第7話 貞美さんのお仕事

 土曜日の朝、経流時はソファに座りながら、珈琲を一杯拵えて飲んでいた。

「相手を知ることかが大切」という甲樹のアドバイスに従い、土日の期間は、できるだけ貞美と一緒にいることにした。目の前では貞美が新聞を開いている。どうやら世物に興味を持ったようだ。

経流時は貞美の方へ回って新聞を覗き、そして顔を顰めた。貞美が見ている記事は殺人事件や死亡事故ばかりであった。


「なんか気になることでもあった?」


 不思議そうな顔をして経流時は尋ねた。経流時自身、大事故に巻き込まれた経験があり、目の前で両親を亡くしている。それから無責任にニュースで取り上げられる人身事故や殺人事件等を不快に思うようになった。だから、それに関連する記事ばかりに目を通す貞美が、余計に気になったのだ。


『はい。一人現役を引退したので、新しい子を弟子に取ろうと思って』


 経流時は再び不思議そうな顔をした。言葉足らずで話が上手く繋がらない。

 現役とは? 引退とは? 弟子とは?

 経流時の頭に幾つもの疑問が浮かぶ。もう少し教えてほしいと、両手を合わせて頼んだ。


 貞美は経流時の質問に対して、具に答えた。

 経流時はその話を聞き終えた後に驚くことになった。まさか、怨霊の世界がそんな風に成り立っているとは考えもしなかったのだ。


 曰く、怨霊の成分は人間の恐怖である。そのため怨霊は人間を驚かし、そして恐怖を喰らう。この恐怖の成分を怨霊界では【モネ】というらしい。そのモネが不足すると、怨霊の魂は死後3年で成仏してしまうという。一人驚かせると、個体差はあるが平均して3週間分のモネを獲得できるとか。またモネは蓄積可能で、つまりは10回連続で驚かせば、30週間、約200日も持つらしい。

つまり、怨霊たちは現世に魂を留めさせる為に、人を恐怖させるということになる。


「それが引退と弟子とどう結びつくの?」


 経流時が首を傾げて尋ねた。


 曰く、引退とは、怨霊を止めることで、弟子を取るとは、出来立てほやほやの怨霊志願者に、怨霊のイロハを教えることだと言う。


 貞美は話を続ける。

 貞美自身、今から6年程前に、ある事件が起こった後に怨霊を引退したという。彼女は、呪いの媒体であるビデオが使われなくなったからだ、と話した。妙に引退について話を逸らそうとする貞美の様子に、経流時は不審感を抱いたが、先を促した。


「ブルーレイとかに乗り換えれば?」


 と尋ねる経流時。貞美は首を横に振った。


『怨霊はアイデンティティが大切なんです!』


 どこから持ってきたのか、大きめのホワイトボードを引っ張ってきて、そこに太文字で書いた。


『私のアイデンティティは【呪いのビデオ】です。これは譲ることのできない個性です』


 文字の末部に『師匠の教え!!』と太文字で付け足した。経流時は先日見た【怨霊の心得6条】を思い出した。そういえばそんな事も書いてあったなと、頷いて見せる。


 そこで経流時は、次に師匠というワードについて尋ねた。


 曰く、

『私みたいな怨霊を止めた霊も、現世に留まるためにモネを取り入れなければなりません。そこで重要なのは弟子を取ること。立派な怨霊に育て上がった弟子怨霊は、師匠に獲得モネの20%を献上しなければならないのです!』

 とのことだ


 急にリアルな話だなあと呟く経流時。しかし良くできた仕組みだと感心した。


 引退怨霊は大体10人前後の弟子を取るそうで、弟子側からの申し出がない限り、正式な弟子にすることはできない。勧誘は厳禁というのがその世界のルールだそうだ。

 あくまで本人の意志を尊重を大切にするということだ。それに加えて怨霊たちが将来、多くの弟子に囲まれるために、現役のうちに成果を上げさせる触媒になる。


 経流時の次なる疑問はその数だ。一人の引退怨霊につき、10人の弟子を取るという。それだと、怨霊が益々増えていく計算になる。そっちの世界の人口問題はどうなっているのか、と尋ねた。


 貞美は首を振った。そしてどこか誇らしげに答えた。


 曰く、引退を表明するまで現世に残れる怨霊は数少ないそうだ。怨霊のほとんどが除霊されたり、モネ不足で消滅したり、また引退しても現役時代に結果を残せず、弟子を取れなかったりするそうだ。


 そっちの世界も大変だなあと経流時は感心した。


 つまり、貞美が新聞を読んでいたのは以下の理由だ。

 貞美の弟子が一人怨霊を止めた。すると、貞美も元へ入ってくるモネの量が減る。そこで、新たに死の世界へ迎えられた者を、弟子として受け容れる。勧誘もできないのにその情報を調べているのは、魂が自分のもとを訪れた時、知っていた方が喜んでもらえるからだという。


「ところで、貞美はどのくらい弟子がいるの?」


 経流時が興味本位で尋ねてみた。


『うーん。大体200人くらいでしょうか』


 ……まじか


 更に続いた貞美の発言、『トイレの花子は私が育てた』に、経流時何故か尊敬の眼差しを向けた。


 どうやら貞美は相当名の知れた怨霊のようだ。




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