第6話 お色気シーン??
「ただいま」
数年ぶりに、挨拶をして玄関を開ける経流時。その表情にはいつも以上に疲労が見られた。
椙屡によって暴露されたお弁当の中身。それを聞きつけて盛り上がるクラスメイト達。経流時はその後、彼らから質問攻めにあった。
恋人は何歳なのか、どこの高校なのか等、何故か交際していること前提に尋ねるクラスメイトに、会話慣れしていない経流時は疲労困憊だった。貞美のことを正直に答えるわけにもいかないので、この街に引っ越す前の元カノが久しぶりに遊びに来た、ということにした。
その後、遠距離恋愛だから寂しくないのか、どのくらいの期間なのか、流石にAはやったか、いやいやCに決まっているだろう等のドストレートな質問に、経流時は困りながらも丁寧に返答した。
最後には数少ない友人たちから裏切り者扱いされ、乏しく一人で帰ってきたのである。
玄関では、貞美が待っていた。
『お帰りなさいあなた♡ お風呂にしますか? ご飯にしますか? それともわ・た・し?』
と、よくあるおしどり夫婦のやり取りを繰り出す。
経流時は苦笑交じりに「じゃあお風呂で」と返答する。少し残念そうにする貞美であったが、『夜まで我慢ですね』とあざといポーズをした。
経流時は直ぐに風呂場へ向かう。風呂蓋を開けると、既に湯船が出来上がっていた。普段はシャワーで済ませてしまう経流時は、久しく長風呂を堪能した。人畜無害、安居楽業をモットーとする彼が、ここまで疲れを感じたのも久しかった。普段は注目を浴びないように、ひっそりと過ごすことが多い。文化祭の時や体育祭の時も、浮世離れを心掛けていた。そのため会話を交わす人は限られていた。クラスメイトと交流を持ったのも、今日が初めてだったかもしれない。
「よくもまあ、あんなにグイグイ来るよなぁ」と逆に感心する経流時。自分は上手く返答できただろうかと心配する一方で、喜びも感じていた。
『経流時君にお友達がいっぱい出来て嬉しいです!』
経流時の独り言を聞いて、満面の笑み(雰囲気)を浮べながら、貞美は喜びを落書き帳に書き上げた。
念のため一度確認する。ここは
「なんで入ってきたんだ!」
空かさずツッコミを入れる経流時。驚きのあまり体を滑らせ、頭までお湯に浸かった。水面に出来た大きな波が、勢いよく溢れ出す。
『お背中流しますよ?』
経流時が取り乱す中、貞美はいつも通り冷静に尋ねた。
「いいよ濡れるし!!」
必死に叫ぶ。動揺のあまり、下を手で隠しながら、何故か上まで腕で覆っていた。
『濡れないので大丈夫ですよ! もし心配なら脱ぎますが……』
仕方ないといって服に指をかける貞美。それを羞恥を忘れた経流時が止めにかかる。両腕を掴み、壁に押し付けるその様子は、傍から見れば襲っているようにしか見えない。おまけに経流時は全裸である。それに気づいた貞美は恍惚なポーズを見せ、一物が丸見えの経流時は再びそれを手で覆い身悶えた。
この時、経流時のそれが出陣形態を取っていたのはまた別な話である。
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忙しい入浴を終え、二人は食事を摂った。言うまでもないが、これまたハイクオリティな料理がズラリと並んでいる。
『というわけで、私は不安なのです』
そんな絶品に囲まれながら、貞美がお絵かき帳を掲げ、経流時に主張を投げつけていた。
「それはない。絶対にないから」
対して、心配ご無用と強く主張する経流時。「100%の確率でない」と言い付け加えた。
貞美の主張、それは――
『経流時君にお友達ができるのはいいことなのですが、異性関係が気になります』
というものだ。
経流時は産まれてこの方18年、交際期間ゼロ、恋愛経験ゼロの人生を謳歌してきた。一日話しただけで好きになる程の魅力はないし、外見も並々である。顔つきが幼いため年上女性からの受けはいいが、交際視野の関係になったことはない。少し関わっただけで、その心配は無用だと、経流時ははっきりと告げる。
彼自身が、それについて一番分かっている。
『ということで、私も月曜日から学校へ行きます!』
経流時の言葉を無視して、貞美は太字でそう書いた。
この発言に経流時は箸を止める。自分は難聴でも拗らしたのかと不安になったが、何せ文字を見ながら会話をしているのだ。それなら眼科だなと、半ば現実逃避気味に呟いた。
「……へ?」
そうして、遅れてやってくる意味の理解。経流時の箸が、手元からスルりと零れ落ちる。経流時は今日2度目のフリーズを体験した。
「……なんやて?」
暫しの沈黙の後に、我を取り戻した経流時が、何故か関西弁で尋ねたのであった。
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