第2話 田舎の実家とホットケーキ

 ――妹の娘の【月山桜】を引き取って3週間。

 現在、俺は住んでいた都会から、車で移動すること3時間の山間の村の田んぼの中のあぜ道を走っていた。


 


 エアコンのフロンガスを補充した俺が運転するワゴンアールは、冷房はバッチリと効いている。

 もちろん引っ越し用の荷物も積んである。


 ちなみに引っ越しと言っても、タンスなどは母親が生きていた当時に使っていた物を利用する予定だから、とくに家具については問題ない。

 大きめの引っ越しの物品については後日、引越センターの車が届けてくれることになっている。


「……おじちゃん」


 運転をしていると、後部座席のチャイルドシートに座っていた姪っ子の桜が話しかけてきた。


「おじさんじゃなくて。お兄さんな」


 とりあえず、俺は訂正しておくことを忘れない。

 今年で41歳になると言っても、俺はまだ結婚をしていないのだ。

 体はおじさんかも知れないが、切実に! 心はお兄さんでいたい!


「あれって……、なに?」

「――ん?」


 両側が田んぼのあぜ道でブレーキを踏む。

 車を停めてから、姪っ子が指さした方を見る。


「あれは、トンボだよ」

「とんぼ?」

「空を飛ぶ生物だな」

「へー、とりさんとどうちがうの?」

「種族が違うだけだよ」

「へー」


 興味津々と言った目で、桜がトンボを見ている。

 やっぱり都会と田舎は違うからな。

 いろいろと知らないモノがいたりするし……。


 人口300人ほどの結城村では真夏の昼間で働いている人間は殆どいない。

 おかげでトラクターや軽トラとすれ違うことはまったくなく、スムーズに空き家となっていた実家に到着することが出来た。

 実家は平屋建ての4LDK。


 俺は、先に駐車してある業者の車に気を付けながら車をバックで止める。


「五郎」


 リフォーム業者の踝(くるぶし)が、俺の車のエンジン音に気が付いたのか家から出てくる。

 彼は、リフォーム踝というリフォーム会社の社長。


 桜を引き取った翌日。

 実家を見に来た時に、放置され荒れていた事を確認した俺は実家のリフォームをお願いしたのである。


「踝さん、おひさしぶりです。どうでしたか? 以前、一緒に見て回った時に作った見積もりよりも掛かっていますか?」

「そのへんは大丈夫だな。いま、配管チェックも済んだが特に錆びているところもなかったぞ? とりあえず畳は入れ直した。 それと水洗トイレの設置もできたぞ?」

「それはよかった」


 最新の水洗トイレを設置したのは、インターネットで調べた結果、子供を持つ母親がアドバイスをしてくれたおかげだ。

 もちろん、6歳になるまでチャイルドシートを使わないと違反になるからとも指摘は受けた。


「中を見てもいいですか?」

「もちろんだ」

「その前に――」


 後部座席のドアを開けてチャイルドシートに乗っている姪っ子のシートベルトを緩めると車から降ろす。


「そちらが恵子ちゃんの子供か?」

「そうですね」


 踝という男性に俺は苦笑いで返す。

 彼は、年齢は50歳を超えているから俺よりも10歳ほど年配で、俺や妹にとっては近くのお兄さんという感じだった。


「そうか……、時が流れるのは早いな。まあ、何かあったらすぐに言ってくれ! 金はもらうけどな」

「そこは割引にするか無料にするかにしてくださいよ」

「仕事だから、それは無理だ」

「ですよね……、それで商店の方はどうですか?」

「そうだな。一応、外からシャッターを開けて中を見てみたが不自然なくらい綺麗だったぞ。電気系統も特に問題なかったし、すぐにでも雑貨店として始められそうだ。まあ、お前が村に戻ってきて村の年寄共も喜んでいるからな! しかも、子供も連れてな――。子供は国の宝だから何かあれば村の暇な年寄共が世話をしてくるだろうさ」


 そういうと踝が俺の肩を軽く叩いてくる。


「そうですか。それでは、寄り合いに顔を出した方がいいですね」

「まぁ無理に出なくても何も言わないさ、どうしても来るなら、そっちの――」

「桜です。 月山桜」

「おお、桜ちゃんを一緒に連れてくれば年寄共からはアイドルとして扱われると思うぞ」


 村でのアイドルとは一体……。


 疑問に思いつつ家の中を、姪っ子の桜と踝の3人で一緒に見て回る。

 

 家の中は――、4LDKの内、3部屋は和室で構成されている。

 最後の一部屋は洋室。

 洋室は妹の恵子が使っていた部屋。


 壁紙は、ピンク色の花柄。

 妹が使っていた勉強机やベッドがそのまま置かれていて、新しい布団がベッドの上に敷かれている。


「布団も敷いてくれたんですか」

「ちょうど今日の作業中に、配達業者が来たからな。うちの若い者にやらせたが大丈夫か?」

「ありがとうございます」

「それと鍵のほうもつけておいたぞ」

「鍵?」


 田舎には鍵などなかったはずだが……。

 そもそも俺は家に鍵をかける習慣すら田舎で育ったから無いからな。


「そうだ。お前だけなら、どうでもいいんだが……、さすがに小さい子供がいたら何かあったら困るだろう? 俺からのサービスで鍵はつけておいたぞ」


 俺の扱いがぞんざいだな。


「ほら! これ鍵な。あと風呂場も、シャワーつけておいたから」

「し、シャワー!? こんな田舎の家に!?」

「まあ、年寄共がシャワーを付けてやれ! と、煩かったからな」

「そ、そうですか……」


 またずいぶんとハイカラな物を……。

 とりあえず風呂場を見ておくとするか。

 脱衣場の扉を開けると――、そこには見慣れないものが……。


 脱衣場に入り風呂場へ入るための扉を開ける。


「ユニットバスですか!?」

「ああ、村長がな。商店をしてくれるなら、このくらいの投資は安いもんじゃ! とか言ってな――」

「そうですか……」


 もはや「そうですか……」という言葉しか出てこない。

 さすが、俺のことを村人全員が知っている過疎村なだけはある……のか?

