第11話 第二十七代龍壮言
はじめのうち、シュンメイは龍壮言のことをがさつで粗野なじいさんだとしか思っていませんでしたが、一緒に仕事をするにつれ、案外そうでもないことに気がつきました。
壮言は、スーリやシュンメイにもそうですが、たくさんの弟子たちにも絶えず気を使い、時に厳しく時に熱心に、絵の指導やよくわかりませんが竜絵師としての心構えを伝えていました。
「そういえば前に、龍先生はスーリにおっしゃいましたよね。偽物に命を懸けてどうすると」
ある時、シュンメイは壮言に尋ねました。
「ああ、いったな」
「失礼かもしれませんが、先生の描く竜はどうなのですか。あれも偽物といえば偽物でしょう。それとも、先生は竜が実在するとおっしゃるのですか」
若い天才絵師の言葉を聞いて、龍壮言はにやりと笑いました。
「竜はおるぞ」
そうして、龍壮言の昔語りが始まりました。
シュンメイがしまったと思ったときにはもう、後の祭りでした。
龍家は世界的に有名な絵師の系統ですが、その当主である「壮言」の名前は、世襲で継がれるのではなく、数多くの弟子の中でとある試験に合格したものが、次の「壮言」を継ぐことができる、という決まりになっています。
その試験とは、
『世界中を旅し、竜を探し出すこと』
というものでした。
「我輩が、竜探しの旅に出たのは、五十年ほど前、ちょうどお前さんくらいの年の頃じゃ。先の二十六代龍壮言が病の床に伏したこともあって、百人いた弟子たちは、われこそはと、故郷を後にした」
「だがもちろん、竜なんてものはそうそう見つかるもんじゃない。噂を頼りに、山を越え、海を渡り、たどり着いたあげくが大きなトカゲだったりワニだったり。
一年二年は、あっという間に過ぎた。一緒に旅立った友人も、一人は病に倒れ、一人はあきらめて国へ帰った、異国の地で商売に成功してそのまま居着いてしまったやつもいる」
「五年たって、我輩もとうとう諦めて故郷に帰ることにした。両親が病気をして、実家の商売が傾いた。というのが表向きの理由じゃが、最後の一年間は、いつ諦めるか、そればっかりを考えておったんじゃ」
「ところが、故郷へ帰る船が嵐で難破してしまった。我輩は、板切れにしがみつき、海の上を漂うしかなかった。なんということか。竜探しの果てに息絶えるというのならともかく、あきらめて家へ帰ると決めたとたんに、この有様じゃ」
「しかし嘆いても、もうどうにもならない。一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日目、もう体力の限界じゃ。そこへ再び嵐がやってきた。とうとう力尽きて、我輩の体は海に沈んだ。そのときだった」
「我輩は見たのじゃ」
「海の底に、竜の目が光り、大きな音とともに天にむかって飛び上がっていくのを。
気がつくと、我輩は故郷に近い海辺の村に流れ着いていた。奇跡的に我輩は助かり、同時に、二十七代目の資格を得たのじゃった」
そこまで言うと、龍壮言は当時を思い出すかのように目を閉じ、満足そうにうなずきました。
まわりの弟子たちも、感動したかのように熱いまなざしで師を見つめています。
シュンメイはおそるおそる口を挟みました。
「ええっと、先生が竜を見たとき、力尽きて朦朧としていたのですよね。けちをつけるわけではありませんが、それって冷静に考えて、幻覚とか、夢とか、」
機嫌を損ねるかと思った龍壮言は突然高らかに笑いました。
「はっはっはっ、おぬしは冷静に考えるからいかんのじゃ。肝心なのは、竜がいるかいないかではない。自分が自分を信じられるかどうかじゃ。幻と思えば幻になる。心の底から自分を信じることが出来れば、竜はどこにでも現れる」
「ほら、ここにも」
龍壮言は、壁画の隅に小さな竜を描きます。
シュンメイはあわててそれを消しました。
「やめてください。スーリに怒られますよ。」
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