文が迎えにきた。

 もちろん走っているのはアスファルト舗装されている道路の上。


「おじいちゃん、遅い!」

「トラクターは遅いからな。それと、五郎。孫と遊んでくれてありがとうな」

「いえ、うちの姪っ子も楽しんでいましたので、また遊びに来てくれればと思います」


 一応、社交辞令と言う感じで言っておくとしよう。


「わかった。それじゃ五郎、またな」


 和美ちゃんがトラクターに乗ると、根室正文が運転するトラクターは走り始めた。


「とりあえず一息ついたな」


 思わず溜息が出る。

 さて、あとは夜まで待って異世界にいかないとな。

 



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