第46話-フローラ


 私がホド男爵の娘さんについて伺うと、大公が汗を拭きながら「ここだけの話になります」と、すっかり空気になっていたエリック大隊長を退席させた。


「……ふむ、それで……ですな」


 エリック大隊長が部屋から退出するのを見届けたあと、大公が背筋を正し話し始めた。



 ◇◇◇



「フローラ・フォン・ホド嬢ですが、先月末に殺されている事が判明しました」


「……えっ?」


 私は一瞬、大公が何を言っているのかが理解できなかった。


(……殺された?)



 混乱する頭でなんとか大公が話す内容を整理する。


 私が捕まって取り調べを受けている間に、フローラも事情聴取のために取り調べを受けていたそうだ。

 これは私が取り調べの際、あの通学路事件の事を話したため、建前のためかわからないが、任意で話を聞くためにつれてきたという。



(私は話した記憶が無いということはクリス……が話したのね……)



 だがその翌日、フローラは休憩のために貸し与えられていた休憩室で不審死を遂げていたそうだ。

 その休憩室は中から鍵が掛かっており、窓のない部屋。

 廊下側から室内を確認するためだけの格子が扉についているだけの部屋だそうだ。


(つまり密室殺人……ってやつ?)



「ちょうど、クリス嬢が脱獄をした前の日になります」



 担当官がフローラの死体を見聞したが、目立った外傷はなく死因不明のまま死体安置室へ運ばれ翌々日火葬されたそうだ。


(死体安置所……ということは……あの女性……)


 私は、脱獄した日に遺体袋に包まれた亡骸の陰で息を殺していたことを思い出してしまった。


(………まさかあれが)





