第16話 異世界へ

 俺に説教をしてきているのが根室(ねむろ) 正文(まさふみ)と言い結城村で唯一の酪農家。

 100頭近くの牛を有している。

 ちなみに、俺の同級生である諸文の父親でもあることから顔見知りでもあり、頭が上がらない人物の一人でもある。

 どう、切り上げればと思っていたところで――。


「正文さんだって、料理できないじゃありませんか」


 助け船を出してくれたのは、根室正文の妻である根室(ねむろ) 美恵子(みえこ)さんであった。 


「――うっ!?」


 自分の妻に突っ込まれて言葉に詰まる正文。


「どう? 3人分作るのも5人分つくるのも同じようなものだから食べていかない?」

「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

「そう、それはよかった」


 根室さんの家も、我が家と殆ど作りは同じで平屋建て。

 家に上がり居間に通されたところで――、正文が水筒を持って部屋に入ってくる。


「この中に、搾りたての牛乳が入っているからの。搾りたてはうまいぞ」

「きちんと熱殺菌処理してあるから大丈夫よ。正文さんったら、きちんと説明しないんだから」


 美恵子さんは、そう言いながらテーブルの上に大根とさつま揚げの煮物や、キュウリのお新香、大根のお味噌汁に、山菜の混ぜご飯などを並べていく。

 

 ――それも5人分。


「――ん?」


 5人分? いまは、俺と桜――、そして根室夫妻の2人で、合計4人しかいないはずだが……。


「和美! 夕飯よ!」


 どこから声を出したのか? と思うほど大きな声で美恵子さんは、和美と言う名前を呼ぶ。

 すると、「はーい」と言う声と共に居間に桜と同年代と思われる女の子が入って来る。


 桜の場合は、物静かな女の子と言った感じだが――。

 居間に入ってきた和美という女の子は、栗色の髪を肩口で切りそろえておりショートパンツを履いていることから、ボーイッシュな感じを受ける。


「おばあちゃん。この人たち誰?」

「この人達という言葉使いは止めなさい!」


 美恵子さんが言葉と同時に和美という子の頭を軽く叩く。


「ごめんなさいね。この子、口が悪くて――」

「いえ、それよりもこの子は……」

「ええ、和美はね――、諸文の子供なのよ。今年は、仕事の関係で帰省できなくてね。それで――」

「なるほど……」


 どうやら、俺の同級生の諸文の子供のようだな。

 それよりも、桜と同じ年代の女の子がいるとは思っても見なかった。


「ねえ? あなた、お名前は?」

「……月山、さくら……」

「へー、私は、かずみっていうの! よろしくね!」

「…………う、うん」


 俺が、根室夫妻と話している間に、桜の隣に和美という幼女は座ると積極的に桜に話かけているが、どうやら桜は、初見の人とは会話するのが苦手なようで距離を取ろうとしている。


「私ね! 周りに何も無くて飽きてたの。遊ぶところも何もないんだもの」

「……う、うん」


 グイグイと話しかけてくる和美と言う子に桜は完全に引いてしまっている。


「ねえ? 今度、遊びにいってもいい?」

「…………えっと――」


 チラリと俺を見て来る桜。

 これは断るべきなのか。

 それとも、桜の友達が出来るかもしれないと考えて了承するべきなのか。


「和美ちゃん。うちは隣と言っても君が来れる距離じゃないぞ?」

「――え? そうなの?」


 チラッと和美ちゃんが、根室夫妻の方を見る。


「そうだな。うちから、五郎の家までは3キロはあるからな」

「「3キロ?」」


 桜と和美ちゃんが首を傾げる。

 どうやら距離の単位は、まだ早いようだ。


「そうだな……、歩いて1時間くらいの距離だ」

「「遠っ!?」」


 二人して、声がハモったが理解してもらえたようで何よりだ。


「まぁ、そういうこともあって和美ちゃんは、家に遊びにくるのは難しいと思う」


 まぁ、こんな感じで――、お互いに当たり障りない方向性で断っておけばいいだろう。

 

