4. 共鳴

 劇場を出ると辺りは薄暗く、案の定雨が降り出していた。

 相沢は劇場の外の傘立てから自分のものを引き抜き、ぱっと開く。俺もそれに倣(なら)うように鞄から折り畳み傘を取り出し、同じく生地を広げて後を追う。

 帰りは、相沢に付いて行ったら迷わなかった。


      ●     ●


 帰りの電車は乗換不要の直行便に乗ることができた。鈍行列車で二時間ほどの道のりである。相沢と肩を並べて座っている間、いくらでも話すタイミングはあったはずなのに、上映前から感じているもやもやを晴らせないまま、とうとう終点の宇都宮駅に到着してしまった。

 まばらに座っていた乗客が水のように車内から流れ出す。相沢も俺もその流れに乗ってホームに足を付けるとそのまま改札口に向かって歩き出した。相沢は目の前に、手の届くすぐそこにいるのに、このままではなんだか置いて行かれてしまうような気がして俺は階段を昇り始めた相沢を呼び止める。

「なあ! 相沢」

 相沢はびくりと驚くそぶりを見せてその場でくるりと腰を回す。周りの人たちが驚いたようにこちらを一瞥したが、俺はもう躊躇(ためら)はない。

「相沢、お前さ……なんていうか立派だよ」

 相沢は何がなんだか分からぬような顔で俺を見ている。しかし俺は、構わず続ける。

「俺さ、みんなこのまま同じ高校行って、仕事して、変わらず自由に生きていくんだと思ってた」

 とそこまで言って、次の言葉が出て来ない。咄嗟(とっさ)に呼び止めたものの、今の自分の想いを伝える手段がこれ以上見つからない。

 俺は急に恥ずかしくなって少しだけ目を逸らした。階段を昇っていた人影はいつしかどこかにいなくなっていて、降り頻(しき)る雨音だけが俺達の間を通り抜ける。

 一抹の沈黙の後、相沢が小さく口を開いた。

「帰りさ」

 上手く聞き取れず「ん?」と聞き返すと、相沢は少し声を張って

「帰り、迎え呼んだんだけど、渡瀬くんも乗ってく?」

 と言った。

 俺は肩に掛けていたカメラのストラップを強く握り締めて答える。

「いや、自分で帰るよ」

 相沢は「そか……」と言って、清々しく朗らかに笑う。

「ねえ、今日の記念に一枚とってよ。一緒に」

「ここで?」

 困惑する俺をよそ目に、相沢は子供っぽく手招きをした。俺は慌てて鞄から三脚を取り出し、カメラをセットして階段を駆け上がる。

 二人で肩を並べてカメラを見ると、相沢が突然顔を近づけて来て耳元でこう言った。

「また、会えるといいね」

 びくりと俺の肩が上がったところでシャッターが下りる音がする。

 この写真、見返したくないなあ……

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