 私が口を抑え、記憶を辿ろうとしているとき、隣のリンが手を上げる。


「ミルドという暗殺者風の男の魔道具を調べてみてください」


 そうして大公に告げたのは、リンが先程戦っていたミルドという男のことだった。


「リン嬢、それはあの部屋に居たもうひとりの上半身火傷の男ですかな?」

「そうです、恐らく【影界シャドウ侵入イントゥルージョン】が付与された魔道具を持っています」


 リンが言うには、あの大臣の執務室で扉が数センチだけ空いて閉まった現象。

 あれは【影界シャドウ侵入イントゥルージョン】という影に潜むためのものではないかとのことだった。




「つまりその魔道具を利用してミルドがフローラを殺したと……?」

「そこまではわかりませんが……ホド男爵が口封じを行ったと考えるのが自然かと」


「ふむ……一度皆様のお考えをまとめさせていただいてもよろしいでしょうか」


 大公が羊皮紙を取り出すと、ペンにインキを付け今までの出来事を書き記し始めた。




 まず最初に起こった事件。

 ティエラ教会の過激派組織である急進派が、理由はわからないが執行部を利用してクリスを拉致。


 本来ならここでこの事件はガメイ伯爵家の長女が誘拐されて行方不明というだけで終わりだっただろう。

 だがホド男爵は二つの事件を起こす。




 一つはフレンダの父、オーガスト辺境伯を騙し人身売買の罪を被せようとしたこと。

 これはホド男爵が人身売買を裏で行っており、いざというときの隠れ蓑にするつもりだったのだろう。


「そしてもう一つの事件、これは完全に推測ですが……」

「今はそれで構いません。続けてください」




 まだ憶測でしかないが、恐らくガメイ伯爵家を潰し自らの爵位をあげたかったのではないかと推測される。

 伯爵家に1つ空きが出ると通例では子爵家または男爵家から陞爵しょうしゃく――つまり爵位が上がる可能性が高い。

 そのため、クリスがいざこざを起こしたことがある第2王女を殺害し、罪をクリスに被せるため手中にあるクリスを投獄。


「本当ならこれだで、ガメイ伯爵家はお取り潰しになるレベルの事件だと思います」




 しかしここで一つの問題が発覚する。

 ホド男爵の娘フローラもあろうことか、殺された公爵家の長男にアプローチを掛けていた。

 そして通学路事件でクリスと事件を起こしたということだ。




「つまり、王女殺害の捜査が自分にも向く可能性に気づいてしまったと」

「そうです。そのため、ホド男爵は自らの娘フローラを暗殺をした」

「ふむ……」

「そして、同時にホド男爵が私を即座に処刑しようとしたと考えると自然な流れかと」


「リック大臣は最初からホド男爵とグルだったということですかな?」

「――ホド男爵はティエラ教会上層部の人間と親戚関係だと聞いたことがあります」

「……つまりリック大臣はティエラ教会からの見返りを求め、ホド男爵を匿った、もしくは手を組んだと」



「そう考えるのが自然かと思います……」

「確かにフローラ嬢の葬儀以降、ホド男爵の姿が見えなくなってましたな……悲しみに暮れていると思っていたのだが、まさか法務大臣が匿っていたとは」



 事件の流れとしてはホド男爵やリック大臣の口から聞くまでは真相はわからないだろう。

 けれど、大まかな流れとしてはこれで間違えていないはずだ。


 私は大公にそこまで伝え終え父様に視線を送ると、目を伏せ頷いてくれた。


「発言よろしいでしょうか……」


 腕を組んだままだったマルさんが手を上げて発言を求める。


「ティエラ教会は今後どのようにお考えですか?」

「そうですな……」

「あの団体は規模も大きく、信徒も品行方正なものばかり。責任を問うのは難しいでしょう」

「仰るとおりです。信徒が暴動を起こしかねません」


 大公がペンを置き、額の汗を拭きながらマルさんに視線を送る。


「もし教会上層部と今回の件について話し合いを持たれるのであれば、ご協力いたします」

「それは心強い」


 そんな二人のやり取りを見ていると隣のリンが「ああやってパイプを増やしてるの」とぼそっとこぼした。


「あっ、そうだ……アンノヴァッツィ大公」

「なんでしょうかクリス嬢」

「あの法務大臣ですが……その、他にも女性を……同じようにあの部屋に連れ込んでいたと……」


「あの二人、女性を連れ込んではいたぶって殺していたと供述していましたのでしっかりと調べてください」


 私がしどろもどろになっていると、リンにそう言って締め括られた。



 ――――――――――――――――――――



 マルさんは一足先に報告のため村へと向かっていったのだが、私とリンは流石に疲れすぎておりどこかで眠りたかった。


 リンの村から首都まで魔法で飛んできて、監獄への侵入、そして事情聴取と言う名の会談をやっている間にすっかり日が暮れてしまっていたのだった。

 完全徹夜だった私とリンは眠気が限界で、今夜はゆっくり休んで明日改めて話しをしようということになったのだ。




「わ~ここがカリスの家なんだ~……おじゃまします~」

「お、おじゃまします」


 フレンダは監獄棟に部屋があるのだが、あそこには返したくなかった。

 だから私は遠慮するフレンダの手を引っ張り、メイド姿の3人でガメイ伯爵家の邸宅へとやってきた。


 そこはクリスの記憶にある家政婦や執事達たちの姿はなく、寂しくひっそりとした雰囲気となっていた。

 お父様は「明かりをつけてくる」と奥へと向かうと、シンとした雰囲気が漂う大きな玄関ホールに次々と明かりが灯っていく。




「今は私達以外には誰も居ないから不便かもしれんが、ゆっくり寛いでくれ」


 お父様が玄関まで戻ってきて、天井を見上げているリンとフレンダに伝える。

 そして私の方へ向き直り――


「クリス……改めておかえり」

「――っ!? たっ、ただいま……ただいま戻りました!!」



 ◇◇◇



 お父様はリビングの明かりをつけ暖炉に火を入れると「客室へ案内しよう」とリンとフレンダを連れ二階へと上がっていった。

 私も途中まで付いてゆく。


 正面の階段を途中まで登ると、屋敷の左右に向かって階段が別れている。

 右棟にある客間とは反対側――主寝室もある左棟の方へ私は一人歩いていく。




 ――カチャリ


 そっと扉を押して入った部屋は記憶と何も変わっていなかった。


「ここがクリスわたしの部屋……」


 荷物を床におろし、窓辺に置かれたテーブルにツーっと指を這わせる。

 窓の外には大きな月と、月明かりに照らされた庭が広がっていた。


「……長かった……」


 私はボスッとベッドに大の字に寝転び天井を見つめる。


「私は……真昼――雪下ゆきもと真昼まひる。クリス。クリス・フォン・ガメイ。カリス・ガメイラ……」


 シーンとしている部屋で自分の名前たちをボソっと呟いた。


「長かったなぁ……もう……すっごい昔のことみたい……」


 前の雪下ゆきもと真昼まひるだったときのことを思い浮かべ、クリス・フォン・ガメイとなったときのことを思い出す。

 そしてカリス・ガメイラとしてリンと出会い、今ここに居る。


 気がつけば視界に映る天井の風景が滲んでいた。


「……うぐっ……ぐすっ……」


 頬を流れる大粒の涙は止まることなく、布団を濡らしていった。

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