第22話-真昼の惨劇
横たわるお父様の目が徐々に閉じ、握っている手からも力が抜けていく。
「お父様、だめっ!」
だが先程まで普通に会話をしていたお父様は、私の呼びかけにも反応を示さない。
――ドクンと私の心臓の音が激しく高鳴る。
(回復魔法っ! 早くしないと……!)
私はリンが走っていた出口へと視線を向けるが、長い廊下の先にミケさんの姿はまだ見えない。心がざわつき、自分の心音が妙に頭に響く。
(フレンダに…ナルさんに回復魔法をかけてもらった時、どうやってた……!?)
目をぎゅっと閉じ、走馬灯のようにフレンダに傷を直してもらった時のことを思い浮かべる。
(もっと……もっとちゃんと思い出して!!)
あの夜の記憶を必死で思い浮かべる。
フレンダはいとも簡単に回復魔法を使っていた。
教会でも才能のある者でないと使えないとされている回復魔法だ。
(ナルさんに回復してもらった時、眠らされていたけれど、起きたとき傷はどうなってた!?)
治っている傷跡を再び上から傷を付け、回復魔法で直しても同じように最初の傷跡がついた状態で治ってしまう。
ナルさんはそう言っていた。
(回復魔法は細胞を少し前の状態に戻す魔法!?)
私は生物の授業で習った人間の細胞の事をフラッシュバックのように思い出す。
(流れ出た血液を操って、血管に戻して……血管壁を埋めて……それから、それから――!!)
お父様の傷を抑えている手がカッと熱くなり、まるで燃えているかのように感じられる。
詳しい人体構造なんてわからない。
それでも必死に記憶と知識を総動員してイメージを続ける。
(――壊れた細胞は魔力を通して活性化……皮膚細胞も同じように――)
スーっと私の中にあった暖かな何かが、水を溢すように流れ出ていく。
意識がプツリと途切れそうになるのを必死で繋ぎ止めるが……。
(あっ、だめ……)
抵抗も虚しく私は目の前が真っ暗になり、お父様の背中に崩れ落ちた。
◇◇◇
「ク、クリス……!」
「クリス嬢……!?」
意識を失っていたのは本当に一瞬だったと思う。
お母様とマルさんの声で意識が戻り、自分が無意識に何をしていたのか理解できた。
「うっ……クリス……クリスが回復を……?」
「うぅぅ、良かった……お父様」
私はゆるりと起き上がったお父様をギュッと抱きしめた。
頭の中で何かがカチャリと嵌った気がした。
そして安心したせいか少し気が遠くなり、お父様に怪我をさせた原因に対して怒りが湧いてくる。
(誰がこんなひどいことを……外の兵? ホド男爵?)
「……これは驚きました。まさか回復魔法を……しかも妻のミケの回復魔法より強力だった」
「クリス……身体は大丈夫?」
「クリス? クリス!」
お母様が私の身体を揺さぶるが、私にはその声がとても遠くで話しているように感じられる。
お母様に名を呼ばれているが、まるで自分ではないような感覚になってしまう。
すると頭が徐々にストーブのように熱くなっていくのがわかった。
身体中が意識していないのに小刻みに震え、呼吸が浅くなる。
(――誰でもいい。お父様を怪我させたヤツは……許さない!!)
少し魔力を身体中に通しただけで私は天井を突き破り、遥か上空へと舞い上がったのだった。
◇◇◇
頭上には大きな太陽が輝いており、暖かな日差しが身体を包んでいる。
けれど私の身体は震えが収まらず、頭がうまく回らない。
私は何も考えられないほど怒りに燃え上がっている自分と、それを別の角度から眺めている妙に冷静な自分がはっきり意識できた。
足元を見下ろすと、小さな村の外壁を囲むようにわらわらとアリのような兵が
誰かが村の屋敷から飛び出した私のことを見上げて指を指している。
その中に魔法使いと思わしき格好をした集団も確認できた。
「あれが……、あいつらのせいでお父様が――!!」
(……魔法はイメージさえあればその通りに発動するんだ)
私は使えないはずの回復魔法を使えてしまった。
そのおかげで"魔法"の仕組みを一つ理解してしまった。
「あぁぁぁっっ――!!」
(つまり、魔力さえあればイメージだけで使えるはず――)
私は片手を上に掲げ、身体中からありったけの魔力を集める。
集まった魔力は掌と足の先に集めてゆく。
冷静な方の私は、シューティングゲームの画面を見つめているイメージをする。
村の周りに集まっている大量の兵の姿。
それを一人残らず隅々まで写真を撮るように記憶してゆく。
「ぐぐぐっっ……!!」
(――逃げても追いかけ続けるホーミングミサイルのように……)
魔力だけを小さな粒のようにして放出するイメージを浮かべる。
その私の魔力の粒を村の周りにいる兵に向けて足から放出する。
「――ターゲット、ロック!」
(一人につき一粒……私の魔力をくっつけて、それを目標に魔法を放つ……)
敵に触れてもその身体を貫き抜けるレーザー攻撃のイメージを浮かべる。
「―――……!」
(的に当たって小さくなったら他のレーザーと融合させる……)
掌に集まる魔力が色を持ち、赤い光を帯びる。
その紅玉はみるみるうちに大きくなり、太陽のように輝き出した。
私は目をスゥっと開き、魔法を発動するキーワードを紡ぐ。
「――発射!!」
振りかざした掌から放出される大量の魔力。
数千本の赤いレーザーのような魔力が、集中豪雨のように村の上空へ降り注いだ。
赤いレーザーは村の直上でパァッと四方八方へと広がり、村の周囲を取り囲む兵に容赦なく襲い掛かる。
「なっ、何だあれ!」
「おい、魔法攻撃だ! 伏せ――」
「ぎゃぁぁぁ助けてくれ!! 足が!! 俺の足が!!」
――腹を貫かれ、顔を貫かれ、足を貫かれ、村に近い順から兵がバタバタと倒れてゆく。
兵を貫いた赤いレーザーは勢いを緩めることなく、他の紐と絡み合う。
そして太さを増し次の獲物に向け突き進む。
それはまるで村を中心にしたドミノ倒しのようだった。
赤いレーザーで身体を貫かれた兵が次々と崩れ落ちていく。
盾で防御しようとしても、溶けたような穴を開け、身体にも風穴を開けられる。
重装備を纏っていても、鎧ごと貫かれる。
バタバタと倒れていく仲間を見て、逃げようとした兵は背中から貫かれる。
兵から見れば地獄絵図だっただろう。
防御する事も逃げることも出来ず、ただ自分の番が回ってこないことを祈ることしか出来ない。
反撃をしようにも弓は届かない上空。
混乱する兵士に押され倒され、魔法を使えるものも何も出来なかった。
私は魔法を照射した状態のまま、頭がすっと覚めていくのが解った。
次々と倒れていく兵を眺め、「あぁ、これで大丈夫」と思った時、突然魔力が果てた。照射している魔法も消えてしまった。
(でもこれで――大丈夫……)
ふわっと落下する感覚に包まれ、私の身体が落下を始める。
(あ、おちる……怪我をしたらまたお母様が泣いちゃう……)
私は冷静な頭でそんなことを考えながら、目の前に迫ってくる地面を眺めていた。
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