第30話-夢のような悪夢のような


 私は「魔法で余計なことをするのはやめよう」と考えながら、ベッドで痛む頭を抑えゴロゴロと転がり反省する。


 あの後、私は魔力切れを起こして痛む頭を抑えながら寝室に戻ってきた。

 リンが肩を貸してくれるというので、お言葉に甘えて、リンに支えられながらベッドに横になった。


 リンが少しソワソワした様子でグラスに水を注いで持ってきてくれて、私はそのグラスを受取る。



(耳が完全に庭の方へ向いている……)


 一口水を飲みながらソワソワしている雰囲気のリンを観察する。

 顔はこっちを向いているのに、二本のウサ耳がぴょこんと横を向いている。

 少し見えた腰にある丸いしっぽがプルプルと動いているのだ。


 最近セリアンスロープの人たち……ウサギ限定だけれど、やっと見慣れてきたかなと思っていが、こういう私には出来ない動き見るとやっぱり面白い。


「リン、行ってきていいよ?」

「なっ、何がっ? 私はカリスが心配で!」

「あはは、心配掛けてごめんね。魔力半分だけ使ったつもりだったんだけれど」


 そう、あの時たしかに半分だけ魔力を使ったはずだった。

 けれど、発動した瞬間一気に全ての魔力が持っていかれた。


(多分、発動に半分、物体形成に半分持っていかれたのかな………)


 リンがベッドの枕元においてある小さな椅子に座ってくれるのだが、耳の向きは向日葵のようにそろって違う方向を向いている。


「リン、私ちょっと考えたいことがあるから一人にしてほしいな……とか」

「あ、うん~……」

「だからマルさんにお願いした後片付けの手伝い頼んでもいい?」

「うん! わかった!」


(感情を隠そうとして隠しきれていないリン、かわいいなぁ)


 私はそんな事を思いながら、手を振ってから扉を閉めるリンを眺める。


 庭では村の男衆達が集められ、私が出してしまったものの後片付けに追われていた。後片付けというより処理といったほうが良いかもしれない。


 現れた【土槍アースランス】は私の背丈より大きな半透明の石の塊だった。

 調べたわけではないのではっきり解らないが、イメージ通りに魔法が発動したのだとすれば、あれは金剛石ダイヤモンドの原石だろう。


 加工して、研磨して、市場に流せばどれほどの価値になるのか想像もつかない。


(私すごくない?)


 自分の手を広げたり閉じたりして、そんな事を考えてしまう。

 考えたとおりの物を魔法で生み出せた。

 そんな魔法のような……魔法ではあるが、そんな現実を目の前にテンションが上がってしまう。


(ダイヤモンドかー。少しぐらい分けてくれないかなー)


 クリスわたしはまだ学生だったこともあって、宝石を持っていない。

 お父様にお願いすれば一つぐらいは買ってくれるだろうが、勉強と恋に一筋だったためか、装飾品のたぐいはほとんど興味がなかったのだ。


(……あれ? もしかしてこの事ってバレたら私やばい……?)


 どんなキレイな宝石になるのかなーとか、加工ってどうやるんだろう? と考えているうちに急に恐ろしい想像をしてしまう。

 

(宝石を魔法で生み出せる少女。原価はかからない。いくらでもつくれる……)


 宝石を生み出せるなんて知られてしまっては、今度はどこかに軟禁されて一生宝石を作り続けるなんてことになったらどうしようと考えてしまう。


(……流石にマルさんはそんな事……しないよね?)


