第3話 返事
両者は沈黙を余儀なくされた。故に、部屋に静粛が
経流時は目をギュッと瞑った。怖かったのだ。それは怨霊の存在にというよりも、 告白の返答が。
鼓動が煩い。耳が熱い。胸が苦しい。
時間が停止したような感覚に耐えきれず、少しだけ瞼を開いた。光が久しく感じる。しかし怨霊の姿はなかった。
今にも爆ぜそうだった心臓の高鳴りが、一気に治まる。
「助かったのか?」
経流時は安堵に胸を撫で下ろした。しかしそう思う一方で、経流時の心には強い悲しみが込み上げていた。
初めての告白が失敗に終わった。いくら怨霊だからといっても無反応は悲しい。
まるで、「興味がない」と暗に示すようになされた無言退場。何かしらの返事は欲しかった。例えそれが呪殺という形でも、経流時は満足したかもしれない。それ程の充実感があった。
――いや、待てよ……
突然、経流時の背筋に戦慄が駆け抜けた。今度は恐怖に心臓が再び高鳴る。思い出してしまったのだ。
「これ、後ろ向いたらいるやつか?」
震えた声で呟いた。
ホラー作品のテンプレ、助かったと安堵したところで背後にいる展開。
生憎、経流時はフラグとなる
経流時は振り返るのを渋った。このまま知らん振りしてベッドに潜る選択肢もある。
しかし気になって仕方がない。ホラードラマ等を見る際、背後を振り向く主役に、いつも苛立ちを感じていた経流時であったが、今ではその気持ちが痛いくらい分かった。
そして為された結論は、「ゆっくり振り向くのが悪い。パパッと見れば大丈夫」というものだった。
思い立ったが吉日。経流時は素早く後ろを振り向いた。しかし怨霊の姿はない。しかし、まだ油断は禁物だ。再び素早く前を向いた。すると、変わらない風景が経流時を向かえ入れた。
経流時は深い溜息を吐いた。
――なんだ……
緊張が解れ、肩の力が抜けると、疲れが込み上げてきた。どこか残念に思う心情が浮かんでいた。まるで、落ちのないホラー作品を見た感覚だった。
掛け時計を見ると、0時を周りそうであった。
経流時は早く寝てしまおうと、急いで風呂場へ向かおうとした。そして、ある違和感を覚えた。
「どうしてTVが付いたままなんだ?」
経流時は不思議そうに首を傾け呟いた。
TVに映るのは殺風景な林。それに囲まれる井戸が、画面中央に佇んでいる。不気味な白黒の空間。怨霊が登場した映像が映し出されたままになっていた。
暫くして、再び怨霊が姿を現した。井戸を跨ぎ、ゆっくりとこちらに向かってくる。そして恐怖を煽るこのモーションである。我々が見習うべきプロ意識の見本とも言える。
経流時は再び恐怖した。しかし、怨霊は上半身だけテレビから突き出した状態で静止した。そして右手をプラプラと揺らして見せた。そこには紙が握られていた。手紙のようだ。青いハートのシールで封がなされている。経流時はそれを恐る恐る受け取り、目を通した。
そこには――
『さっきはごめんなさい。いきなりのことで驚いてしまいました。あなたのことは良く知りませんが、これからたくさんお話しできると嬉しいです。それではまずはお憑き合いの程、よろしくお願いします! 追伸:私のことは貞美と呼んでください。』
――え?
経流時は言葉を失った。半開きの口も閉じずに間抜けな顔で怨霊を見る。
彼女は両手の人差し指をつんつんして経流時を見つめていた。(表情が見えないので多分だが)
その動作から、照れていることは一目瞭然であった。経流時に見つめ返されると、両手で顔を覆って身体をくねらせた。
再び長い沈黙が訪れる。経流時は幾度も手紙を読み返した。殺害予告か何かだと思っていたのだから、困惑を隠せない。内容が上手く消化できず、繰り返し同じ個所を熟読していた。
経流時が硬直する一方で、彼が内容を読み通したのを確認すると、怨霊はゆっくりとTVの中に戻っていった。戻る時も、勿論例のモーションで。
TVには薄い波紋だけが残った。
一人残された経流時。両手に掴まれた手紙がひらひらと落ちる。午前0時を告げる鐘が、やけにうるさく部屋に響いた。
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