第47話-空を舞う、そして落ちる

「では、ガメイ伯爵、クリス嬢、お世話になりました。この御恩は必ずお返しいたします」


 貴族街にあるガメイ伯爵家。

 その玄関ホールで立派なカイザル髭の男性――オーガスト辺境伯がフレンダを伴って頭を下げる。


 大公と会談を行い、この家に戻ってきた2日後。

 私はお父様から、フレンダの父であるオーガスト辺境伯が来るまで邸宅にいるようにお願いをされた。


 リンと一度村へ戻ろうかと思っていたのだが、フレンダを一人にするのも心苦しかった。

 結局、元気を取り戻したリンが一人で先に村へと戻ることになり、私はフレンダと2日間オーガスト辺境伯の到着を待っていたのだった。




「いえ、この度はフレンダ嬢にもクリスの命を救って頂きました。私のほうこそ何か有りましたら精一杯お返しいたします」


 先程からお父様とオーガスト辺境伯が互いに頭を下げあっている。

 だが、その理由が私とフレンダのことなのでなんだかこそばゆい。


「あの、フレンダ」

「なに?」

「その……私達これからも友達……だよね?」


 オーガスト辺境伯の隣で大きなバックをもって背筋を伸ばしたまま立っているフレンダは、私の言葉にいつもの呆れたような表情を見せる。


「……あ……当たり前じゃない」

(――っ! デレた!!)


 顔をカァっと赤らめて目をそらすフレンダを見て「友達だ」という事実より、鉄面皮のようなフレンダを照れさせたことへの満足感が上回ってしまった。


「落ち着いたら手紙書くからね」

「わかった、私も書くわね」


 フレンダと改めてギュッと握手する。


「その……ごめんねこの傷、綺麗に直してあげられなくて」


 私の手首をもう片方の手で擦りながらフレンダに謝られるが、全くそんな事思っていない。


「そんなことないよ、あのときの【治癒ヒール】で私は心まで救われたから」


 何度もフレンダに伝えたがこれは本当に心からそう思ってる。

 彼女が居なかったら私はもうこの世には居なかっただろう。


「ふふっ……倍にして返してって言ったけど、もらい過ぎだから次は私がまた助けるわ」


 私たちは最後にギュッと抱きしめ合う。


「ではこれで失礼します。また後日あらためて」


 そう言いながらオーガスト辺境伯とフレンダは馬車に乗り込んだ。


「じゃぁ」

「ん、またね」


 私達はお互いの顔が見えなくなるまで手を振り続けていた。


 ◇◇◇


「お父様、私の方は準備が出来ました!」

「こちらも大丈夫だ。行こうか」


 これから私はお父様と二人でリンの村へと戻ることになっていた。

 お母様を迎えに行くのと、マルさんに改めてお礼を伝えるためだ。



「それにしても、クリスの魔法の方が馬車より早いとはな」


「えっと、ちょっと風圧とか凄いかもしれませんが」

「なに、せっかくの娘とのデートだ。細かいことは気にせんぞ」


 私たちは明後日、正式に陛下との謁見が決まった。

 そこにお母様も呼ばれていたので、私とお父様は慌ててお母様を迎えに行くことになった。


 お父様と二人、首都の門まで馬車で移動して町を出る手続きを終わらせた。


 私の手配はあれからすぐに取り消され、公主の謝罪文とともに各地へ御触れとして告知され晴れて脱獄者のお尋ね者という立場が消えた。

 そのため堂々と大門から外へと出ることができた。


「じゃあ行きますね」


 首都の大門から繋がる街道を眺め、私は【浮遊フライ】を自分とお父様に使う。


「おっと……これは……どうも足が地についていないのは慣れない感覚だな」

「じゃあ動きますね、お父様、口の中を噛まないようにしっかり閉じておいてください――【風爆ウィンドボム】!」


 私の足先から風の塊が吹き出し、ロケットのような速度で空へと飛翔する。

風爆ウィンドボム】は効果時間が一瞬で終わるため、すぐに【風壁エアシールド】を唱え風の膜を生成する。


 するとすぐに音速の壁を越えた衝撃が【風壁エアシールド】を響かせた。




(ジェットコースターみたい……凄い……空が綺麗)


「……お父様大丈夫ですか?」

「あっ、あぁ、だ、だ、大丈夫だ……クリスのことは信じてるからな」


 明らかに大丈夫ではなさそうな様子のお父様だが、手を繋ぎ「空が綺麗ですよ」と気をそらしてやると幾分落ち着いたようだった。



 眼下に広がるどこまでも続くような草原と遠くに見える深い森と山脈。

 チラリと振り返ると、背後には綺麗な街並みの首都が広がっていた。


 数分間の上昇ののち、私たちは自然落下へと移行する。


「お、おい。落ちてるが大丈夫なのか?」

「はい、ここからは重力に任せて落ちた方が安全ですから」


「そ、そうか。それで着地はどんな感じになるんだ?」

「……あっ」


 私は身体をコントロールしながら少し先に見えてきたリンの村へ向かって落下していった。



 ◇◇◇


「あなた、改めてお疲れさまでした。クリスも頑張ったわね」


 マルさんに借りている家屋でお母様が私達を迎えてくれた。


「あなた、だいじょうぶですか? あなた?」

「あ、あぁ……だ、だいじょうぶだ……はははっ……クリスはすごいなぁ……」




 お父様はまだ意識がはっきりしないようで、悪いことをしたなと反省する。

 重力に従って眼下に広がる村へと落ちていると時、丁度マルさんたちと戦闘訓練をしていた広場が見えたので、そこ目掛けて落下したのだった。


 最悪もう一度【浮遊フライ】で上昇しようかと思ったのだが、久しぶりに気持ちが晴れ晴れしていた私はそのまま落下を続けた。

 そして地面につく瞬間に【風爆ウィンドボム】を逆噴射のように使って無事に着地したのだった。




(……マルさんごめんなさい)


