田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫

第1話 会社をクビになりました。

 6月に入ったばかりと言うのに、工場の中は茹だるような暑さであった。


「月山(つきやま)くん! 工場長が呼んでいるぞ!」


 汗を掻きながらプラスチック製品を加工する機械の電気配線をしていたところで、チームリーダーである時臣(ときおみ)が話しかけてきた。

 

「工場長が?」

「ああ、すぐに来てほしいそうだ」


 工場長が、派遣社員を呼ぶことは滅多にない。

 

「わかりました。それで、送電ケーブルの配線とシーケンス制御の基盤設置ですが……」

「分かっている。他の者にやらせるから。すぐに行ってくれ」


 余程のことなのだろう。

 説明する前に、向かうように再度伝えてくるということは。




 ――日本でも有数の工場機械を作る住春重工の本社ビル。

 その中に設けられた事務所内に足を踏み入れると外とは別世界なほど涼しい。


「どうかしましたか?」


 20代の女性事務員が椅子から立ち上がると話しかけてくる。


「月山と言います。恵比寿工場長に呼ばれたのですが……」

「少々お待ちください」


 話は通っていたのだろう。

 すぐに工場長の部屋に通される。

 部屋の中には小さな5歳くらいの女の子と、俺と同年代と思わしき40代と思われる女性が椅子に座っていた。


「あの、工場長。これは一体?」

「とりあえず座りたまえ」

「はい」


 工場長に勧められるまま女性と子供たちの対面のソファーに座ると、工場長は俺の隣のソファーに座った。


「月山くん。じつはね――、彼女は君の妹さんの友達らしい」

「友達?」

 

 いきなりの言葉に戸惑う。

 俺の妹は、東京に就職に出たきり一度も田舎の実家には帰って来ていない。

 連絡も一切寄越してこない。

 20年前に、両親の反対を押し切り東京に出ていったから仕方ないと思うが……。


「あの――。わたし、こういうものです」


 手渡された名刺を見る。

 そこには、灰原 雪と名前が書かれており――、職業は保育士と書かれていた。


「灰原(はいばら) 雪(ゆき)と言います。月山(つきやま) 恵子(けいこ)さんとは同じ職場で働いていました」

「なるほど、つまり妹も保育士だったと?」

「はい」

 

 俺の言葉に彼女は答えてくる。


「それで、どうして妹の友達が、私を訪ねてきたのですか?」

「じつは――。貴方の妹さんの月山恵子さんは海外の飛行機事故で行方不明になってしまったの。それで、実はお願いがあってきました」

「お願いですか?」


 いまいち、話の要領がつかめない。

 そもそも保育士で、どうして飛行機事故に遭う?


「あの保育士ですよね? どうして飛行機に?」

「仕事でとしか聞いていません……」


 つまり彼女も、妹が飛行機に乗った理由は仕事としか知らされていなかったと。


「でも、それなら電話だけで良かったのでは?」

「実は――、電話だけではどうにもならないことがあって……」

「どうにもならないとは?」

「はい。実は……」


 灰原さんの視線が、女の子に向かう。

 ツインテールの5歳くらいの女の子が、どうかしたのだろうか?


「――あなたの妹さんの子供なの」

「…………え?」


 一瞬、理解するのに時間を要した。


「この子ね……、色々とあって……、引き取り手があなたしかいないの」

「色々とは?」

「そもそも子供が出来るということは、父方の両親は健在なのでは?」

「それが……」


 彼女は、言葉を詰まらせる。


「何か言い難い事ということですか?」

「はい」

「申し訳ないが、細かい事情をまず聞かせて貰わないと、こちらも対処のしようがないのですが……」

「ええ――、そうね……」


 灰原の話しぶりから、あまりいい事ではないというのは何となくだが察することは出来るが――、人間はペットではないのだ。

 両親が居て家庭がある。

 両親には、それぞれ親がいる。

 だから、簡単に面倒を見られると決められるほど簡単なことではない。

 それに正直言うと、俺の仕事は派遣で工場に勤めている手前、給料も安定していない。

 手取りだって、一人で暮らしていく分でギリギリだ。

 そんな状態で子供を養うのは難しい。


「月山君」

「とりあえず場所を変えてみたらどうかね? ここだと小さな子も萎縮してしまうだろうし」

「そう……ですね……。灰原さん、このあとお時間などありますか?」

「はい」

「それでは、私は仕事の残りを片付けてきますので、そのあとに工場の正門前で待ち合わせをしませんか?」

「わかりました」


 話が一段落着いたところで俺は、工場長の部屋から出た。


 ――1時間後。


 作業を終わらせて工場から出たあと着替えて正門前に向かう。

 やはり外は暑い。

 住春重工のゲートから出たところで、木陰で休んでいる白のワンピースの女性と姪っ子の姿が目に入る。 


「灰原さん、お待たせしました」

「いえ、1時間くらいしか待っていませんので――」


 話し方に棘があるな。

 そういえば、どのくらいで待ち合わせるかを言っていなかった。

 しかたない、ここは機嫌を取っておくとしよう。


「二人とも、甘いものは好きですか?」

「甘いものですか? それってユニティク地下デパートに新しく出来たスイーツ店の?」

「……あまいもの」


 姪っ子が、小さく小声で呟くとコクコクと頷く。

 あまりしゃべらない子なのか?


