第16話 成人の儀式、はじまる


 翌々日。

 いよいよ、王子の成人の儀式が行われる日がやってきました。

 大聖堂の壁画は、奇跡的にわずかな焦げつきだけで損傷をまのがれ、その修復も龍壮言とその弟子たちの手によって迅速におこなわれました。

 焼け跡からは、賊の遺体は見つかりませんでした。さほど大きな火事ではなく、骨も残さず焼けてしまうわけがありません。

 しかしそれ以降、亡国の姫と将軍の姿を見たものはありませんでした。


 国の内外から招待された来賓たちは、会場である大聖堂にはいるや、その壁面を彩る壁画の素晴らしさに声を失いました。

 また招待されていない人々も、ひと目壁画を見ようと大挙して押し寄せました。大聖堂の周りは、足の踏み場もないほどの黒山の人だかりが遥か彼方まで続いたということです。


 完成した壁画は、それはそれは見事なものでした。

 祭壇と玉座のある北の壁面には、王宮と王都が鮮やかに描かれています。宮殿は豪華絢爛で、その庭園には『キタイの薔薇』が咲き誇っていました。王都に生活している人々は、いきいきと生活しており、市場には彩りあふれたたくさんの品々が並んでいます。

 東の壁面にはセフィド・キタイの中央にある雄大な山脈が配置され、人間を寄せ付けない荘厳で神秘的な大自然の姿を見せつけていました。

 山脈の頂上は氷雪に覆われ、山裾には深い森林が広がり、野生の動物たちが息づいています。

 西の壁面は、草原と広大な農地です。草原は北の遊牧民たちと国境を接し、キタイの誇る国境警備隊の勇姿を見ることができます。

 農地はまさに収穫をむかえており、大地の恵みに感謝の祭りが行われていました。

 大聖堂の入り口に当たる南の壁面は、大海原です。時に厳しく、時に優しく、その表情をかえる海。そして、数々の島々と、そこに生きる漁師や海の生物たちが力強く描かれていました。

 そして、圧巻なのが天井です。

 セフィド・キタイの空の移り変わりが、朝焼けから晴天、雨天、夕焼け、星空と縦横無尽に配置されていました。

 なかでも王都の上空は、『青の都』の通り名にふさわしい透き通る濃い青です。

 それは、この国の明るい未来をいつまでも約束するような晴れた空でした。


 また余談ですが後日、この壁画の中には三十三匹の竜が簡単には見破られないように隠して描かれているという噂が立ちました。そしてそれを捜すことが、後の世に大聖堂を訪れる見物客たちの楽しみになったということです。


 さて儀式開始直前。打ち合わせに余念のない紫大臣のもとへ、大急ぎで駆け寄るものがいました。

 紅大臣たちでした。


「紫大臣殿、我々は、大臣殿にお詫びをせねばなりません。我々は、大臣殿のお気持ちがわかっておりませんでした。

 それどころか正直申して、大臣殿が殿下の成人の儀に世界一の壁画を、と申された時には、たかが絵のために何故われわれ大臣がそんなことに関わらねばならぬのかと思っておりました。

 しかし今日、こうして完成した壁画を拝見して、得心しました。

 このような真の芸術が、民草の心をまとめ、王に対する忠誠の心、国を愛する心を呼び起こすのですな。

 紫大臣殿は、それを、はじめからご存知だった」

「いやぁ、さすがは、我々の筆頭じゃ」

「これからも、われらを導いてくだされ」


 皆、口々に紫大臣を褒めちぎりました。

 これには大臣もまんざらではなく、そう言われてみると、なんとなく本当に最初からそうだったような気がしてきました。


「まあ、わかっていただけたのなら何よりじゃ。しかし、一番の功績は壁画を作った絵師にある。儀式の前に絵師を陛下と殿下にお目通りさせなくてはならんな。褒美のこともあるしのう」

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