第32話-激闘

「はぁっ――はあっ! リン早い! 待って!」


私は前方を走るリンに置いていかれないように、【速度増加スピードアップ】を使って洞穴を駆け抜けていた。


「――っ!?」

「リン、危ない! 【氷壁アイスウォール】」


薄暗い前方から放たれた炎の塊が飛んでくるのが見え、リンの前方へ咄嗟に【氷壁アイスウォール】を展開する。


「あぶっ……ごめんカリス、ありがとう〜」

「はぁはぁ、今のはギリギリだった」


◇◇◇


なぜ私はこんな洞穴を全力疾走をしているのか。


それは十分ほど前、あの部屋でお母さまとミケさんとリンと四人でお茶を飲んでいると、足元で大きな地響きが聞こえてきたのだ。

私たちは廊下から繋がる洞穴を覗き込み、リンが中へ降りると遠くからエアハルトの声が聞こえたらしい。


私には全く聞こえなかったのだが、耳の良いリンにははっきり聞こえたということだ。

しかもエアハルトと誰かが戦っているような声だったらしい。


そのままリンが慌てて奥へと走り出してしまい、私はミケさんとお母様に助っ人を頼んですぐにリンの後を追いかけたのである。

全力で【浮遊フライ】を発動させ、途中屋根に何度か頭をぶつけながら進むが、前方を行くリンの姿はなかなか捉えることが出来なかった。


そのため私は仕方なく補助魔法の【速度増加スピードアップ】を使い、全力疾走をすること五分。

やっとリンの背後を捕らえたのだ。


◇◇◇


「完全に戦闘中だよね……はぁはぁ」


珍しくリンが息切れを起こしながら、時折誰かの叫び声が聞こえてくる洞穴の奥の方へと視線を送る。


「こんな洞穴で? はぁはぁ……はぁ……」


それにしても息苦しい。

多分、先ほども見た炎の魔法のせいで酸素が減っているのだろうかと考える。


考えられるのは、エアハルトたちがホド男爵側の誰かと小屋で待ち合わせをして戦いになり、この洞穴に逃げ込んだという事だろうか。


「あっ、何か光った」


洞穴の細い通路の奥で微かに何かが光ったのが見えた。

恐らく剣がランプか魔法の光に反射したのだろうか。


私とリンは再びで奥へと駆け出した。

リンは短剣を二本鞘から抜いて両手に装備していた。

私は部屋に杖をおいてきてしまったことを後悔した。けれどすでに取りに戻っている暇はない。

リンの背中を追いかけながら更に一分程走ったところで、やっと私の耳にも声が聞こえてきた。


「くっ……!」

「兄貴!」

「【治癒ヒール】!」

「もっと奥まで引け!」


エアハルトとドルチェさん、ナルさんの声だ。段々とはっきりと聞こえるようになってきた。

そのやり取りから、やはり誰かと戦闘しているようだった。


「エアハルト!」


リンが叫ぶと同時に大きな地響きが聞こえ、エアハルト達がいる方向の天井から太陽の光が降り注いできた。


どうやら魔法攻撃で天井が崩れたようだった。

薄暗い洞穴に差し込む太陽の光。


その光に照らされて、防具がボロボロになっているエアハルトとドルチェさん、ナルさんの姿を捉えることができた。


◇◇◇


崩れた洞穴の屋根が瓦礫となり狭い通路に積み上がり小山になっている。

登ればすぐに地上に出ることができそうな高さだった。


「リン!?」


駆け寄ってくるリンの姿に気づいたエアハルトが驚愕の声を上げる。

私は少し手前で停止し、四人の様子を見ながら背後から援助が出来るように構えた。


「カリスも居るのか!」

「手伝います!」

「二人とも気をつけろ、やたらと強力な魔法を使うやつと、剣一人、短剣一人だ!」


ドルチェさんが、私とリンへ敵の数を言いながら腕の傷にバンダナを巻きつける。

ナルさんに視線を移すとすでに肩で息をしており魔力が心もとないようだった。


「私が回復します」

「いや、これぐらいは大丈夫だ。節約しててくれ」


ドルチェさんはそう言いながらバンダナを指差し「問題ない」という。


「はぁ……はぁ……クリスさん、気をつけてください【魔力吸収ドレイン】です」


ナルさんが肩で息をしながら、私の隣まで下がってきた。

魔力吸収ドレイン】はその名の通り、相手の魔力を吸い取る魔法だ。


一般的な魔法使いだと三発ほど喰らえば魔力が枯渇してしまう。

攻撃魔法なら注意していれば躱せるかもしれないが、【魔力吸収ドレイン】や【昏睡コーマ】のような対象に直接作用する魔法を避けるのは難しい。


(なら、【魔力吸収ドレイン】に反応する魔法を仕込めば……)


