第21話-私はどこに居た?
昨夜は両親と三人で川の字で並んで眠った。
お父様に「川の字とはなんだ?」と聞かれて、漢字から説明する一幕もあった。
両親に挟まれて寝たのは子供の時以来だったので暫く緊張して寝付けなかったが、気がつけば朝になっていたのだった。
◇◇◇
「現段階での調査結果です」
翌朝、マルさんが部屋にやってきて、パピルスのような紙の束を机にドサリと置いた。
「拝見する」
隣に座るお父様が書類を手に取る。
私にも見えるようにしてくれたので、隣から内容を覗き見た。
そこに書かれていた内容は概ね以下のようなものだった。
ホド男爵は裏で誘拐と人身売買を行なってる。
私兵を王国兵士に扮して、国内の街から若い娘をさらっている。
「誘拐……ですか?」
「――うちのリンが出会ったのもその連中だろう」
本来なら第二王女が殺されたあの日、御前会議でホド男爵の件が議題に上げられ、男爵家はお取り潰しの上、逮捕されるはずだったそうだ。
「告発しようとしていたのは誰だ?」
「――オーガスト辺境伯です」
「彼は無事なんだろうな」
「今のところは。オーガスト辺境伯は元々王国騎士団を率いる団長でした。個としても軍としても、この国で最強レベルですから」
辺境伯というのは国境を守るために置かれる領主で、伯爵と同等の権力を持っているそうだ。
しかも元騎士団長ということは相当強いのだろう……。
(フレンダのお父さん……)
「それで、第二王女殺害の急報が入り、結局その件は有耶無耶になったわけだ」
続けて、「ここからは憶測になるが――」と、マルさんは集めた情報から推測した事件全体の流れを説明し始めた。
ホド男爵は自らの行いがオーガスト辺境伯に知られてしまった。
そして、近いうちに自分は告発され、逮捕処刑されてしまうと焦っていたのだろう。
しかしその時、自分の娘から一つの騒ぎがあったと聞いた。
学園に登校する途中のクリスが襲われた事件だ――。
その事件からガメイ伯爵の娘であるクリスが、学園でどういう生活をしているのかを知り、今回の犯行を思いついたのだろう。
なんらかの方法でクリスを誘拐、意識を奪った状態で監禁する。
そして第二王女を殺害。
その後、捕まえてあったクリスを憲兵に引き渡し国家反逆罪で即処刑させる。
このスキャンダルで自分が逃げるまでの時間稼ぎをするつもりだったのだろう。
「このような流れで考えると、その状況からホド男爵が第二王女殺害および、クリス嬢誘拐の主犯であることは間違いないのですが証拠がいまだつかめず」
「娘が攫われてから、投獄されるまでの間の情報が少しでもあれば……」
「ごめんなさい……」
「あぁ、いや、そういう意味で言ったんじゃないんだ。人を隠しておく場所は証拠隠滅し難いからな。そういう意味で監禁場所さえ判れば証拠として抑えることができるんだが」
お父様は腕を組み、眉間にシワを寄せ、マルさんと予測を検証、今後の流れの相談を初めた。
◇◇◇
「一つマルの見解を聞きたい。このままホド男爵の罪の証拠を見つけられなかったらどうなる?」
「クリス嬢が犯人とされたまま、ガメイ伯爵家は取り潰し、伯爵家は全員処刑となるかと……」
「そうか……」
お父様が腕を組んで再び考え込む。
しかし元はと言えば、今私達がこういう状況になってしまっている全ての元凶は
私はずっと胸の奥に引っかかっていた考えを両親に伝えたのだが、帰ってきたのは「それは違う」という否定の言葉だった。
「ホド男爵の娘の件は全て憲兵から話は聞いておる。あれはクリスに非はない」
それに――と、お父様が私の肩に手を置いた。
「クリスが学園で時たま起こす騒ぎも、毎度相手の親からも話を聞き、きちんと何があったかを聞いている。多少やり過ぎな時もあったが、基本的に相手に合わせ正々堂々やり合っているし、相手の親も理解してくれている」
