第31話-衝撃と目標

「そうなると、ティエラ教会の動きが気になりますな」


 お父様がもっている羊皮紙を隣から覗き込みながら、マルさんが顎髭を撫でる。


 マルさんが言う通り、今回事件の発端であるティエラ教会の執行部だが、本当に急進派と呼ばれる一部の者たちだけなのか、ティエラ教会全体がそういう考えだったのか。


 それによって私達が今後取るべき行動が変わってくる。


 急進派の一部が暴走した結果なのだったら、その主犯格を捕まえればこの話は終わりだろう。もちろんスルート国内にあるティエラ教会に対しても何かしらの制裁はあるだろう。


 しかしティエラ教会全体としてこういった誘拐や殺人などを黙認しているのであれば、話は変わってくる。


 何しろこの世界においてティエラ教会というのは一番信者が多く、その教義や信徒達の行動、また貧しいものたちに対する寄付や援助活動においてとても高い評価がされているのだ。


 ティエラ教会の司祭以上になることが、聖職者やそれを志す人達のステータスになっているぐらい人々から評価されているのだ。


 それが裏でこういう事を行っているとなれば、間違いなく世界の大事件になってしまうだろう。


「やはり教会を重点的に調べた方がいいかもしれんな」

「そうですな。首都の連中に指示しておきます」


 ホド男爵についてはエアハルトに任せていたため、マルさんはティエラ教会の内部を重点的に調査することとなった。


「クリス……お前はどうする?」

「そうですね……私は直接こうなってしまった原因のホド男爵を調べたいです」

「解った。だが気をつけるんだぞ」


 お父様が私の肩にそっと手を置く。


「リンも手伝ってくれるそうですし、エアハルト達の支援に回ろうかと思います」

「お前は学生になる前から魔法の才能が高かった。非常に勉強も良く出来ていたのも知っている」

「ありがとうございます」


「だが、今のお前はそれに加えて"生き残る力"を備えてるように見える」

「生き残る力――ですか?」


 それは国を守る騎士など崇高な職業に求められるとても大事なこと。

 守るべきものを守る。

 そんな事を実際に実行できるのは極一部の選ばれたものだけだ。


 生き残る力とはそのような建前ではなく”何があっても生き残り次に繋げる"ことができる力だ。


「無理をするなとは言わない。だが無茶はするな。これだけは約束してくれ」

「――はい、わかりました」


「セシリー」

「はい、あなた」

「私はマルと共にティエラ教会のほうを調べるために動く。クリスのフォローを頼みたい」

「うふふ、言われなくても貴方もクリスも私がサポートいたしますわ」

「苦労をかけるな」

「……あなたも無茶をなさらないでください」

「ははっ、そうだな。気をつける」


 お父様はマルさんたちと一部の人達と共にスルートへ向かう事となった。

 村の責任者はリンのお母さんであるミケさんと、私のお母様に委ねられることになった。


 私とリンは特に今はやることが無いが、エアハルトから連絡があったらすぐに動けるように待機しておくこととあった。


 お父様たちを見送ってから、私はお母様とミケさんとリンの四人で部屋に残ってお茶を飲みながら少し休憩する、


「リン、なんか迷惑ばかり掛けちゃってごめんね……?」

「え~どのへんが~?」


「ほら、私が一緒にスルツェイに行こうって言ったから……」

「それを言い出したら~『生まれてきたから』まで戻っちゃう譲り合いになっちゃうから言わないで~」


 リンは「あはは~」と笑いながら私の肩へ腕を回して楽しそうに笑ってくれる。

 あの時リンを助けられたのは本当に良かったと思っている。

 けれど、あそこでリンと別れていたら今頃どうなっていただろうか。


(でもこの村にお父様たちが居たから、結局は私もこの村に来てたのかな)


「リンはだいじょうぶなの?」

「ん~? なにが~?」


 あれはいつの話だったか。

 リンが妙に悩むような仕草をしていたことを私は未だに覚えていた。


「えっと、私がこの村に来た日の夜…だったかな。何か悩んでいたじゃない?」

「あ~……えへへ、あれか~」


 リンが自分の耳を指で摘みながら、足をパタパタと動かしている。


(……触りたい……柔らかそう)


「エアハルトに結婚しようって言われてさ~」

「(前触ったときは確か……)――はぁっ!?」


 え? いまリンはなんて言った?

