第4話  求む、世界一の絵描き

 そうして翌日から、国内外のあちこちに、世界一の絵師を募集する立て札がたてられました。

 中身はこうでした。


「求む、世界一の絵描き!

 王子の成人の儀を祝うため、世界一の壁画を描く世界一の絵師を募集する。

 われと思わんものは、自信の一品を王宮正門前まで持参のこと。

 なお、世界一と認められたものには、なんでも望むがままの褒美をあたえる。 

                          セフィド・キタイ国王」


 これをみた人々はみな、びっくりしました。なんでも望みどおりの褒美がもらえるというのですから、これはただごとではありません。

 絵の腕に覚えがあるものは、早速自分の傑作をひっぱりだしましたし、いままで絵なんて描いたこともないという人まで画材屋さんに飛び込んで、新しく絵を描き始めました。

 そうして、みな我先にと、王宮へ押し寄せたのでした。


 さて、そのあまりの評判にびっくりしたのは大臣たちです。

 絵の審査は九人の大臣の合議で決められることになりましたが、そもそも全員が絵の審査などやったこともないし、乗り気でもありません。

「王子の成人の儀を祝う大事な壁画を選ぶのは、大臣としての重要な責務である」

と、一番格上の紫大臣が言うので仕方なくやってきてはみたものの、集まった自称世界一の多いこと多いこと。

 王宮正門前の広場が、あっという間に人でいっぱいになり、そこからあぶれた列が王宮の外壁を取り囲んでぐるりと一周し、また正門前広場までつながっています。

 その列の一人一人が、一枚ずつ絵を持って、大臣たちの審査を待っているのです。

「これを全部、私たちが見るのか」

 九人は、呆然と立ち尽くしてしまいました。


「そろそろ審査をお始めいただかなければ、集まった者たちが騒ぎだしております」

 役人たちにせかされて、大臣たちは審査をはじめました。

 その手順は次のようでした。

 大臣たちには、「良い」「悪い」「保留」の三枚の札が渡されます。数分間の鑑定のあと、九人がいっせいに札のひとつを掲げ、「良い」の多さで、その絵に点数がつけられます。

 点数が最も高かった物を、その時点での一位とし、それ以外のものは落選です。


 ところが、物事はそんなに単純に上手くはいきません。

 集まった多くの作品の中には、素人の大臣たちにも一目でわかる下手な絵もありました。しかし、ほとんどがそれなりに腕に自信がある人たちの一番の傑作です。

 そうしてたくさんの絵を見ているうちに、最初にひどいと思った物が、もしかしたら傑作ではないかしら、と思えてくるのです。


「これはだめ」

「これはまあいい」

「これはけっこういい」

「これはよくわからん」


 三枚目の「保留」の札は、どちらか決められない大臣たちが恥をかかないように作られたのですが、感覚のおかしくなってきた大臣たちは、皆ほとんどの絵に、「保留」をつけることになってしまいました。

 保留の札のある絵は、文字通り、いったん王宮の倉庫に留め置かれることになりました。そしてだんだんと保留の絵は増え続け、倉庫からあふれんばかりです。


 それでも、まだまだ、列は続いています。

 一日目、二日目と、列は長くなるばかりです。

 とうとう、列で泊り込む人たちもあらわれました。

 すると、その列めあてに、食べ物や飲み物の屋台が商売を始めたので、王宮の前はさながらお祭りのような騒ぎになりました。



 一方、実家に帰ったシュンメイは、一日中家でごろごろして過ごしていました。

 ある日、いつものように昼過ぎに目を覚ますと何やら表で騒ぎがします。

 シュンメイの実家は、お世辞にもキレイとはいえない路地裏にありました。

 キタイ一の青年画家が、その才能を師匠に発掘されたのは十歳の時。その時すでに両親はなく、年老いた祖父と二人きりでした。老人と少年がどうやって生計をたてていたかは、さだかではありません。

 そしてシュンメイ少年が師匠の下で頭角を発揮し、名声を得るまでのわずか数年の間に、祖父は帰らぬ人となりました。

 今のシュンメイには、表通りに師匠から譲り受けた立派なアトリエ兼画廊兼住居がありました。しかしそれとは別に、幼少期を過ごしたあばら家を買い取り、改築も改装もせずに隠れ家としていたのでした。


「なんだ?」

 シュンメイは、壊れた窓の隙間から、汚い通りをのぞきました。

 なんとそこに、一台の金色の馬車が止まっていました。止まっているというより、道が狭いのと馬車が大きいのとで左右の家にひっかかって動けなくなってしまっている様子です。

