第9話 貞美の秘密
「神谷、知り合いなのか?」
担任の声で我に戻る。担任だけでなく、ほとんどのクラスメイトが経流時を見ていた。
「えっとー、その―……」
「経流時君は私の彼氏ですよ」
経流時が言葉を詰まらせると、貞美が元気よく言った。
「は?」
教室内の30人がほぼ同時に、険の籠った声を漏らした。
「お、おう、そうかそうか。なら席は神谷の隣でいいな」
担任が咳払いをして言った。
すると気を利かせた生徒が、経流時の隣に予備の机を置いた。
そして経流時を睨むと「お幸せに」と呟いた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「本当に貞美なの?」
「そうですよ?」
隣に座る貞美に問いかけた。
対して、キョトンとした表情を見せる貞美。
彼女の姿は、経流時の良く知るそれとはだいぶ違っていた。
まずは顔だ。普段は長い黒髪で隠されており、食事を口にする時すら見えない表情が、今は露になっている。それも超かわいい。
そして声。普段は声を出すことがなく、常備のお絵かき帳やホワイトボードに文字を書いてコミュニケーションを諮る。しかし今は普通に話している。それも超かわいい。
最後に服。真っ白なワンピース以外の姿を見たことがなかったが、なんと制服を着ている。アニメキャラだったら「尊い」と言葉を漏らしていただろう。相変わらず皴一つなく塵すら寄せ付けない清潔さが、貞美の清楚な姿を余計に引き立てている。
「尊い」
遂に、経流時の口からオタク用語が発せられた。
「おい経流時!」
叫びながら全力疾走で僕の元へやってくる甲樹。何故か息を切らしている。
「ずるいぞ!!」
そう言って僕の頬を抓った。
「なんでこんな可愛い子と!? なんで紹介してくれなかった!? なんでだよ!!」
必死な表情で叫ぶ甲樹。助けを求めようと貞美を見るが、
「仲がいいですね」
と笑顔で眺めているだけだった。
「あ、申し遅れました! 私甲樹というものです! 気軽にお声をおかけください! いつでも乗り換えOKですので!!」
経流時の頬から手を離し、背筋を伸ばして貞美に声をかける甲樹。指でOKサインを作りながら笑顔で言った。そんな下心丸見えな発言に対して、貞美は「こちらこそよろしくお願いします!」と、こちらもまた笑顔で対応した。
カチカチカチ……
そんな二人のやり取りを見ていると、どこかからカッターナイフの刃を出すような音を聞いた。心臓を掴まれたような感覚に陥る経流時。不意に振り向くとそこには――
「えへへ」
不気味な笑みを浮かべながら、筆箱に手を入れる椙屡の姿があった。何度も何度も刃の出し入れを繰り返しては、経流時を見て笑顔を見せるのであった。本物の殺意を感じた気がした。経流時は身震いした。
「貞美ちゃ~ん」
一人のクラスメイトが貞美に寄ってきた。それを初めとして、貞美は大勢の女子に囲まれた。貞美は人当たりが良いようで、あっという間にクラスの輪の中心になってしまった。そのコミュ力を少し分けてほしいくらいだ。
「お前、どうやってあんな可愛い子手に入れたんだ?」
一方で、僕も大勢の男子に囲まれていた。そしてまた、あれやこれやと質問攻めにあった。関係の始まりを聞かれた時にはどう答えようか迷った。しかし先週に遠距離恋愛だと話してしまったので、それを突き通すことにした。この話は貞美にもしてあるから、きっと彼女も話を合わせてくれるだろう。
経流時が貞美の会話を聞いてみると
「どうやって付き合うことになったの?」
「私が経流時君のところを訪れた時、いきなり告白されたんです」
「キャー!!」
と、恥ずかしいことこの上ないが、不自然のないように話しているようだった。胸を撫で下ろして安心する経流時。貞美は天然が入っているので少し不安だったのだ。
「よし席に着け」
一時間目担当の先生が号令をかける。
高校生活で最も長い朝の準備時間が幕を閉じた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
午前中の授業も一段落が付き、お昼の時間になった。普段なら椙屡と昼食を取るのだが、誘える雰囲気ではなかった。
――あいつあんな感じだったかな?
普段の彼はもう少し明るくて、決して憎悪の宿った目などしていない。そして、スマホを取り出し、例のアプリをニヤけながら見ていた。やっぱいつも通りだ、と経流時はそれについて考えるのを止めた。
「美味しい?」
というわけで、貞美と食べることになった。隣の席なので机をくっ付けて、向かい合って食べている。クラスメイト達は気を遣ってくれたようで、話しかけてくる人はいなかった。ただ甲樹はずっとこちらを見ていた。
「うん。美味しいよ」
そう返すと、貞美は嬉しそうな表情を見せた。
そう、この表情だ。経流時が見たくて仕方がなかった笑顔が、今は見放題である。
幸せを噛み絞めながら、貞美を見つめる。彼女も美味しそうにお弁当を食べている。
午前中の授業を通して、貞美に関して分かったことが幾つかある。まずお勉強が余り得意じゃないこと。貞美が死んだのは今から20年前だという。16歳の時にある事件に巻き込まれて命を落としたそうだ。
20年も経てば教育内容はガラッと変わる。貞美は基礎知識がない分、理解に時間がかかるようだった。しかし、経流時に分からないところを的確に分かりやすく伝える分、地頭は良いようだ。
それと英語の発音がめちゃくちゃ良かった。曰く、外人さんを怖がらせる時に必須だという。
一方で分からないこともあった。
「その姿どうしたの?」
率直に聞いてみた。その姿になれるなら、普段もその状態でいればいいのにと気になったからだ。
「貯金を使いました」
「貯金って言うと?」
「モネです」
貞美は丁寧に教えてくれた。モネは怨霊の成分であり、実体を保つための栄養のようなものである。大量に消費すれば普通の人間のように姿を変えることもできるそうだ。
ただ通常の3倍ほどモネを消費するので、いくら貯金があっても普段から使うのは避けたいという。モネを大量に使う日が近頃来そうだとも言った。
気になる発言があったが、取り敢えず納得はした。
話を止めておかずを口に入れる。やはり美味い。
が、経流時は気になった。聞いてはいけないような気もした。しかし、勇気を出して聞いた。
「その、モネを大量に使う日というと?」
その言葉に、貞美の表情が暗くなった。瞬時、周囲が暗くなり、風景がピタッと止まる。まるで、時間が止まったかのように。
「近いんです」
貞美の口元が少し動く。彼女の雰囲気に、経流時は唾を飲んだ。
「近いんです……師匠の復活が」
その言葉と伴に、風景が動き出す。活気を取り戻したクラスの騒音が、やけに耳に響く。僕はただ、黙ることしかできなかった。
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