第15話 イチゴ狩り
ワゴンアールに乗り、桜と隣町に向かう。
午後は、多少曇っており夏というのに涼しく過ごしやすい陽気であった。
そういうこともあり、後部座席のチャイルドシードに座っていた桜は、窓を開けると風に当たりながら口を開け「あーっ」と言っている。
どうやら、プリンアラモードが気分転換になったようだな。
俺は、桜の様子をバックミラーで確認しつつ、車のアクセルを踏み法定速度を守りながら両側に畑が続く畦道を走っていく。
すると畑を耕しているトラクターが見えてきた。
やけに真新しいトラクターに乗っているのは村長のようで――。
「五郎、診療所には行ってきたのか?」
「はい。それよりも……、村長――、それって新品のトラクターですか?」
「そうなるの。ところで、どこにいくんじゃ?」
「隣町のスーパーに、プリンの素を買いにいこうと思いまして」
「ほほう。――桜ちゃんは、プリンが好きかの?」
村長の問いかけに桜が「うん!」と答えている。
「ふむふむ。五郎、時間はあるかの?」
「はい。時間はありますが……」
「ふむ。桜ちゃんは、イチゴ狩りをしたことがあるかの?」
「いちごかり?」
「ないようだの。それでは、特別に田口ビニールハウスに招待しようではないか」
「村長良いんですか?」
「よいよい。儂からの謝罪も込められておるからの。車は、そのまま、そこに停めておくがいい。どうせ車は滅多に通らんからの」
それだけ言うと村長は俺と桜を手招きしてくる。
――仕方ない。
田口村長の好意に甘えさせてもらうとしよう。
桜をチャイルドシードから降ろし二人でビニールハウスへと向かう。
「桜ちゃん、こっちじゃ! あと五郎もな」
俺はついでか……。
まぁ、良いけど……。
呼ばれた場所は、イチゴが生っている場所。
青いイチゴもあるが、赤いイチゴの方が多く見受けられる。
ちなみに桜と言えば、イチゴが生っている場所を初めて見たのか目をキラキラさせている。
「おじちゃん! すごく美味しそうなの……」
「うむ! この赤いのとか熟れていておいしいぞ」
俺より先に村長が答えた。
「ほんとう? たべてもいいの?」
「ああ、食べていいとも」
桜が赤いイチゴを1個、採ったあと口に含む。
すると笑顔になる。
「すごくおいしいの! 桜、こんなにおいしいイチゴたべたことがないの!」
「そうかそうか」
満面の笑みを浮かべる村長。
「好きなだけもっていくとええ。プリンに乗せると最高だからの」
村長から渡されたザルの中に、桜がイチゴをせっせと採っては入れていく。
そんな様子を俺は見ながら村長に近寄る。
「田口村長、普段ならビニールハウスに他人が入っただけで怒るのに、ずいぶんと太っ腹ですね」
「五郎が子供の時は、無断でビニールハウスに入ってきてはトマトやきゅうりを食い荒らしていったからのう」
そんなことあったか?
