第14話 都筑診療所

 きちんと保管しておいてくれればよかったものを……。


「月山さん、記入は終わりましたか?」

「あ、はい」


 バインダーごと渡すと、看護師の女性は記入内容を見たあと、怪訝そうな表情で俺を見て来る。


「あの……、アレルギーや、過去の病気や薬使用についてですが……、お子様の部分が空白ですが――」

「じつは、姪っ子なので……」


 嘘をついていても仕方ない。


「…………そうですか。わかりました。先生がお待ちですので中へどうぞ」


 診察室へ入る。

 そこには80歳近い高齢の都筑診療所の医師――、都筑(つづく)権三郎(ごんざぶろう)が座って居り。


「五郎か、ずいぶんと老けたな」

「お久しぶりです」


 頭を下げる。

 俺が生まれた時から知っている最も苦手とする人物の一人だ。


「それで、そっちが五郎の妹の子供か」

「はい」

「……ママを知っているの?」

「ああ、知っているとも。桜ちゃんのママも、よく病気になった時に儂が診たものだよ」

「……そうなの?」

「ああ、そうだ。だから安心しなさい」


 まるで仏のように桜に言い聞かせている。


「ちょっと儂は、五郎と話があるから――、轟くん!」

「何でしょうか?」

「この子を少し見ておいてくれんか? 儂は、少し五郎と話があるのでな」

「わかりました」

「また、あとでな」

「……うん」


 看護師と桜が診療室から出て行き扉が閉まる。

 それと同時に、さきほどまでの柔和な表情から一転。

 都筑権三郎の目が鋭く変わる。


「五郎、母子手帳はどうした?」

「――そ、それは……、――い、妹と結婚していた父方の実家の人間が捨てたようで確保できずに……」

「……そうか。なら――、仕方ないな」

「はぁ……」

「それ以外の話は、だいたい田口から聞いておる。儂も出来る限りバックアップはしよう。それよりも、以前に隆二が来たときは結核にかかっておったが、異世界に行ってきたのだろう? そういう患者には、近づいたりしたのか?」

「はい、自分の祖父だと言う人が、そのような症状でしたけど……」

「ふむ……、会わないようにするというのは難しいのか?」

「相手側も、商業関係の交渉を望んでいるみたいです。それに、一応は祖父ということですから……」

「そうか……、それなら一度、こちらの世界に連れてくるといい。儂が診てみよう」

「お金とかは?」

「それは村の予算で村長が何とかするだろう。五郎は、とにかく――、まだ小さい子供がいるのだ。子供を守り育むのは大人の役目だ。それに何かあれば田口村長に責任を取らせればよい」

「責任って……」

「トップに立つ者の仕事は責任を取ることだ。そういうものだろう? ――さて、検査をするとしよう」

 

 2時間ほどで検査が一通り終わった。

 現在、俺と桜は待合室の椅子に並んで座っている。

 

 ――理由は、採血をしたあと手で傷口を押さえているからだ。


 そして……。


 となりに座っている姪っ子の桜は、大きな瞳に涙をいっぱい浮かべながら。


「おじちゃんのうそつき……」


 ――と、言っていた。


 嘘つきと言われても困る。

 採血しないとは一言も言っていないのだ。


「……桜、家に帰ったらホットケーキでも食べるか?」

「…………さくらは食べ物じゃ懐柔できないの」


 懐柔なんて言葉、どこで覚えてきたのか。

 うちにはテレビは無かったはずだし……。


「懐柔なんて言葉、よく桜は知っているな! すごいぞ」


 俺の言葉に、プイ! と桜は頬を膨らませて横を向いてしまう。


「五郎、そろそろ帰ってもよいぞ。検査の結果は一週間ほどで出るからの。桜ちゃんには、これをあげよう」

「……プリン! いいの? もらってもいいの?」

「うむ、家に帰ったら食べるといい。ただ、おじちゃんを嘘つき呼ばわりはいけないぞ? 桜ちゃんのためを思って儂のところにきたんじゃからな」

「――うん!」


 コンビニで売っている1個380円の【プリンアラモード・フルーツいっぱい】を両手で持ちながら、ソレをキラキラした目で見ている。


 なるほど……。

 桜が来ると村長から聞いて用意したわけか?