私はあの夜に使った結界魔法を思い出していた。


(【魔力吸収ドレイン】されたら、吸われる倍の魔力を強制的に送り込んで発火させる……うんイメージできる)


それはまさに魔法によるカウンター。

そんな魔法がこの世界に存在しているのかは判らない。


「【対魔法地雷アンチマジックマイン】」


私はそれっぽい魔法名を口で唱え、自分の中でイメージを固定する。


――カチリと、スイッチが入るような感触があり、うまく魔法が発動したように思える。



「――ちっ」


その時、エアハルトが舌打ちとともに崩れた天井付近をにらみつける。

私もそちらへと視線を移すと崩れた瓦礫の上、地上に近いところに三人の人影が現れた。


「てぇぇい!」


その姿を捉えたリンが叫び声と共に瓦礫を駆け上がり、一人の剣士へと短剣で斬りかかる。


「はんっ……」


しかしその男は腕に装備したバックラーでリンの短剣をあっさりと防ぐ。


「リン!」

「――あぐっ!」


リンの攻撃を剣士が防いだ瞬間、奥から【炎槍ファイアランス】が飛んできてリンの足をかすめる。


「ヒール!」


私は咄嗟にリンへ回復魔法を掛ける。

節約するようにとドルチェさんに言われたのに、リンの傷を見たら反射的に使ってしまった。けれど私の魔力はほとんど減らない。


もしかしたら【浮遊フライ】を使った時より【治癒ヒール】のほうが魔力消費が少ないのではないだろうか。

他の人、例えばナルさんが【治癒ヒール】を使ったらどれぐらいの魔力が減るんだろうか。



「ふん、一人や二人増えたところでお前たちが死ぬのは変わらんぞ!」


三人組のうち、剣を持った一人が瓦礫を走り下りながらエアハルトへと斬りかかってくる。

同時に魔法使いの周りにバチバチと静電気が走る白い槍が出現する。


「【雷槍サンダーランス】!? エアハルト気をつけて!」


最も早い攻撃魔法と言われている【雷槍サンダーランス】を避けるのは、熟練の剣士でも戦いながらだと難しい。

しかし、ものすごい速度で間合いを詰めてくる剣士の攻撃をエアハルトは大剣で弾くのに精一杯のようだった。


「――っ!」


その時、私の隣にいたリンがエアハルトと鍔迫り合いをしている剣士を狙い矢を射った。


(当たる……!)


リンの放った矢のコースとタイミングは完璧だった。

だが、矢が剣士に当たる直前に短剣を二本持った男が瓦礫から飛び降りてきて、剣士に迫る矢を叩き折った。


「なっ……」

「ふっ――」


短剣男は矢を叩き落とした勢いを殺さず身体を捻って地面を蹴り、リン目掛け跳躍してくる。


「うわっ!」


リンが突然迫ってきた敵に向けて咄嗟に蹴りを繰り出すが……。

短剣男はその蹴りも身体を捻って躱す。


「リン!」


短剣対蹴りという信じられない攻防を見ながら、私も何かできることはないかと思考を巡らせる。


「あっ……リン! 【超加速アクセラレーション】!」


瞬間的に速度を倍にする風魔法をリンにかけると、リンが繰り出す蹴りの速度が目に見えて早くなる。


「わわっ!?」


リンは驚愕の声を上げつつも、自身のスピードをうまくコントロールしながら短剣男が繰り出す攻撃の隙を狙い蹴りを入れていく。


「ちぃっ!」


短剣男が舌打ちをしてバックステップで後ろに下がり、リンと距離を取った。


「大人しくしてろ!」


そこにドルチェさんが洞穴の壁面を蹴り、頭上から短剣男に斬り掛かった。


「あめぇ!」


しかし短剣男はその攻撃をあっさりと二本の短剣で弾き返す。


「…………てめぇ、シャドウだな」

「あぁ? お前みたいな奴にまで名前を知られているとは光栄だな」


「ちっ、てことはあっちの剣士と魔法使いは……」

「そーゆうこった。だから逃げるなんて希望はさっさと捨てちまいな!」


「――ふっ!」


シャドウと呼ばれた短剣男がドルチェさんに斬りかかり、その攻撃をギリギリで凌ぎ続けるドルチェさん。




「リン、どうしよう」


私は目の前で繰り広げられる初めての対人戦に、どうするのが正解なのかわからなかった。

はっきり言ってこれが経験の差なんだと思い知らされる。


「カリスはあっちの魔法使いを」


リンの視線を追うと、エアハルトが剣士と攻防を続けており、そこに魔法使いが魔法で追撃を加えている。

ナルさんが時たま【治癒ヒール】を使い、なんとか耐えているようだった。


エアハルトと剣士は洞穴の細い通路で戦っており、魔法使いは瓦礫の上から動かず魔法を撃っていた。

頭からすっぽりローブをかぶり金属の杖を持った魔法使い。

顔には仮面を付けており表情は見えない。


(でも私のことは魔力で気付かれているだろうな)


