第6話 世界一の絵描き候補、二人目

 五日後、焦る紫大臣に希望が芽生えました。

 伝令の一人が、大陸に住む大変すごい絵の達人がこの国に向かっているという情報を持ってきたのです。

「ほう、それでは、早速お迎えしなければ、で、その先生はどのような方ですかな」

「それが、一目見ればわかる、すごい人物だと」

「それは、頼もしい。……なんだ? あの音楽は」

 その時です。王宮の正門の向こうから、聞いたこともないような笛や太鼓の音色が聞こえてきました。それは、少しずつ王宮に近づいてきます。

 変な音楽を奏でているのは、赤や黄色の派手な服を着た一団でした。そして、その中央に御輿に乗った男がいます。男は筋骨隆々とした偉丈夫でしたが、髪は白髪で、すでに老人の域に達しているようでした。

「もしかして、一目でわかるすごい人物というのは、あれのことか?」

 王宮の前まで来て、音楽がぴたりと止まりました。

 御輿の上から、男が怒鳴ります。

「第二十七代龍壮言である。世界一の絵描きを求めているのはこちらであるか」

 あまりの大声に、大臣はびっくりして、

「あ、は、はい」

 というのがやっとでした。

「では、おめでとう。お求めの絵描きがみつかりましたぞ。長旅の疲れを取りたい。我輩と、十七人の弟子が休める部屋を用意なされよ」



 九人の大臣たちの前で、龍壮言は持参した絵を披露する事になりました。

 しかし、絵を布で覆ったまま、なかなか見せようとしません。

「宮廷画家としてその名も高き龍家一門の中で、その真髄たる竜図を描くことを唯一認められているのが、だれあろう、龍家当主、この龍壮言である。そもそもいまから三百年前、初代龍壮言が大干ばつの際に白猿山にのぼり……」

 と、龍家初代の話から始まって、いまやっと十一代目まできたところです。

 とうとう、紫大臣が口を挟みました。

「龍壮言殿、龍家の素晴らしさは大変よくわかりもうした。この辺で、貴公の絵を見せてはいただけまいか」

 壮言はやや不満そうな顔になりましたが、弟子たちに布を取る準備をさせると、

「さあ、これから、龍壮言秘伝の竜図をお見せしよう。題して『舞紅黒竜之秘図』。心弱きものは、肝をつぶす。ご用心召されよ!」

 芝居がかった合図で、覆いが外されました。

 現れたのは、黒と赤で描かれた恐ろしい迫力の竜の絵です。

 壮言が言うとおり、心をぐっと鷲掴みにされるような、そんな迫力がありました。

(よかった、ただのうるさい爺さんではなかった)

 紫大臣は、竜の絵の迫力に飲まれながら、同時にほっと胸をなでおろしていました。



 かくして、王宮の正門の前にはシュンメイの滝の絵に並べて、龍壮言の竜図『舞紅黒竜之秘図』が掲げられることになりました。

 期限までは、あと一日。おそらく、もう新しい候補者は現れないでしょう。

 紫大臣は言いました。

「竜というのは、東の国々では皇帝を意味する縁起のいい動物だそうだ。王子の成人の儀にはぴったりだ」

 いつもなら紫大臣には逆らう素振りも見せない大臣たちですが、今日は違いました。紫大臣の言うことを聞いて、絵の審査などという厄介ごとを押し付けられたことを恨みに思っていたのです。もう二度と紫大臣の口車には乗らないぞ、と心に決めていました。

 特に紅大臣は、これを機会に紫大臣をやりこめてしまおうと思っていましたから、譲りません。

「いや、あの竜の絵はともかく、絵師はいかん。胡散臭い上に、あの長話、不遜な態度、世界一の絵師とは到底認められん。それに比べてシュンメイ殿は、わがセフィド・キタイの第一人者だし、イリ殿下の家庭教師も長く勤めておられる。皆さんも忘れたわけではあるまい。膨大な絵の審査で苦しめられていた我々を助けてくれたのが誰だったか」


 議論は白熱しましたが結局、翌日の採決で決められることとなりました。

 紫大臣は頭をひねりました。

(大臣は九人だから、五人を味方に引き入れればよいわけじゃ。あの様子では紅が反対するのは目に見えておるが、我が弟の緑大臣と軍隊時代の後輩の黄大臣には問題なく言うことを聞かせられるだろう。あと二人か……)


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