 誤算だったのは、【風爆ウィンドボム】の衝撃で広場の周りを取り囲んでいる家々に少なくない被害が出たことぐらいだろうか……。



 着地の衝撃で巻き上げられた砂埃が晴れたとき、自分の周りをウサ耳集団に取り囲まれていたのだった。

 だけど、その中にリンの姿があり、すぐに私だと理解すると飛びついて抱きしめられたのだった。



 リンは私と話したそうだったがマルさんに引っ張られ、壊れた箇所の修理へ駆り出されてしまったのだった。



「では明後日、国王陛下との謁見が?」

「私とクリス、それにセシリーも謁見が許された」

「まぁ、私も陛下と……困ったわ、着るものをどうしましょうか……」


 お母様の心配事はそれが一番最初らしい。

 確かに伯爵の嫁ともなればそれなりの格好をしなければならないのだろう。


「なに、明日の夕方もう一度スルートの家へと戻る。メイドたちにも今朝のうちに連絡を取ったから戻ってきてくれるはずだ」

「わかりました、それでしたら問題ありません……けど、明日の夕方に首都まで戻るのでしたら……その」

「それがな、クリスの魔法なら首都からここまで数十分だったぞ」


 お母様が「本当?」とキラキラした目で私を見てくるが、お父様は若干青ざめているようだった。


「えっと……」


 三重魔法トリプルキャストなので、ここに来るのと同じ方法だと私ともう1人が最大人数だ。

 3人で【浮遊フライ】を使ってフヨフヨと飛んでいくということも出来るだろうが、それだと時間がかかりすぎる。


「その、一人づつ往復でいいですか? 流石に三人一緒には難しいので」

「あら、そうなの? クリスがそれでいいなら大丈夫よ」



 ◇◇◇


 私はお父様とお母様と3人で明日の予定を詰めてから、マルさんに謝りに行こうと村の広場へと向かった。


 びっくりすることに、私が着地した衝撃で割れた木の板や屋根がすっかり元通りとなっていた。


「あれ……もう片付け終わってる……」


 広場を見回してポカンとしていると、リンが私を見つけて小走りで走り寄ってきた。


「はぁ~やっとおわったよ~」

「リン! ごめんね、私のせいで余計な手間を」

「いいよ~気にしないで~。でもカリスほんとに良かったねぇ~手配全部取り消されたんでしょ?」


 リンがウサ耳をフリフリさせながら私の手をキュッと握ってくる。


「うん、今朝もちゃんと正門から出れたし兵士の人が「よかった」って言ってくれたんだ」

「それで~明後日は陛下と謁見? 何の話するの?」

「う~んと、多分今回の事件についての意識合わせ……的な?」


 実際謁見などしたことがないので、どういった話になるのかはわからない。

 お父様いわく、今回の事件が明るみになったことで多少の報奨金が出るのではないかと言う話だった。


「あの……さ、謁見が終わったらカリスはどうするの?」

「……」

「私は丁度いい区切りだから、前も言ったようにエアハルトと色々と旅に出ようかなって……それで」

「私も……私もいいの? ほんとはエアハルトと二人で行きたいんじゃ……」


 私もこの事件が終わったらやっとこの世界でスタートを切れるんだと思っている。


 お父様やお母様にお礼もしたいし、この世界を見て回ることもしてみたい。

 魔法ももっと使ってみたい。


 これだけ世話になったリンと一緒に行けるなら、それが一番楽しいだろうとも思っている。

 けれど、流石に新婚……というより、好きあっている二人と一緒に旅をするのは色々と心苦しいものがある。

 あるというか、有りすぎるし、気まずい。


「あはは~それがね、エアハルトはカリスにも来てほしいんだって~」

「……なんで」


 結婚してくれと言った女の子との二人旅に会えて私を入れる意味がわからない。


「ん~……私と二人だと何を話して良いのかわからないからっていうのと~」


 そこは男ががんばれよ。と心のなかでエアハルトにツッコミを入れる。


「一応魔獣とか狩りながらの旅になるでしょ? だから魔法使いは欲しいなぁって、私も思ってるんだ」


 この世界だと、旅をするにも敵が出る世界だということを少し忘れていた。

 エアハルトの現パーティーメンバーの2人は、この事件が片付いたら教会に戻るそうだ。

 そのため、前衛のエアハルト、中衛のリンだけだと戦いになったとき戦力的に厳しいとのことだった。


「そっ、それじゃぁ……私も……連れて行ってくれる?」

「やった~うんうん、一緒にいこうっ!」


 リンが私の両手を握りブンブンと振られる。

 その満面の笑みを見ていると、私はやっとこの世界に受け入れられた気がしたのだった。



(……お父様になんて言おう……)


 もはや私の中では、伯爵もちゃんと「お父さん」という認識になっていた。

 今まで立派に育ててもらって、こんな事件に巻き込んでしまい迷惑をかけっぱなしの両親。


(とりあえず……後で考えよう)


 色々と考えるがすぐに答えは見つからず、私は暫くの間モヤモヤし続けるのだった。



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