覚えてイナイナー。
俺と村長が話している間にも、桜はイチゴを採り終えたのかザルを持ってくる。
「とれた!」
桜が満面の笑みでザルに入ったイチゴを見せてきた。
「すごいのう。桜ちゃんは、すごいのう」
「すごい? 桜、すごい?」
「うむ。五郎よりも、ずっと、すごいのう」
何気にディスられている俺。
まぁ、いいけど……。
「おじちゃんに勝った!」
「お兄さんな」
とりあえず訂正しておくことは忘れない。
「五郎は、おじちゃんなのに、ちょっと大人げないのう」
村長が呆れた顔で俺を見てくるが、人間は譲れないものは一つくらいあるものだ。
「あ、村長――」
「どうかしたのか?」
「一応、電気工事の免許を都会で取ったので何かあったら電話ください。出来る範囲なら、相談に乗ります」
「ふむ……、わかった。……それなら、五郎の店で家電を扱うのはどうじゃ? 電球だけを買いにいくのが面倒だからの」
「なるほど……」
「あとは混合油や軽油も置いてくれると助かるのう」
「一応、危険物の免許は持っていますが、ガソリンや石油・灯油系は地下貯蔵タンクが必要ですので……」
「いくらくらい掛かるんじゃ?」
「色々と含めると2千万円はかかるかと……」
「そうか――、それは無理だのう……」
「まっ! 家電については考えておいてくれればよい」
「わかりました」
イチゴをもらい村長と別れる。
そのあとは桜と一緒に、隣町まで行く。
そして、スーパーでプリンの素とアイスクリーム系のシャーベットの素、最後に塩を10キロほどまとめ買いする。
そして、俺は桜と一緒に自宅への帰路についた。
家に到着したところで庭に車を入れたあと、桜をチャイルドシートから降ろす。
すると、村長がビニールに入れて桜に渡したイチゴを、桜は手に持って家の方へと駆けていく。
「桜、あまり早く走ると転ぶぞ」
「うん。でも、イチゴはれいぞうこで冷やすとおいしくなるの!」
目をキラキラとさせて家の引き戸を開けて桜は家に入っていく。
「楽しそうで何よりだ」
美味しい物には目がないということか。
俺は、スーパーで購入してきたシャーベットの素とプリンの素――、そして塩を10キロを持つと家に入る。
「塩は異世界に持っていくから、このままでいいな」
玄関に塩を置いたまま家に上がり台所に向かう。
すると桜が、踏み台を使ってザルに入れたイチゴを水で洗っている。
「おじちゃん! プリン! プリン!」
「お兄さんな」
毎度のことながら訂正しておく。
「それじゃ、プリンでも作るか」
「うん!」
まずは、プリンに必要な物をチェックするために、プリンの素の裏を確認する。
「ふむ……」
「どうしたの?」
「どうやら、牛乳が少量だが必要みたいだな」
「牛乳? 冷蔵庫の中になかった……の」
「そうだな……」
プリンミクスの裏にはお湯のあとに少量の牛乳を入れてくださいと書かれている。
どうやら、牛乳は必須のようだ。
――だが! 我が家には牛乳がない!
「プリン……、つくれないの?」
桜の大きな瞳に涙が溜っていく。
「ちょっと待ってろ」
家電から、踝に電話を掛ける。
「おう、五郎か? どうかしたのか?」
「踝さんのところって牛乳ないですか?」
「うちにはないが――、根室の爺さんのところに行けばあるだろ。俺から、話を通しておくから取りにいってこいよ」
「すいません」
「気にするな。困ったときはお互い様だからな」
通話を切る。
「桜、牛乳取りにいくけど着いてくるか?」
「うん、いく」
イチゴを洗い終わったのか桜は、ボールに入ったイチゴを冷蔵庫に入れる。
そして二人で隣の家まで車で向かう。
距離としては、車で3分ほどの距離。
すぐに牛舎が見えてくる。
「あれってなに?」
桜が興味津々と言った様子で俺に話かけてくる。
「あそこには牛がいるんだよ」
「牛さん? 牛さんって、ステーキの牛さんなの?」
「――あ、うん。間違ってはいないな」
そこは、牛乳と言って欲しかった。
車で、根室さんの家の敷地に入ると、すぐに老夫婦が出てくる。
二人とも70歳前後。
桜を車から降ろし――。
「根室さん、お久しぶりです」
「久しぶりだな、五郎。それで、そっちが――」
「はい。妹の娘です」
「そうか。この前の寄り合いにはワシも、美恵子も乳牛の手入れでいけなかったからな。すまんかったな」
「いえ――」
「ふむ……、五郎もずいぶんと落ち着いたものだな。以前は、峠最速の男だと自慢しておったくせに」
「何十年前の話をしているんですか」
「――いや、何……、年月が流れるのは早いと思ってな」
「そうですね……」
「踝からは、話は聞いておる。新鮮で搾りたてがいくらでもあるからな。――で、何十リットルほしいんだ?」
「いえ、1リットルもあれば十分ですから」
単位がおかしい。
「そうか……。そういえば、今から夕飯なんだが食べていくか? 村長から聞いたぞ? インスタントラーメンばかり食わせていると――。五郎は別にいいが、子供は育ちざかりだろう?」
「まあ……」
「夕飯は何を食べさせるつもりだったんだ?」
「とりあえず、袋やきそばでも……」
「五郎、お前は少し料理を覚えた方がよいぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます