第48話-旅立ち

「やっと帰ってこれた気がするわ」


 首都スルートにあるガメイ伯爵邸。

 玄関をはいったお母様がグッタリとした声を出す。


 時刻は昼下がり。

 朝のうちからお父様を送り届け、それからもう一度村までお母様を迎えに行った。


 そこでお母様とリンと三人でお昼を食べたあと、今度はお母様を連れてスルートまで来たのだった。



「……でもクリス、あの飛び方はお母さんちょっと予想外だったわ」

「ご、ごめんなさい……これが一番はやくて……」

「ふふ、怒っていないわよ、ちょっとびっくりしただけよ」


 邸宅の庭へ直接着地した私達は、ぐるっと家を回り玄関へと向かった。


「なんだかすごく久しぶりのような気がするわ」

「ふふっ、でもほんと戻ってこれて良かったです」


 お母様にとっては1ヶ月ぶりの我が家に着いた私達は、お父様に合流するため書斎に向かった。




 ――ガチャリ


「お父様、いまお母様と帰ってきまし……あっ」


 書斎の扉を開けると、そこには初めて会ったけれど知っている人たちがズラッと勢揃いしていたのだった。


「奥様、お嬢様おかえりなさいませ!」

「「「おかえりなさいませ」」」


 執事のバードンさんに侍女の人たちが一斉に頭を下げてきた。


「みなさん、よく戻ってきてくれました」


 お母様が、背筋を伸ばし全員に伝えるとバートンさんも侍女の人たちも一斉に頭を下げる。


 私もお母様の隣で背筋を伸ばし、今回のことを頭を下げ皆んなに謝罪した。


「お嬢様が謝られることではございません。お嬢様をお守りできなかった私達こそ申し訳ございませんでした」


 そういって、再び全員に頭を下げられる。




「まぁまぁ――それより明日の謁見の用意、頼むぞ」

「はっ、かしこまりました」


「みんな、家のお掃除はゆっくりでいいからね。まず明日の用意よろしくお願いいたします」


「承知いたしました奥様」


 お父様とお母様の声で、全員が一礼をして部屋を出ていくのを私とお母様が並んで見送ったのだった。


「じゃぁ我々も明日の件について打ち合わせをしようか」

「はい、わかりました」


「お茶入れましょうか?」

「いや、確認だけだからすぐに終わる」


 私達は書斎においてある来客用のソファーへと座る


「それで明日の謁見だが――実際には二分か三分で終わるそうだ」

「あれ、その程度なんですか?」


 てっきり謁見というからには仰々しい王様の部屋で、頭を下げて話を聞きながら「この後食事でも」というダラダラとしたものだと思っていた。

 だが、今回は事件について直接陛下からお言葉を賜るもので、関係した貴族やそれ以外の人たちがたくさん呼ばれているそうだ。


「あぁ、だから流れ作業的にはなるが――」


 すでに手紙で、今回の保証について報告を受けているそうだ。

 例の二人の主犯の財産を没収し、各被害者たちへ配分。

 そのうち決して少なくない額が私に支払われるとのことだった。


「そんなに……ですか。あ、ガメイ家に?」

「伯爵家に対しては別に支払われるから、それはお前個人の財産となる」

「あ、そ、そうなんですね」


 私とお母様は、それから幾つかの注意点をお父様から説明を受けた。




「ではお母様、明日のドレスは同じ系統で用意しますね」

「そろそろ食事にするか。厨房の皆んなも戻ってきてる。今日は腕によりをかけてくれるそうだ」


 窓の外を見ると、既に日が傾き始めていた。

 お母様と明日のドレスやアクセサリーについて語りすぎていたらしい。


「ふふ、楽しみね」

「はい、三人で食事なんて久しぶりな気がします」


 私はお父様とお母様の後ろをついて書斎を後にした。



――――――――――――――――――――


 結果的に謁見はお父様に聞いていたとおり、二分程度で終わってしまった。


 ぶっちゃけ、お城への片道……というより、自室から出て庭に停めた馬車に乗るほうが時間がかかっている。


 私は「こんなもんか」と思いながらも馬車に揺られ邸宅へと戻ってきた。