 ずいぶんと用意がいいな。

 まぁ、これで桜の機嫌も良くなったことだし帰るとするか。


「桜、帰るぞ」

「はーい!」


 とてもご機嫌のようだ。

 桜を連れて受付までいったところで中から轟と言われた女性の看護師が出てくる。


「月山さん、診察券が出来ました。こちらが月山五郎さんの物で、そして――、こちらが桜ちゃんのね」

「うん!」


 桜は、【プリンアラモード・フルーツいっぱい】を右手に持ち替えると左手で診察券を受け取る。

 それと同時に、轟看護師の視線が【プリンアラモード・フルーツいっぱい】に向けられ――、見開かれると同時に、その視線は都筑(つづく)権三郎(ごんざぶろう)へと向けられ。


「先生、ちょっとお話が……」


 とてもニコやかな笑顔で、都筑(つづく)権三郎(ごんざぶろう)に語り掛けていたが、俺はさっさと、診療所を後にした方がいいと判断し、桜を連れて診療所を出た。


 診療所の自動ドアが閉まる際に「待つんじゃ! 話せば分かる!」と、言う声が聞こえてきたことから、桜が貰った【プリンアラモード・フルーツいっぱい】は、轟看護師の物だったのだろう。


「おじちゃん、早くおうち!」

「そうだな。先生の犠牲を無為にしたらいけないもんな」


 自宅に戻り、居間でせんべいを食べながらパソコンの電源を入れた。


 そして姪っ子の桜と言えば、都筑医師から貰った【プリンアラモード・フルーツいっぱい】を、キラキラした目で見つめたあと、カップの蓋を開けてから中身を頬張っていた。

 蕩けたような表情をして「このプリンのはいごーりつはすごいの。果物とぜつみょーなハーモニーを実現しているの! おいしいの!」と、どこの料理番組のナレーションなのかな? という感想を一人、口ずさんでいる。


「桜は、プリンは好きなのか?」

「うん! プリンは幸せの味なの! ママが、居なくなる前は、いつもプリンがおやつだったの!」

「そうか……。それなら、プリンでも一緒に作るか?」

「プリンって作れるの!?」

「問題ないはずだ」


 作り方は、パソコンで検索している限り殆どホットケーキと大差がないように見える。

 これなら、おれでも作れるはずだ。


「プリンの素か……」


 こんなのが売っているんだな。

 桜がプリンが好きなら、月山雑貨店の製品として箱で仕入れても良いかも知れないな。

 

 俺は桜が、プリンを食べている姿を見て、心の中で溜息をつく。


 ――『ママが、居なくなる前は』と、桜は言っていた。


 おそらく、桜の中では母親が死んだという現実が受け入れられていないんだろうな。

 

「おじちゃん」


 どうやら食べ終わったみたいで、テーブルの上には何も置かれていない。

 食べた容器は台所に持って行ったみたいだな。


 ――まぁ、とりあえず。


「お兄さんな」


 訂正しておくことを俺は忘れない。


「……プリンって、どうやって作るの?」

「そうだな。プリンの素と牛乳が必要みたいだな」

「……プリンの素って何? 種みたいなものなの?」

「そんな感じだ」

「……畑からプリン取れるの?」

「いや、畑からはプリン取れないから」

「そうなの? でも、さっき種って……」

「言い方が悪かったな。牛乳と、プリンの素を混ぜるとプリンになるんだよ」

「…………桜、牛乳嫌い……」

「でも、プリンは食べられたよな?」

「……うん。プリンは好き!」


 牛乳が嫌いなのに、牛乳を使って作ったプリンは好きとは……。


「桜、プリンの素でも買いにいくか?」

「いく!」


 まぁ、プリンの素くらいなら車で片道40分のところにある小さなスーパーでも売っているだろう。


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