 どちらにしても二人とも甘いものが好きなようで安心だ。

 ただ一つ気がかりなのが――、超高級セレブ御用達のユニティクデパートを灰原が指名してきたことだ。

 まぁ、俺の勘違いだろう。

 安月給の俺にブランド洋品店が沢山入っているデパートをご指名とか普通に考えたらありえないからな。

 近くのファミレスで季節のパフェとお子様ランチプレートでも奢れば問題ないはずだ。


「それじゃ、近くにフェニーズがあるので……、そこで甘いものでも――」

「落としてから上げて落とす……、こんな暑い日差しの中で1時間も待ったのに……」


 突然来て、何を言っているのか。

 まぁ時間指定しなかった俺も悪いからな。

 痛い出費だが――、仕方ない。


「それでは車を持ってきます」

「はい!」


 デパートの地下に到着後、スイーツの店に向かう。

 俺と姪っ子と灰原の3人で入店すると席に通されメニュー表を店員から渡される。

 そして、俺はコーヒーを、灰原と姪っ子はいくつかのケーキを注文し――、姪っ子がケーキを食べ始めたのを見計らって俺から話しかけることにする。


「灰原さん。まずは姪っ子ですが――、あの時は名前を聞いていなかったのですが……」

「この子は、月山 桜(さくら)。今年で幼稚園を卒園するはずだったの」

「だった?」

「ええ、この子のお母さんが行方不明になってから半年経っているの。それで施設に入っていたんだけど……」

「施設に? ということは父親方の両親は――」

「健在だけど……、面倒は、見られないということで施設に入れられたの」

「そうでしたか……」

「それに、桜ちゃんは父親方の両親からは育児放棄されていたらしくて……、だから半ば……ね」

「なるほど……、それで自分の所に話を持ってきたと?」

「ええ、興信所を使って時間はかかったけど……」


 彼女の言葉に少しだけ引っ掛かりを覚える。


「一つ、聞きたいのですが」

「なんでしょうか?」

「どうして桜を施設から引き取ってまで俺を探していたんですか?」

「……それは、桜ちゃんは施設で孤立していて――」


 孤立? その言葉には色々とニュアンスが含まれるが、あまり良い物ではないだろう。

 彼女の表情が、それを物語っている。

  

「虐待か虐めですか?」


 彼女は静かに頷く。

 そんな彼女の表情を見ながら(……だろうな)と、心の中で呟きつつ姪っ子である桜へ視線を向ける。


 正直、俺に姪っ子を引き取って養育できる甲斐性があるとは思えないが。

 すでに両親も他界して祖父も祖母もいない。

 唯一、血が繋がっている姪っ子を――、施設に預けておくわけにはな。


「分かりました。俺で良ければ引き取りましょう」

「よかったです。それでは、月山 桜ちゃんをお願いします」


 話が一段落したところで、ケーキを食べ――、高い支払いをしてから店を出る。


「それでは、失礼します」


 頭を下げて灰原が電車に乗るのか足早に去っていった。

 

「桜、それじゃ帰るか」

「……うん」


 姪っ子の桜を連れて帰ろうとしたところで携帯電話が鳴る。


「月山さんの携帯電話でお間違いないでしょうか?」

「内藤さんですか? どうかしましたか?」

「ええ、じつは――、来月の仕事の更新が出来なくなりました。製品の受注が減ってしまいラインを減らすためです。本当に申し訳ありません」

「つまり、来月から仕事がないと?」

「はい……、一応は別の仕事を探してみますが……」

「分かりました。なるべく、よろしくお願いします」


 まずいな……。


 姪っ子が一緒に住まうとなると色々と小物や服も必要になるだろう。

 それなのに失業――。

 男一人の時よりも出費が多くなるのは容易に想像ができるというのに困った。

 削れるところは削らなければいけないが、俺の住んでいるアパートは1DKでも7万円ほどしている。

 

「家賃も安いところにしないと……」


 出来れば家賃が限りなく0円の物件があればいい。

 

「そんな物件……」


 そこまで考えたところで――、超絶過疎地の誰も住んでいない空き家の実家を思い出す。

 他界した母親が管理していたもので、すでに数年経過しており放置してあるが、もしかしたら住むことは出来るかもしれない。

 それに、父親が経営していた雑貨店があったはずだ。

 田舎には店は無かったし、もしかしたら店を開けば多少は客が来てくれるかもしれない。


「店をやれば……、もしかしたら食い扶持くらいは稼げるかもしれないな」


 問題は、どこまで建物が傷んでいるかだが……。

 一度、見にいかないと何とも言えない。


「一回、田舎に帰ってみるとするか」



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