第13話 大人と子供の事情

「おじちゃん!」


 田口村長との話が一段落ついたところで、姪っ子の桜が襖を開けると部屋に入ってくるなり抱き着いてきた。

 

「ごめんなさい。料理をしていたら起きていたのに気が付かなくて――」


 桜を追ってきたのだろう。

 村長の孫娘である田口雪音が慌てた様子で室内に入ってくると頭を下げてきた。


「いえ――、たぶん桜は、起きた時に俺の姿が見えなかったので、それで俺を探していたんでしょう」

「そうですか……」

「桜、こちらは田口(たぐち) 雪音(ゆきね)さんって言って、田口村長のお孫さんだ」

「おまご?」

「簡単に言えば、田口村長の子供の子供ってところだな」


 俺の言葉に無言で桜は頷くが、その表情はどこか優れないように見える。

 

「田口雪音です。桜ちゃんよね? 今日からよろしくね」

「……今日から?」

「ええ、桜ちゃんと一緒に暮らすのよ?」

「……いっしょに……」


 桜が小さく呟くと俺の後ろに隠れて「――やだ!」と、明確な拒絶をした。


「桜?」


 桜が、初めて難色の色を――、明確に俺の前で見せた。

 どうして、そんなことを口にするのか分からない。

 

 ――せっかく村長が、男一人だと大変だと言う事で孫娘を連れてきてくれたというのに……。


 しかも雪音は、東京では保育士までしていて、料理までできる。

 それに保育士だったら、桜の面倒も上手く見れるだろうし、掃除も洗濯も出来るはずで――。


 それは、俺にとっても桜にとっても悪い話ではない。


 ここは、きちんと説得した方がいいだろうな。


「桜、良く聞きなさい」


 桜の両肩を掴みながら、俺は諭すように話す。


「俺は、料理とかあまりできない。だから――、桜のこれからの体の成長とかそういうことを考えると大人の女性がいた方が桜も色々と聞いたりできるだろう? それに、雪音さんは、桜のお母さんと同じ保育士だったそうだから――」


 俺は途中で言葉を紡ぐのをやめた。

 何故なら、桜の両肩を掴んでいた手が震えていたから。


「――いや! 絶対に、いや! だって、ほいくしの人は、私のことを最初は大事にしてくれるけど、すぐに捨てるもん! おかあさんだって! おかあさんのともだちだって言った人だって! 私のことを最初は大事にしてくれるけど捨てたもん! 捨てたもん!」


 桜は、大きな黒い瞳から涙をポロポロと零す。

 そして必死に声を押し殺して泣いている。


 ――そんな姿を見て俺は思わず自分の唇を噛みしめつつ、自身の迂闊さを痛感する。

 

「ごめんな」


 桜の頭を撫でる。


 ――そうだった。

 

 桜は、まだ5歳で――、しかも両親が死んだあとに父方の実家を追い出されるような恰好で施設に入れられた。

 そのあと妹の友達に引き取られた後に俺のところにきた。

 

 つまりたらい回しにされ――、生活の環境も短期間で劇的に変わったのだ。

 それが、どれだけ幼い子供心に傷を作ったのか、まだ俺は理解が足りていなかった。


 安易に桜のためだと思いつつも、他人の雪音に任せようとしていた。

 そこで思考を止めてしまっていた。

 俺は配慮が足りていなかった。


「村長」

「分かって居る。雪音、料理のレシピだけ書いておきなさい」

「――で、でも!」

「雪音、分かっておるんだろう? ここにお前が居たらいけないということに」

「……はい……」

「五郎、すまんかったの。こちらも、色々と考えて良かれと思ってしていたが――、本当に子供の気持ちを考えてはおらんかった。桜ちゃんも、すまんかったの」

「…………」

「雪音に関しては、つれて帰るので許してもらえんかの?」

「……うん」


 桜が、俺の服で涙を拭きながら小さく頷く。


「さて、五郎。今日は、儂らはこれで帰らせてもらう。都筑診療所には、早めに顏を出しておくんじゃぞ?」

「はい。申し訳ありませんでした」

「よい、こちらの配慮が足りておらんかった。大人の事情ばかりを優先させてしまうのは――、よくないことじゃな」

「心に響きます」


 それだけ言うと田口村長は雪音と共に家から出ていく。

 玄関で見送ったあと――。

 姪っ子の桜の頭を撫でながら――。


「桜、ごめんな」

「……うん」

「ホットケーキでも食べるか?」

「うん、食べる」


 姪っ子の桜と二人でパンケーキを作って食べたあと、都筑(つづく)診療所に向かうために、姪っ子のパジャマを脱がせたあと、白いノースリーブのワンピースを着せる。

 