 私はグリッっと音がなりそうな勢いで顔をリンの方へと向ける。


「えっ? えー? え? 」


 私の脳が壊れてしまったのか同じ言葉しか出てこない。

 確かリンはエアハルトとは幼馴染だとか言っていたけれど、マルさんが冷たそうにしていたしてっきり唯の仲良しなだけだと思っていた。


「えへへ~……何回か言われていたんだけどね~」


 真っ白い綿のような長い耳をピコピコと動かしながら頬に手を当て、くねくねとしているリン。

 その様子から、リンとしては満更まんざらでも無いといった様子だった。


「あらあら~リンちゃん、おめでとう」

「えへへ~まだ決まってないですよ~返事してませんし~」


 口ではそう言いながら、リンの中ではもう答えは出ているんだろう。

 その声色だけで私は口から砂糖を吐いてしまいそうだった。


 お母様もミケさんも「私も昔は~」とか「マルに求婚されたときは~」と、昔話に花を咲かし始めた。



「あっ、もしかしてリンが冒険者になりたいって言ってたのって」

「うん~家庭に入る前に一度外の世界を見てみたくて~」

「そうなんだ」

「エアハルトに伝えたら、一緒に行こうって言ってくれたんよ~」


 最初に会った時、リンが斥候の訓練をしていると言ってたのはこのためだったのかと、私は納得してしまった。


 確かにエアハルトは直接戦闘系だし、ドルチェさん達は臨時でパーティーを組んだだけだと言ってた。

 旅に出るとしたらエアハルトとリンの二人。前衛と中衛。


 確かに悪くない組み合わせだし、いざと慣ればリンも接近戦ができるレベルの強さをもっている。


「……他の大陸か」


 クリスもこの国から出たことはない。私はそもそも知らない世界である。

 外の世界というものに興味は尽きないが、殺される運命だったところからやっとお父様と再開できたのだ。


 これ以上私の興味本位だけの我儘を言うわけにはいかない。


「……カリスも一緒に来ない?」

「え?」

「ほ、ほら、いきなり二人旅っていうのも……その……はずかしい……し」


 リンが両手の指をもじもじさせている。

 いやしかし、結婚する予定の友人二人の旅に割り込むというのはどうなのか。


「同性のカリスが居てくれたほうが……ほ、ほら、野宿の時とかさ……」


 確かにこの事件が解決した後、私に何かやらなければならない仕事は無い。


 ――でも。


「カリスも海向こうのヴェリール大陸とか行ってみたいって言ってたじゃない」


 お父様はきっと寂しがるし、お母様に心配をかけてしまう。

 両親に心配事を残してまで結婚する二人の度に着いていくのは……。


「リンちゃん、クリスをよろしくね」

「お母様っ!?」


 リンが勝手に喋り続け、私が一人で悩んでいたらお母様がそんな事を言いだした。


「うふふ、お父様も知っているわよ。貴女が冒険に出てみたそうだっていうのは」

「私そんな事……言いましたっけ……?」

「リンちゃんから聞いたのよ。興味ないの?」

「あっ……あり……ます」


 興味がないわけはない。

 私にとっては見たこともないこの世界には、はまだまだ想像もつかないことが広がっているだろう。


 けれど気がついたらこの世界に居て、殺されそうになっていて、今まで生きることに必死だった。自分に言い訳をするなら、まだ踏ん切りがつかないのだ。


「じゃぁカリス、この件が終わったらもっかい考えて~? 私はカリスとも冒険してみたい!」


 私の手を取りリンがじっと目を見つめてくる。

 吸い込まれそうな海水アクアマリンの瞳に映る自分の姿を見る。


「――――じゃぁ、お邪魔じゃなければ……でもエアハルトにも聞いてね?」

「大丈夫よ~エアハルトにはもう許可をとっているから~」


 一体いつのタイミングでそんな話をしたんだろう。

 エアハルトが求婚したということはリンの頼みを断れないだろうし、無理やりうんと言わされたんじゃないだろうかと心配になる。


(エアハルトの性格だとありえる……)


 けれど三人でこの世界を冒険して、まだ知らないも街や知らない人に会うことが出来るという予感に心が踊っていた。


 この世界に来て二十八日。

 私はリンと三人で冒険に出るというこの世界での目標をやっと手にすることが出来たのだった。


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