第33話-ファウスト


――ガキィィ

金属同士がぶつかるような甲高い音が洞穴に響き渡った。


「……ぐぁぁぁっ」

「…………っ」


私の近くにいたリンとドルチェさんは、何が起こったのか理解できないという表情になっているのが視界の端に映る。

けれど、一番理解できなかったのは、私の首を切り落としたと確信していたシャドウだろう。


私の首の皮直前で、シャドウが握る二本の短剣がドス黒い壁のようなものによって止められている。

そしてその壁から突き出た何十本もの赤い槍のようなものがシャドウの顔面に突き刺さっていたのだった。


「――っ、はぁぁっ……はぁ……ヒ、【治癒ヒール】」


私は遠のく意識をなんとか堪え、自分の首筋へ回復魔法をかける。


私が通り、首から突如吹き出した血液。

それを魔力で硬化させた槍だった。

首筋から突き出している血液の槍は【治癒ヒール】で逆再生するように液体に戻り、首の裂け目から体内へと消えてゆく。

首の裂けた皮膚もみるみるうちに癒えた。


咄嗟のこととはいえ、怖い魔法を使ってしまったと今になって思う。


「カリスー!」


突然リンが飛びついてくるのを、両手を広げて受け止める。


「むぐっ――くるし……」

「死んじゃったかと思ったよ〜」


「私も死んだかと思った」 

「すげぇカウンターだったな、あんな魔法見たことないぞ」


ドルチェさんが短剣をもったまま後頭部を搔きながら、地面に仰向けで倒れているシャドウを足先で突いた。


「ほんとほんと〜血の槍? みたいなのが見えたけど〜」

「首から血を出して槍にした……みたい。咄嗟のことだったんだけど出来てよかった」


「えっ、ほんとに血で作った槍なのっ!? そんなことして大丈夫なの?」

「うーん、たぶん?」


私は首元をさすりながら苦笑いをする。特に体調におかしなところはない。

治癒ヒール】で血液もきれいになって戻っているはずだ。


「もう〜無理しないで〜心配するから〜」

「闇月のシャドウを倒すなんて……その前にあっちで爆発してたのはもしかして、イーグルか?」


「そうみたい……?」

「カリス……」


その時、再び剣と剣がぶつかる音が聞こえてきた。

振り向くと、一人生き残っている剣士の攻撃をエアハルトが受け止めている。


「くそっ――重すぎる……だろっ!」


エアハルトの巨大な両手剣で捌き切れないほどの重量とは思えない。


(もしかして……)