 ――コンコン


「――っ! は、はい!」


 唐突に扉がノックされ、慌てて返事をすると扉を開けてお父様とお母様が部屋に入ってくる。


「クリス、身体は大丈夫か?」

「はい、ご心配を……」

「いや、無事なら良いんだ。しかしとんでもないものを出したのだな」


 お父様が苦笑しながら頬をポリポリと掻きながら言う。

 隣ではお母様も苦笑いしながら「まぁまぁ」とお父様の肩をポンポンしている。


 私は「勝手なことをしてごめんなさい」と無理をしたことを誤ったのだが、戦闘訓練をしていたのだからそれは仕方がないと笑う。


「いや良いんだ。だがあれはどうするんだ? お前が出したんだからあれはお前のものだが」


 私が魔法で生み出してしまったものについては、お父様がマルさんと相談した結果、私が作り出したからあれは私のものと言うことになったらしい。


 けれど、あんな巨大なダイヤの原石を貰っても困る……欠片ぐらいは欲しいけれど。


「えーっと……私はいらないので村の皆さんにということでもいいですか?」

「あぁ、お前が良いなら構わないが」

「貰っても、私だと加工も出来ませんし……」


 もしかしたら【風斬エアカッター】を使えばいい感じにカッティングができるかも知れない。


 これが平時なら「ちょっとやってみたい」と言い出すところだけれど、今はそんなことをしている場合ではないのは私も理解している。


 結局お父様と相談して、アレはマルさんたちに加工をお願いして、私とお母様で一欠片ずつ貰おうということになった。

 残りは今回の事件で掛かった費用として受け取ってもらおうということで落ち着いた。


「あの、お父様……その、このことは」

「言えるわけがないだろう」


 お父様は私がそれを言い終わる前にピシッと言い放った。

 一瞬怒られるのかとお父様の顔を見上げたのだが、その顔は笑顔だった。


 それはクリスわたしが小さい頃、悪戯をしてお父様を困らせたときの「しょうがないなー」という時の表情だった。


 困ったが娘の成長が嬉しい――そんな複雑な感情の笑顔を久しぶりに見た私も苦笑する。


「ふふっ、今度から気をつけます。というよりこの魔法は使わないようにします」

「それがいい。だがもし将来ガメイ家が傾いたら頼むかもしれんぞ。ははははっ」


 そんな冗談を言いながら、私は夕食までの間、魔力を回復させるため少しだけ眠ることにした。


 ――――――――――――――――――――


 スルート国王からの使者と名乗る若者が村へとやってきたのは、エアハルトを見送ってから三日後だった。


「拝見します」


 お父様、アレックス・フォン・ガメイ伯爵名義でスルート国王へと提出した書類。

 中身はクリスわたしの冤罪についての報告、ホド男爵によるガメイ伯爵夫妻の暗殺未遂。


 私が村に来た初日に顔を合わせたことがあるドラさんという人が、無事に首都スルートへと届けてくれたらしい。


 そして私、クリス・フォン・ガメイ名義で提出した書類。

 この村に来てお父様と出会った翌日に、私とリンの話をお母様がまとめてしたためてくれた内容だ。

 これはハナさんという人がすぐその日のうちに村を出発してくれた。


 更に、ドルチェさんの暗殺未遂がおこった翌日に提出したマル・カネーション名義での書類。


 マルさんたちが集めた私の失踪、ガメイ夫妻への謎の襲撃。

 私が監獄で聞いた法律を無視した即死刑の宣告。


 逃げ出した森で聞いた、ホド男爵による計画ではないかという話。

 村で見かけた高額な賞金の手配書。


 さらに、エアハルトがホド男爵の関係者から直依頼を受けたこと。

 ドルチェさんの証言による、ティエラ教会執行部が行った誘拐の実態。


 偽装兵による村への襲撃。

 そしてガメイ伯爵家を狙った暗殺未遂。


 時間差になってしまったが、私達が持っていたありったけの情報をスルート国王へと提出した。


 そしてその書類に対しての返事がやっと届いたのだ。



 使者を通した客間でお父様が丸められた羊皮紙の蝋封を開け、中身に目を通している。

 私やマルさん、リンも固唾を飲んで書類に目を通すお父様の様子を見守っている。


「…………現状、王家としては何もしないそうだ」

「そんなまさか!?」


 まさかの言葉にマルさんが驚愕の表情を上げる。

 しかし――。


「まぁ待てマル。そうではなく我々の好きにして良いという事だ」

「それは……どういう?」


 スルート国王が直接宰相たちと書類を審議した結果、ホド男爵を王女殺害の主犯と認定したそうだ。そしてクリス・フォン・ガメイの誘拐容疑でティエラ教会スルート教区の本部の強制捜査が決定したとのことだ。


 こちらはドルチェさんさんの証言により、ドルチェさんに命令を出した人物を捜索逮捕するためだと書かれていた。

 誘拐の実行犯のドルチェさんとナルさんについては、その罪を不問とする旨の一筆をお父様の名前で記入して送ってあった。



 しかし村への襲撃未遂や暗殺未遂といった現状を考えると、このタイミングで堂々と国軍を動かすと、ホド男爵の国外逃亡も考えられる。

 そのため、国としては表向きはクリス・フォン・ガメイの捜索を続けていると言う事にするそうだ。


「そっか……よかったー…………よかった……」


 それはつまり言い換えればクリスわたしの無罪が認められたという事だ。

 私はその事実に全身の力が抜け、その場で座り込んでしまった。


「うぅ〜カリス〜よかったね〜」


 私は突然舞い込んできた朗報に思考がついて行かず呆けていたのに、リンが既に涙目だった。


 けれどリンとお母様に抱きしめられると、やっと心が追いついてきたのかホロホロと涙がこぼれ落ちる。


「うぅぅーよかったぁーよかったよぉぉっ……」


 ――やっと、つらい逃亡劇が終わる。

 この村に匿ってもらってからは、既に夢だったのではないかと思ってしまうほど壮絶な逃亡劇。

 だが手首の傷を見るたびに嫌でも思い出してしまう。

 独房で、あの屋根裏で、森の奥で、何度も死のうかと思った黒い記憶が洗い流されてゆく思いだった。

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