 近所の人たちが、びっくりしてわらわらと集まっています。この辺では、金の馬車なんてめったに見かけません。

 そのうちに一人の少年が馬車から降りてきて、近所の人たちと何やら言い争っています。少年は馬車と同じ金色の服を着ています。そして、そのうち懐から何やら取り出すと、あたりに金色の物をばら撒き始めました。

「金貨だ!」

 誰かの叫び声で、あたりは大騒ぎになりました。

 誰もが、金色の少年のまいた金貨を拾おうと、必死です。

(誰なんだ一体、金の馬車なんてこの辺じゃ見かけない……て。そりゃそうだ)

 セフィド・キタイには、色についての厳しい規則があります。

 大臣の位を色で表すのも、そのためで、つまり紫大臣とは、紫色を衣服や建物に使うことを許されている身分、ということです。

 そして金色というのは、この国では王族にしか使えない色でした。

「殿下! 一体なにやってるんですか!」

 少年は、シュンメイを見つけると笑顔で走りよってきました。

「やあ、先生、探しましたよ。でも、今日の僕は王子じゃないんです。こっそり城を抜け出してきたんです。お忍びだから、ちりめん問屋の若旦那ってことにでもしておいてください」

「お忍びで、金の馬車に乗ってくる人がありますか! 一体何してたんです?」

 王子は、息を切らしながら妙に上機嫌な笑顔を浮かべています。

「そう怒らないでください。大事な話があるんです」

「……話って、成人の儀のことでしょう。よくやる気になりましたねえ、あんなに嫌がっていたのに」

「今だって嫌です。でも、先生が世界一と認められて壁画を描くことになったら、きっとまた絵を教えていただけるようになると思って……もちろん、先生がそのようにお望みになればの話ですけど」


 イリ王子は、シュンメイが壁画を描く絵師になれば、その褒美としてまた王子の絵の教師にもどれると考えたわけです。

 もちろん実力だけならシュンメイが世界一であると、イリ王子は固く信じています。しかし、紫大臣はいろいろと文句をつけて邪魔をしてくるでしょう。

 そこで、王子は一計を案じました。

(先生が僕を描いてくれればいいんだ)

 シュンメイがイリ王子の肖像画を描いて、世界一の選考会に出品する。

 これは、なかなかに良い作戦です。 

 普通、王子の肖像画と、ほかの何かの絵を比べて、どちらが良いかと聞かれたときに、「王子の絵の方が悪い」と答えるのは、家臣にとってはなかなか勇気のいることでしょう。それに、もともとがシュンメイの実力なわけですから、これはもう世界一は決まったようなものです。

(僕って天才かも)

 王子は心の中で自画自賛していました。それで、このアイディアを一刻も早くシュンメイに伝えようと、お城を抜け出してきたわけです。

 しかし、シュンメイの返事はこうでした。


「殿下に絵を教えるのは楽しいのですが、前にも言った様に、殿下に教えることはもうあまりないのです」

 シュンメイは、家の奥から一番上等な椅子を持ってきて王子にすすめました。

 しかし、その椅子は長く使われていなかったようで、王子が座ると、もわっとホコリが舞い上がりました。

「そうですね。では最後のひとつを、今ここで教えてあげましょう。成人の儀を控えた王子には、そろそろ必要かもしれません。さすがに、宮殿でお教えするのは気がひけていたのです」

 王子が、舞ったホコリに咽込んでいると、シュンメイは、お茶を持ってきました。王子は、今まで見たこともない半欠けの茶碗をじっと見つめていましたが、思い切って口をつけました。

 シュンメイは、そんな王子を見てにやりと笑っていいました。

「最後に、私がお教えするのは、画家による、画家のための女性の口説き方です」「は?」

「画家が女性をくどく時には、もちろんその女性の肖像画を描いてあげるのが一番効果的です。ただし、お気をつけください。もちろん本人より少しだけ美人に描いておくことは必須です。しかし、やりすぎてもいけない。この配分が難しいのです。この絵を見てください。これは、隣国の貴族のご令嬢ですが、もとはもう少し色黒で、本人もそれを気にしていらっしゃったので、……ちゃんときいてますか?」

 シュンメイが顔を上げると、王子は顔を真っ赤にしていました。

「もう、いいです。先生のお気持ちはよくわかりました」 

 そうして王子は、シュンメイの家を飛び出すと金の馬車に飛び乗り、残っていた金貨を全部ばらまいて、付近の家々にあちこちぶつかりながら、大急ぎで帰っていきました。


「やれやれ、しょうがないなあ」

 シュンメイは、王子を見送ると、ごそごそと押入れの奥を探りました。

「ええと、確かあの絵が、素人にもわかりやすいだろう」


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