「そうなんだ……」


 シュンとしてしまう和美ちゃん。

 もう少しオブラートに包んだ方が良かったかもしれないが、下手に近いと言って5歳の子供が3キロの道のりを歩こうとしたら大変だからな。

 きちんと説明はしておいた方がいいだろう。


「ほらほら、ご飯が冷めちゃうから夕飯にしましょう」


 美恵子さんが助け船を出してきてくれた。

 こういう絶妙なタイミングでのヘルプは本当に助かる。


 食事を御馳走になった後――。


「そういえば、五郎は結婚しないのか?」

「いや――、いまはちょっと……」

「なるほど……」


 俺の意図を読んでくれたのか正文が頷きながら、瓶ビールの蓋を開けるとコップにビールを注いで飲む。


「桜ちゃん! ちょっと来て! 見せたいものがあるの!」


 和美ちゃんは、村では同年代の子供がいないからなのか、食事中からずっと桜に話かけていた。

 

 ――ただ、桜は人見知りするのか首を振るだけで不動のごとく俺の傍から動こうとはしない。


「おっさんからも、桜ちゃんに何か言ってよ!」

「……お、おっさん……」


 ちょっとというか、かなりショックだ。

 一応、心はお兄さん……。


「おじちゃんは、おっさんじゃないもん! おじちゃんだもん!」

「おっさんはおっさんだろ!」

「ハハハハハッ。五郎も、40歳だったか? もう立派なおっさんだな」

「正文さん……」

「まぁ、5歳くらいの子供から見れば20歳でもおっさんだ。気にすることはない」


 フォローになっているかどうか分からないフォローに溜息しかでない。




 食後の休憩も終わったところで、俺と桜は根室さんの家を出て車に乗る。


「五郎、いつでも遊びにこいよ」

「ありがとうございます」

「むしろ毎日来てもいいぞ! 孫の和美も喜ぶからな」

「桜ちゃん、また遊びにきてね!」

「…………うん」


 和美ちゃんの言葉に、桜がコクリと頷く。

 そんな桜の様子を見たあと、俺は車のエンジンをかけた。




 家についた頃には、時刻はすでに19時を過ぎており、早速――、桜と一緒にプリン作りを開始する。

 まずは、シャーベットの素と牛乳を混ぜ合わせる。

 次に、混ぜ合わせた物を――、氷を作る型の中に流し込んだあと冷凍庫に入れた。


「よし、これでシャーベットの方はいいな。次はプリンを作るぞ」

「はーい!」


 プリンの素をお湯で溶かしていき、最後にミルクを100mlほど入れる。

 ミルクを入れるのは、プリンが固くなりすぎないようにするため。

 最後に、二人分のお茶碗の中に溶かしたプリンを入れて冷蔵庫へと入れる。


「イチゴは?」

「イチゴは冷蔵庫で冷やしておこうか。――で、明日の朝にスライスしてプリンに載せて食べるか」

「うん!」

「それじゃ、お風呂に入るぞ」

「はーい」


 二人でお風呂に入ったあとは、桜は電池が切れてしまったように――、俺の布団で寝てしまう。

 もちろん熊のぬいぐるみを抱いたまま。

 

「今日も色々とあったからな。」


 仕方ないと言えば仕方ない。

 さて――、そろそろいくか……。


 桜を起こさないようにし――、10キロの塩を片手に持ちながら裏庭を通る。

 そして、バックヤード側から月山雑貨店の中へと足を踏み入れると――。


「やはり、異世界だよな……」


 店内から見える外の光景は、以前と変わらず中世の街並みのまま。

 唯一、違うのは店前に、鉄の鎧を着た兵士が10人ほど立っていることくらい。


 その兵士の中には、月山雑貨店まで俺を送ってくれたナイルの姿もあり――、店の中から正面のシャッターを開けたあと、ガラス扉を開けて外に出る。


「あ!? ゴロウ様。お待ちしておりました」

「こんにちは。それで……、この兵士の方々は?」

「ハッ! ここに居る兵士は異世界に通じるゲートを守る兵士達です。異世界へのゲートが開いていない時も、結界により侵入は出来ないのですが念のために配備をしております」

「そうですか……、ところで結界というのは?」

「はい。ゴロウ様が出て来られる建物には結界が存在しており、招かれた者でない限り中には入れないようなのです」

「なるほど……」


 ナイルの言葉に俺は内心ホッとする。

 それなら、一応は異世界人が日本に無断で入ってくることはできないということに。


「ところで、ゴロウ様」

「なんでしょうか?」

「それは――、その透明な物に入っている白い物はなんでしょうか?」

「ああ、これは――、ノーマン辺境伯に頼まれたものです」


 思わず塩ですと言いかけたが口を噤み曖昧に答える。

 白い塩を見たことがないということは、精製技術が未発達の可能性があるからだ。

 そうなると、白い塩というだけでかなり付加価値が出てくるかもしれない。

 

 おいそれと話すのはよくないだろう。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る