「自分の恋路を成功させるために障害を排除するのは当たり前よ。クリスの対応はなんの問題もないわ。貴族らしい堂々とした対応だと思うわよ」
「ただ、やられた方からすれば面白くないのは確かだろう」
貴族らしいやり方で正々堂々と相手と同じ土俵で勝負をする。勝負に至るまでの駆け引きも含め、それが本来貴族としての正しいあり方だと両親に説き伏せられた。
「だから、それに関しては気にすることはない。悪いのは全てホド男爵なのだ……」
――ドンドンッ
その時、部屋の扉が激しくノックされる音が響いた。
「どうした!」
マルさんの
「兵……どういうことだ」
扉を開け、二メートルを遥かに超えるムキムキのナックさんが転がり込んでくる。
「それが……オーガスト辺境伯の旗を掲げた兵が村を取り囲み、降伏しろと」
「オーガスト辺境伯が……? いや……おそらく偽物だろう」
「そうだな、このタイミングでオーガスト領から兵がこんなところまで来るとは思えない。斥候からもそんな報告は受けておらん」
「ただ、兵が取り囲んでいるのは確かです!」
「今何人動ける?」
「私を含め二十名ほど……外は約三千」
「ちっ、スルートに出ている奴らを戻せれば……」
「何か連絡方法は無いのか?」
「リンを走らせよう。あいつが一番足が早い」
「――っ!! そんな……狼煙とかそういうのは無いんですか?」
「狼煙……というのは」
「えぇっと、よく煙の出る松の枝とかを燃やした煙の信号……という」
私はマルさんに狼煙というのを説明しようにも、当然狼煙なんて私も使ったことはなくうまく説明できない。
「煙の信号か。使ったとこはないし、スルートの奴らも理解できるとは思えんが、何かあったことはわかるだろう」
「では私はそれの準備を」
「それと女子供は避難用の洞穴に逃しておけ」
マルさんの言葉を受け、部屋を飛び出していくナックさん。
そして入れ替わるようにリンが飛び込んできた。
「リン!」
「兵が攻め込んできたわ! 私も出る! カリスは二人をお願い!」
いつものゆったりした喋り方ではなく、焦ったような口調に時間がないと理解させられる。
「わっ、私も行く!」
「クリス!」
「クリス嬢はお二人を守ってくださ……伏せて!!」
その瞬間――ドォォォォンという音と共に、激しい揺れと爆風が起った。
全員、咄嗟に床に伏せようとしたが、私たちは部屋の中でもみくちゃにされ、壁へと叩きつけられた。
「いたた……」
壁にぶつかったはずなのにあまり痛みを感じず、おかしいと思い目を開ける。
「――お父様っ!?」
私はお父様に両腕で抱きしめられたまま床に転がっていた。
お父様はあの瞬間、伏せることもせず私のことを庇ってくれたのだろう。
「ク、クリス……大丈夫か……」
「あなた!」
「お父様!」
手のひらにヌルリという感触がした。一瞬、花瓶がひっくり返り水をかぶってしまったのかと思ったが、手のひらへ視線を落とすと、真っ赤に染まっていた。
お父様の背中から、おびただしい量の血が流れ出ていた――。
「――っ! 回復魔法を! リン! ミケを呼んでこい!」
「わかった!!」
マルさんの声にリンが素早く反応して、瓦礫の飛び散る部屋を飛び出していった。
「お父様! しっかりして!!」
私はお父様をうつ伏せに寝かせ、上着を脱いで背中の傷をギュッと押さえる。
しかし、その上着も徐々に真っ赤に染まっていった。
「うっ……クリス、私は大丈夫……だ。お母さんを連れて先に行くんだ」
薄らと開いていたお父様の目が閉じられていく。
その瞬間がスローモーションのように感じられる。
私はその様子を滲んだ視界で見下ろしていることしか出来なかった。
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