 そのあと、俺もこれから暑くなるだろうと甚平をタンスから出す。


「桜、用意はできたか?」

「……うん。今日は、どこにいくの?」

「病院にいく」


 甚平を着ながら端的に答えると、ビクッ! と桜が体を震わせる。


「――ち、ちゅうしゃ!? ――さ、さくら……、どこも痛くないよ? おなかも痛くないし……あたまもいたくないよ?」

「違うから、ちょっと検査にいくだけだから注射なんてしない」


 続いて、俺は心の中でたぶん……、――と、付け加える。


 何せ異世界に行ってきたのだ。

 血液検査がある可能性だってある。

 そうなると、俺と接触していた桜も検査をする必要があるわけで……。


「……ほんとう? ほんとうに、ちゅうしゃしない? 痛くない?」

「ああ、たぶん……」


 どうやら、桜は注射が苦手のようだな。

 曖昧に答えたのが良くなかったのか、瞳からハイライトを消した桜が俺をジッと見つめてくる。


「分かったから。もしかしたら注射するかも知れない」


 まぁ、嘘をつくのは良くないからな。

 それに桜は、察しがいいようだし。


「――!? さくら、痛いのいやっ!」

「桜、病気の検査をきちんとしておくことは予防に繋がるんだよ、風邪を引いてお腹が痛くなって頭が痛くなって何日も寝込むのとどっちがいい?」

「うー……。わかったの……」


 シュンとしてしまう姪っ子。

 甚平に着替えたところで、桜を連れて車まで行きチャイルドシートに乗せたあと車のエンジンをかける。


 



 ――都筑診療所は、村の中心に以前から存在している。


 ただ、その様相は以前とは変わっており……。


「前は、木造だったのにな」


 以前は、2階建ての古びた学生寮を改築したような建物だった。

 それが、しばらく結城村から離れていただけでコンクリート製の平屋の診療所に変わっていた。

 

「もくぞうの病院なんてあるの?」

「昔はあったけど建て替えたみたいだな」

「それって、りふぃーむ?」

「リフォームな」

「さくら、それっ! 知ってる! ママとよくみた! いろんな建物を壊して直すやつだよね」

「まぁ、大きく分ければ意味は間違っていないな」


 桜と一緒に、診療所に入ると受付の30歳前後の看護師が俺と姪っ子の桜を見て来る。

 

「初めての方ですか?」

「はい。えっと診察券はないのですが……」

「はい、それではお作りしますね。国民健康保険証を、よろしいでしょうか?」

「こちらで?」


 財布から取り出しながら確認する。


「はい。それでは、お呼び致しますのでお待ちください」


 人口300人の村の診療所とは思えないほど立派な作りになっている診療所内の椅子に二人で座る。

 どうやら、いまの時間帯は俺と桜だけのようだ。


「月山さん」

「はい」


 看護師が近寄ってくる。

 その手にはバインダーが握られており――。


「こちらの書類にアレルギーがあるかどうか、それと今まで病気になったことが無いかの記入をお願いします。二人分ですので、2枚ありますので両方に記入をお願いします。特に小さなお子様の方は記入漏れが無いように記載してくださいね」

「わかりました」


 二人分の、アレルギーや薬の使用有無、過去の病気などを記載していく。

 自分の方はすぐに埋められたが、桜の方はアレルギーなどを詳しく聞いていなかったことに今さながら気が付く。


「桜は、何か食べたらいけない物とかママに聞いてなかったか?」

「うーん、よくわかんない」

「そっか……」


 まぁ、5歳の子供だとそんなもんだよな。


 分からない部分は分からないと提出するしかないか。

 これだと母子手帳を捨てられていたのは痛いな。

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