 お母様が「肩が凝ったわ」と言いながら扉を開き、お父様と二人ホールへと入ってく。


「あの……お父様、お母様、話があるんです……」


 両親の後ろから声をかけるとお父様は「書斎に行こうか」と階段を登ってった。

 私はお母様と二人でお父様の後について二階へと上がった。



◇◇◇


「それで話とは?」


 お父様とお母様が並んで向かいのソファーへ座る。

 私は一人反対側のソファの真ん中に座り、背筋を正した。


 そして、クリスとしてもっと戦いの経験を積みたいこと、雪下ゆきもと真昼まひるとしてこの世界をもっと知りたいと思っていることを正直に打ち明けた。


 その上で「三年を目処に必ず戻るから」と冒険者となってリンと一緒に旅に出ることを両親にお願いしたのだった。


 しばらく腕を組んで考え込むお父様。

 その眉間には見たことのないようなシワが寄っていた。




(これは……反対されちゃうやつかなぁ)


 私がそう思ったとき、お父様がふっと優しい表情で「身体には気をつけると約束してくれ」と、認めてくれたのだった。


「ありがとうござ……ありがとうお父さん、お母さん」


 私は立ち上がり、お父様とお母様へ改めて頭を下げた。

 こんな泣きそうな顔は見られたくなかった。


「あぁ……真昼まひるも気をつけるんだ」

真昼まひる、辛かったら何時でも帰ってきていいのよ」


 この世界の両親に旅立ちのことを伝えるため、必死に寂しさを堪えていた。

 だが両親からの不意打をくらい、私の涙腺は崩壊したのだった。



――――――――――――――――――――



「じゃぁ気をつけるんだぞ」

「気をつけてねクリス」

「はい!」


 私とリン、エアハルトの三人は港町スルツェイにある船着き場で見送りに来てくれた両親とマルさん、ミケさんたちと旅立ち前の挨拶をしていた。


 お父さんから少なくない路銀や身分証明書などを手渡され、お母さんから立派なローブやら杖を頂いた。


「リン……その男になにかされたら、遠慮するなよ」

「あはは〜、大丈夫だよ〜お父ちゃん」

「そ、そうです、大丈夫です、お義父さん」

「あ”あ”っ?」

「――ひっ……」


 もはや、わざとなんじゃないかと思うようなエアハルトとマルさんのやり取り。

 実際リンはニコニコしながらその様子を見ている。


「あらあら、エアハルト君はうちのリンに何もしないつもりなの? 好きなんじゃないの?」

「そっ、それは……そうですが……」


 エアハルトに容赦なく追撃をするミケさん。


「エアハルト君? クリスはまだ十五歳だ……教育に悪いことは謹んでもらいたい」

「しょ、承知しております!」


 なんと今度はお父様まで乗っかってきた。


 脳まで筋肉で出来ているようなエアハルトでも伯爵本人に凄まれるとビシッと直立不動になってしまった。


「そ、そろそろ乗り込もうか、ほら船長さん睨んでる……」


 船の上から白ひげを蓄えた船長さんが半眼で睨んできているのに気づき、私はペコペコと頭を下げる。





「貴様うちのリンを泣かせたら即刻その首が胴体と分かれると思え」

「……誓ってそのようなことはいたしません」


 マルさんが今度は真面目な顔でエアハルトへと拳を向ける。

 エアハルトも真面目な顔でマルさんへ自分の拳を差し出しコツンと合わせた。


「リン? 子供が出来たらすぐに帰ってくるのよ?」

「え〜まだそんな事しないよ〜手すらつないでくれないのに〜」

「……エアハルト君?」


 ミケさんがギギギギとエアハルトへ顔を向け半眼で睨む。

 もうそろそろ許してあげて欲しい。


「じゃぁ、お父様、お母様、向こうについたらお手紙書きますね!」

「あぁ、気をつけて」


「おとうちゃん、おかあちゃんまたねー!」

「リン、身体とエアハルトには気をつけるのよー」


 なんだかんだいって、マルさんもミケさんもエアハルトのことを気に入っているのだろう。

 出発して少しずつ進み始める船の上から、私達は皆が見えなくなるまで手を振り続けた。

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