自分に【魔力透視クレアボヤンス】を使い、その剣を見るとうっすらと黄色い魔力が立ち上っているの目に映る。


「魔剣……」


その名の通り、魔法の力を封じ込めた剣。

魔力を流すと自在にその魔法を使うことができるものだ。


「……」


剣士が私を一瞥する。


「そんな小娘に二人が殺されるとは……何者だ?」


剣士は後ろに飛び抜き、私を一瞥してから改めて剣を構える。

エアハルトも大剣を構え直し剣士に向き合った。


しかし……。


「嫁の友達だよ」

「ちょ、エアハルト!」


リンがエアハルトを怒鳴りつけるが、尻尾を見る限り「嫁」呼ばわりされたことに怒っている訳ではなさそうだった。


「……そうか、依頼にあったクリスとは、お前か」

「……」


男が剣を中段に構え直し、エアハルトが大剣を上段に構える。


「…………」

「――こねぇのか?」


「やめだ」

「はっ?」


「俺も冒険者だ。イーグルとシャドウを殺せるような奴に勝てるとは思わん――どうだ?」

「どうだも何も、襲いかかってきたのはあんたらだろう」

「それもそうだな……」


剣士は鞘を取り、剣を仕舞い不敵に笑う。


「見逃してくれないのなら、俺も最後の足掻きをするまでだ」


私の目に映るのは鞘から膨れ上がり立ち上っていく黄色い魔力。

それはアメーバのように洞穴の通路を侵食していく。


ナルさんも青い顔をしているのを見ると、肌でこの異様な魔力を感じてしまっているようだ。


「あのっ!」

「なんだ」

「引き分けにして情報交換しません……か?」


エアハルトとドルチェさんが「何言ってんだこいつ」という目を私に向ける。

私も何を言っているかわからなかったが、とにかくあれはヤバい。あの魔剣の魔力は何かとてつもなく恐ろしいものを感じるのだ。


「ふっ……なるほど。お嬢様がこう言っているが?」

「……」


エアハルトが少し納得できないような顔で剣を背のホルダーへ収める。


「それで? クリス嬢はなんの情報をくれるのかな?」

「……ホド男爵は国王様に手配されました。国王様は私の無罪も認めてくれました」


「……それは」

「ほんとうか?」


剣士とエアハルトが揃って聞き返してくる。


「はい、先程使者の方が書類を持ってこられました」

「と、なると、ホド男爵に雇われている俺たちが悪ということだな」


「あの、お名前はもしかしてファウストさんですか?」

「そうだ」


その返事に私は「やっぱり」と思う。

剣士ファウストといえば、この国では一番有名な剣士の名だった。


護国の英雄とまで呼ばれる事になった、首都を襲った魔獣の大討伐戦で一躍有名になった人物だ。

その後、城に召し上げられるのを断り冒険者を続けている剣士。


「……一つ……いや、三つ聞かせてくれないか」


ファウストは鞘を腰のベルトに装着し直し、私の方へと向き合った。


「イーグル……うちの魔法使いに何をした?」

「【魔力吸収ドレイン】されると倍の魔力を無理やり送り込んで発火させる魔法を自分に仕込みました」


「……それは……そんな魔法があるのか」

「いえ、私が思いついたものです……結界の魔法をちょっとアレンジして……」


ナルさんが【魔力吸収ドレイン】を使ってくると聞かなければ、そのうち私が魔力切れでやられていただろう。


「イーグルは?」

「咄嗟だったので、血で槍を作って……」

「……はっ…………はははははっ!!」


ファウストは顔を片手で覆い、突然笑い声を上げる。


「なるほど、おまえの魔法の才は素晴らしいな。うちのメンバーに欲しいところだよ」

「あの……怒ってないんですか?」


「怒る? 何に? あの二人はちゃんと戦って死んだのだ。冒険者たるもの自分の命に対する責任は自分にある」


キッパリと言い切るファウスト。

その言葉は冒険者の心得というやつでる。

魔獣と戦い、報酬を得るのを生業としている冒険者は死んだとしても自己責任なのだ。


エアハルトやファウストのように、その腕を買われてこういう依頼を受けるものも多い。

しかしやはりそれも殺すか殺されるかの世界で、目標に返り討ちにされても誰も保証はしてくれない。


逆にいえば依頼人にとって冒険者とは、成功報酬さえ払えば問題がない使い勝手の良い駒なのだ。


「……ただ、やはり信じられん。あの二人とは長いからな」


ファウストが突然声のトーンを落とし、そんなことをこぼした。


「――ごめんなさい」

「おまえが謝ることではない。それでそっちは何を聞きたいんだ?」


「護国の英雄が、どうしてエアハルトたちと戦いをしてたんですか?」

「単純だ。それがホド男爵から直接受けた依頼だからな。男爵には駆け出しの頃に世話になっていてな」


先に依頼したエアハルトが行方をくらませたことにより、裏切られたと感じたホド男爵が闇月へと直接依頼をしたという流れらしい。

内容はエアハルトたちと近くにいるであろうクリスを殺して連れてくることだった。


「ティエラ教会は……?」

「……? どうして教会の名前が出るのだ?」


どうやらファウストは事件の全容は知らされていないらしい。

私はもしかしたら手伝ってくれるかもと淡い期待をもって目の前の金髪碧眼の剣士に事件の全容を伝えることにした。


私の話をどこまで信じてくれるのかは判らかったが、エアハルトとリンの口添えもあって、ファウストは最後まで話を聞いてくれた。


「その話が本当ならシャドウたちはホド男爵に殺されたようなものだ……つまらん借りを気にしてこの話を受けた俺が一番の元凶だな……」


しばらく地面にドカリと座り、立てた膝に頭をつけていたファウストだが、「俺は手を引く」と一言だけ残し天井に開いた穴から外へ飛び出した。

私は立ち去ろうとするファウストにどうしても聞きたいことを問いかけた。


「あのっ! ホド男爵は今どこに……?」

「……監獄棟」


それだけを告げ、金髪碧眼の剣士は姿を消したのだった。

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