第1話 後悔のないように....

 

 この街には、不思議な都市伝説がある。

 見たら死ぬ【呪いのビデオ】だ。

 曰く、ビデオを見た者は、三日後に死ぬ

 曰く、ビデオを見た者の前には、謎の女性が現れる

 曰く、ビデオを見た者は、魂を食われる

 曰く、曰く、曰く……

「そんなもの、所詮は噂話だ」と一蹴することは簡単である。

 根も葉もない噂が交えることは、確かにあることだ。

 しかし、火のない所に煙は立たぬ。

 何かしらの事象があってこそ、そのような都市伝説は巷を駆け巡るのだ……。




 来る~♪ きっと来る~♪


 どこかで聞き覚えのあるリズムが、脳内を反芻する。


 神谷経流時(かみやへると)は唾を飲んだ。

 現在彼は、一点をじっと見つめている。その先にあるのは画面が不規則に揺れるテレビだ。経流時が生まれた時からあり、随分と古臭い。後ろに奥行きのあるタイプの完全な旧型である。

 

 35インチと一人で見るには十分な大きさを誇る画面は、人がするには少し小さい。ただ、小柄な女や子供であれば、辛うじて通れる広さではあるようだ。


 ところで、どうしてそのようなおかしな事を、唐突に言いだしたのか。

 現在目を丸くして静止する経流時の眼前で、実際にそれが起こっているからである。


「嘘やん……」


 普段は穏やかな経流時から、らしくない言葉が漏れた。


 テレビの奥から、こちら側に向かって歩みを進める、人型の何か。

 脹脛まで届きそうな黒髪から、人間の女性であることは推測できる。しかし、顔は隠れて見えない。

 他に特徴を上げると、女は白いワンピースを纏っている。今し方、井戸から出てきたとは思えない程、清潔な白さが保たれていた。泥の一つも付いていないのだから驚きである。

 動きはとても奇妙だ。こちらへ向かって歩く度に、身体をくねらせて、経流時の恐怖心を煽っていた。

 流石は現役の怨霊だと感心してしまうほど、素晴らしいパフォーマンスだ。


 女は歩みを止めない。相変わらず不気味な動作を演出しながら、少しずつこちらへ向かってくる。


「これ、きっと来ちゃうやつかなー」


 答えは是。女の身体がTVをすり抜け、青白い指が淵を掴んだ。


「あ、おわた」


 経流時は死を覚悟した。

 このまま自分は呪い殺されるのだと。既に、魂が口から抜けそうな様子であった。


 経流時が立ち尽くす間に、テレビから上半身を垂らした女の指が、経流時宅こちら側の床に触れた。存在を疑うほど静かだ。音一つ出さない。

 

 しかし次の瞬間、ドテッと鈍い音がした。


「えぇ......」


 TVと床には少し高さがある。突き出した手を滑らせ、女は見事に顔面から着地した。困惑を隠せない経流時は、心配の目を向ける。

 

 一方で女は全く気にする様子などなく、ムクッと立ち上がり、経流時の方へ体を向けた。プロ精神が失態を失態に見せない。これは恐怖と伴に、惑いを煽る演出の一つであると。つまりは、そういうことだろう。


「え......大丈夫なのか?」


 経流時はボソッと呟いた。


 女が徐々に距離を詰めてくる。恐怖を駆り立てるように、ゆっくりと。女の一歩一歩に合わせて、経流時も同歩数退いた。


「はあ、散々な人生だったな……」


 恐怖心を紛らわす現実逃避を兼ねて、短い半生を振り返った。


 小学生時代の経流時はよく遊ぶ元気な少年だった。帰宅後は集合の場所へ誰よりも早く向かった。小3からサッカーを始めたのを覚えている。下手糞で、いつもベンチを温めていたが、それでもサッカーが好きだった。


 中学時代に両親を亡くしてから、消極的な性格になった。小学生時代は進んで児童会や学級委員に進んで立候補したが、この頃から図書委員一択になっていた。

 サッカーは続けるつもりでいたが、人付き合いに支障が出て、中1の夏に止めてしまった。何度も友人に引き留められたが、それでもなぜ止める選択をしてしまったのか、今でもわからない。

 それとこの時期は、丁度中二病をこじらせていた頃だ。整理をしていると時折出てくる中二ノートを、羞恥のあまり、窓から投げ捨てたこともあった。それは現在も行方不明だが、本当にどこへ行ったんだろう。


 そして現在、経流時の通う高校は、大学進学を志す進学校ということもあり、比較的平和で穏やかな学校生活を過ごしていた。


 間違いだらけで、改めて散々な人生だったが、後悔はない。

 しかし、ここまで振り返って、経流時は違和感を覚えた。

 ――何かが足りない……

 自分の人生これだけだったのか?

 もっと重要なことを忘れていないか?

 経流時は熟考した。今までにないくらい記憶を遡った。


 ――あっ


 そして経流時の思考に一筋の光が差し込んだ。これだ、と思った。

 そう、悲しきかな、たどり着いた結論はだった。即ち、青春が足りないのだと。死に際に思い出す恋人の笑顔。それが全く無いのだ。


「女子からの初アプローチが、呪殺なんて……」


 経流時は涙が流れないように上を向いた。

 気になる子はいた。好きな人もいた。でも、勇気が出せなかった。自分に自信を持てず、あと一歩のところで足踏みしてしまう。だから、告白できなかった。もしかしたら、と淡い期待を持ったこともあった。しかし、その展開は訪れなかった。それもそのはず。経流時の容姿、学力、センスはどれを取っても平々凡々。これといった魅力に欠けるのだから。


 そして、そんな気鬱な懐古に葺けていた丁度その時、背後の壁が経流時を迎え入れた。これ以上は退けない。


 やはり後悔はあった。

 一度だけでも恋愛がしたかった。誰でもいいとは言わない。しかし、好きな人となんてわがままも言わない。


 ――例え成功しなくても、最後に告白くらいなら!


 だから経流時は叫ぶ。

 その全生命を以って。全てを出し尽くす勢いで。全身全霊の魂を込めて。町に、国に、世界に響かせる心意気で。


 女は既に準備万端だった。経流時の前にひっそりと立っている。経流時が一人の世界に入り込んでいたので、待っていてくれたようだ。

 

 今にも命を刈り取ろうと、発せられる威圧感に経流時は唾を飲む。しかし強固な意思は揺るがない。

 

 全力で肺に空気を流し込む。これ以上無理だ、というところまで。肺がきりきりと痛む。しかし、そんな事どうでもいい。


 一世一代の初体験。終わる命に後悔がないように、その男、神谷経流時は、最初で最後の青春を迎える。

 

 そして、バズーカを打ち放つが如く、言い放つ。


「僕と付き合ってください!!」


 経流時の告白せいめいが、部屋中に爆ぜた。



 


 ―――――――――――《あとがき》―――――――――――――

 完結までお付き合いいただけると嬉しいです。

 処女作なので、感想やご指摘をくださると作者が跳ねて喜びます!

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