魔法使い同士はお互いの存在に気づきやすい。

私からもあの魔法使いから立ち昇る魔力がビリビリと肌に感じることができる。


(なら――)


正攻法ではなく、不意打ちを狙う。


「【地殻クラスト崩潰 クラプス】っ!!」


地面に手をつかず、立ったまま足から発動させた土魔法が地面を伝い、魔法使いの足元で発動する。

その途端、積み重なった瓦礫の内部と外部が


「うわっ!?」


突然足元が崩壊し、驚きの声を上げた魔法使いは魔法を使おうとしてた所だったため、何も出来ないまま瓦礫に吸い込まれるように飲み込まれた。


「イーグルっ――!?」


その音に振り返った剣士が声を上げる。

あの魔法使いはイーグルという名前らしい。


「イーグルってぇことは、やっぱり闇月か」

「ほう……」


闇月。それはスルートで活躍する第一線級の冒険者パーティーの名前だ。

私も昔、学園でその名前は聞いたことがある。


(リーダーの剣士はたしか……っ!?)


しかし、魔法使いのイーグルが飲み込まれた瓦礫の山が前触れもなく爆発し、瓦礫が天井の穴を突き抜け頭上へと吹き飛んでゆく。


「このクソ魔法使いがぁぁ!!」


瓦礫から現れたイーグルの怒声とともに、私の足元から真っ赤な炎が吹き出した。


「(やばっ!?)【氷壁アイスウォール】!!」


私は咄嗟に【氷壁アイスウォール】を足元に出し、辛うじて襲いかかる炎から逃れるが……。


「いたっ――!!」


右足を見ると足首から先が加熱した鉄のように真っ赤に燃え上がっていた。

すぐに水魔法で炎を消し、すぐさま【治癒ヒール】をかけて傷を治す。


「てめぇ、魔法使いのくせに【治癒ヒール】まで使うとはいい度胸だ!」


怒鳴るイーグルの画面は半分に割れており、怒りに歪んだ青年の顔が見えていた。


「はぁはぁ……」


しかし私は息を整えるのが精一杯で肩で息をしながら、イーグルを観察する。

イーグルの【炎壁ファイアウォール】は込められた魔力の量が桁違いだった。

リンやエアハルトたちのように魔力が少ない人が受けたら相当ダメージを受けてしまう。


私は次にどう動くべきかと考えていると、顔に青筋を浮かべたイーグルが先に動いた。


「絶望しろ魔法使い! 【魔力吸収ドレイン】!」


「――っ!?」


イーグルが魔法名と共に私へ手のひらを向ける。

その手がボゥっと光り、私の中からごっそりと魔力が抜けてゆく。


その量は想像していたよりはるかに多く、一瞬で半分以上の魔力が体内から消え去ったと感じてしまった。


だが――。


「ぐぁぁぁぁっーーっっ!!」


突如イーグルが断末魔のような声を上げ、爆発四散した。


「「…………」」


エアハルトと剣士は何が起こったのかわからないと言った表情で互いに手を止め私へと視線を向けている。


「えぇっと…………」


イーグルが立っていた場所にはボロボロになった彼のマスクやローブといった装備品が焼け焦げた状態で散らばっていた。

私はなんと言えばいいのがわからず、呆けてしまう。


しかし、そんな状況で最初に動いたのはドルチェさんがギリギリで攻勢を続けていた相手、シャドウと呼ばれていた男だ。


「――シャァァッ!!」


私の首筋を正確に狙った二本の剣線。

瞬きをした瞬間にそれが目の前に迫っていた。


「――カリス!!」


咄嗟に叫ぶリンの声がとても遠くに聞こえる。


「あっ……」


このタイミングは避けることが出来ない――。

リンもエアハルト達も追いつかない……。


首から血を吹き出し倒れてゆく自分の姿が脳裏をよぎる。

そして一瞬後にやってくるであろう激痛を想像し目をぎゅっと閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る