第7話 世界一の絵描き候補、三人目


 大臣たちが会議を終えようとしたときでした。

 会議場に一人の少女があらわれました。

 その少女は、どういうわけか、顔をすっぽりと覆う仮面をつけていて、顔立ちがいっさいわかりません。

 少女は言いました。

「あやしいものではありません。ただ、世界一の絵師を募集していると聞いてやってきました」

 大臣たちは、苦笑しました。

「そうか、もう夕暮れだからなー。お嬢ちゃん、門の前の二つの絵が見えなかったかな。あの二つよりうまい絵をかける人しか、入ってきちゃ駄目なんだぞ」

「はい。あれよりも私のほうがよい絵を描きます」

 みなは顔を見合わせましたが、一応きまりなので少女の絵を見てあげることにしました。ところが、

「すいません。今日は、絵を持ってこれなかったのです。そこにある筆と紙をお貸しください」

 そういうと少女は、会議用の紙に黒い墨でさらさらと絵を書きました。

「これを、審査してください」

 それは、三羽の雀が遊んでいる絵でした。

 滝の絵のように本物そっくりということもなければ、竜図のように恐ろしい迫力があるわけではありません。

 大臣たちは笑いをこらえるのがやっとでした。

「確かにお預かりした。審査がすんだら絵をお返しするが、住所はどちらかな」

「住所はありません。絵は返していただかなくても結構です。私が世界一と決まるようであれば、その頃また参ります」

 そう言うと、仮面の少女はあっという間に走り去ってしまいました。

 大臣たちは狐につままれたような気持ちになりました。

「おかしな子がいるもんだ。本気で自分が選ばれるつもりかな」

「しかも、なんだあの仮面は?」

「雀が三羽か。まあ、即興で描いた割にはよくできているが、滝や竜とくらべてはな」 

 もちろん、大臣の誰もがこの少女を世界一だなどとは思ってもみませんでした。

「そうだ。この絵、私にいただけますかな」

「それはずるい。私も子供たちの部屋に飾る絵をさがしていましてな」

「いやいや、こういう絵はわが寺にこそふさわしいものです」

 ただ不思議なことに、そのみんながこの小さな雀の絵を欲しがったのでした。



 翌朝、紫大臣は眠い目をこすりながら大会議場に向かいました。

 結局、多数決に勝つための残り四人の大臣から「龍壮言を推す」という確約は取れずじまいでした。

(それもこれも、あの小娘のせいだ。おかげで根回しの時間がなくなってしまった)

 しかし、いまから愚痴ってもはじまりません。

 大臣はいつになく緊張しながら、大臣たちに言いました。

「それでは早速、これまでの長い審査の決を取ろうと思う。前もっていうが、この決議は王子の成人の儀のため、わが国の威信を他国にしめすために非常に重要なことである。決して棄権することは許されない。自らの心で、世界一にふさわしいという絵を選ぶように。よろしいかな」

 みな、神妙にうなずきました。

「では、シュンメイの滝の絵がいいと思うもの。挙手を」

 手を上げたのは、紅大臣、白大臣、青大臣の三名です。

(やった。勝った)

 紫大臣の胸に、これまでのつらかった日々がよみがえってきました。

 虎と絵を間違えて町中から笑いものにされたこと、絵の審査に長い列ができて大臣たちから恨まれたこと、それも、今になっては良い思い出です。

「では、龍壮言の竜図がよいと思うもの」

 紫大臣は、自ら手を挙げながらいいました。

 自分のほかにあと五人、合わせて六人の賛成があるはずです。

「なに、どういうことだ」

 しかし、手を挙げているのは三人だけです。

「棄権は許さんと、申したはずだぞ」

 思わず声を荒げた紫大臣に、黒大臣が名乗り出ました。

「拙僧は棄権したわけではございません。ただ、別の絵を推したいのです。私、世界一の絵には昨日の少女の描いた雀の絵がふさわしいと、そう考えております」

「私も、雀の絵が世界一かと」

「私も、おなじでございます」

 一転、目の前が真っ暗になりました。

 三対三対三、これでまた振り出しです。


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