 一人、突っ込みを入れていると。

 

 ――トルルルル


「はい、こちらリフォーム踝ですが……、はい、はい、わかりました」

「五郎、今日は引っ越ししてきた祝いを寄り合い所の連中がやりたいらしいがどうする?」

「一応、顔だけ出します」


 これから、面倒を掛けるかもしれないのだ。

 顔を出しておいた方がいいだろう。

 まぁ正直、俺の子供の頃を知っている人たちに会いにいくのは気が進まないんだが……。


 姪っ子のためだ。

 頑張るとしよう。


「そうか。それがいいな」

「まあ、気乗りはしませんけど」

「そういうな。子供が少ないんだから年寄連中も村が少しでも明るくなればと思っているんだからさ」


 踝が、そう言いながら俺の背中を叩いてくる。


「それじゃ、また何かあったら電話してくれよ」

「はい」

「あと支払いはなるべく早くに頼む」

「分かっています」


 踝から鍵を預かる。


「それじゃな。またあとでな」


 それだけ言うと踝が家から出ていった。

 さて、俺もやる事をやらないとな。


「桜、車から荷物を下ろすんだけど手伝ってくれるか?」

「……うん」


 相変わらず口数は少ない。

 それでも、3週間前よりは応答してくれるようになった。

 引き取った10日間なんかは、頷くだけだったし。


「そうか! えらいな」


 俺は、車から1メートルを超えるクマのぬいぐるみを取り出すと、姪っ子に渡す。

 何故、ぬいぐるみが必要なのか俺には分からなかったがネットのママ友掲示板で相談した所、女の子にはぬいぐるみが必要! と指示を受けて買った。

 桜は両手でしっかりと抱きしめて頬ずりしている。

 購入したのは、強ち間違ってはいないだろう。


「それじゃ部屋までもっていってくれるか?」

「……うん」


 てくてくと、ぬいぐるみを抱きかかえたまま姪っ子は家の中に入っていく。

 俺は、後ろ姿を見送ったあと食器などが入った段ボールを抱え台所に向かう。

 台所で段ボールを下ろしたあと、車に戻り子供用の衣類が大量に入った段ボール箱を2つ抱えると姪っ子の部屋に行く。

 部屋に入ると、どうやら長時間の移動で疲れたのかベッドの上でクマのぬいぐるみを抱きしめながら姪っ子が寝ていた。


「まぁ、疲れるよな」


 一人納得しながら、俺は段ボール箱を開けて子供用の衣類を取り出す。

 それにしても、子供服というのはとても高い。

 一式買ったら、かなりの金額になってしまった。

 ワンピースとか、ほとんど布なのに5000円とかしている。


 俺の服とかジーパン1000円、ワイシャツ500円なのに・・・・・・。


 まぁ、子供服は量販が効かないらしいから高いのは普通だとママ友掲示板で言われたからな。

 姪っ子の服を妹が使っていたタンスの中に入れていく。

 

「さて――、こんなもんか」


 部屋から出ようとしたところで、ベッドで寝ていた姪っ子が「おかあさん……、おかあさん……」と、うなされている。

 やはり、母親がいないのはストレスが大きいのだろう。

 俺は、寝ている姪っ子の頭を撫でる。

 何度か撫でていると、険しい表情がやわらいでいく。


 どうやら、もう大丈夫なようだな。


 車に戻り、数日分の食材が入った段ボール箱を下ろし台所へ。

 俺の服が入ったアタッシュケースは和室の自分の部屋にそれぞれもっていく。


「まあ、こんなもんか……」


 全ての荷物を置いたあと、時刻を見ると午後3時を指している。


「おじちゃん……」


 姪っ子が目を擦りながら、眠そうな目で俺に話かけてきた。

 どうやら目を覚ましたようだな。


「どうかしたのか?」

「…………なんでもない」


 迷ったあげく姪っ子は首を横に振るが、それと同時に、姪っ子のお腹が「くーっ」と可愛い音で空腹を訴えてきた。


「ごめんなさい」

「大丈夫だ。ホットケーキでも作るか! 食べるか?」

「……うん」

 

 もう少しハッキリと言ってくれた方が俺としては楽なんだが……。

 やはり色々と姪っ子にもあったからな。

 少しずつ歩幅を歩み寄せていくとしよう。

 冷蔵庫に入れてあったホットケーキの素を取り出し、袋の後ろを見ながら作る。

 1枚目のホットケーキが焼きあがった。

 続いて2枚目、3枚目、4枚目、5枚目、10枚目と焼いていく。


 あとは、焼いたホットケーキをお皿の上に重ねてメープルシロップとバターを乗せて完成だ。

 うむ、我ながら動画サイトで30時間かけて勉強しただけのことはある。

 ほんの少しだけ焦げてしまったが、そこは愛嬌というものだろう。


「おやつにするぞ」


 ホットケーキを乗せた二つのお皿を持って居間に向かう。

 テーブルの上に、5枚づつ乗せたホットケーキの皿を載せたあと、台所に戻り冷蔵庫からオレンジジュースとコップを二つ取り居間に戻る。

 それぞれのコップにオレンジジュースを注いだあと。


「いただきます」

「いただきます」


 二人で、ホットケーキを食べる。

 10回目のホットケーキ作成で、なかなか様になってきた感がある。

 ただ一つ課題がまだあった。

 生焼けの部分が少しある。

 今後の改善提案として何とかするとしよう。



 

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